94 おやぢちゃれんじ(その2)
読者の皆様どうもこんばんは。ブックマークありがとうございます!明日こそちゃんと行間直します、申し訳ないです。
今回は少しだけシリアス風味です。それでは今週の不憫をどぞ!
親父が納得いかない様子で浮遊していったのを見る。さてちゃんと行ってくれたようだな。
「では君たちも〈離れてくれ〉。」
突如、暖炉の火が消える…そして部屋の温度が一気に下がった。
元から北国の冬に冷えていた部屋である。冷気で息が白くなると同時に凍りついた。パリパリメキピシリと温度差に耐えられなかったらしい窓には罅が入っていた。
嗚呼、あのガラス透明度が低いと言ってもこの時代だ、結構するはず。弁償いくらかかるだろう…そうぼんやり見つめていたらあっという間にカーテンが独りでに引かれて割れたガラスが視界から無くなった。
そして、気をとりなおすようなゴホンという咳払いと同時に周囲の空気が揺れ出す…誤魔化したな、まあいいけど。
至る所からラップ音が鳴り、ギシギシと部屋の天井や床から悲鳴が上がる。天井についた小型のシャンデリアも不自然に揺れ、今にも落ちそうになっていた。
壁を見れば赤黒い手形が…弁償はもう考えないことにする。
暖炉を見るといつの間にか紫色の炎が舐めるように広がっており、周囲へ黒っぽい光を放っていた。周囲が氷結していることからあれが真っ当な炎でないファンタジー現象であることは理解した。
オオオオオォォォォォオオオオオオオ…
苦しいふりをした明らかにちょっと怒りの潜む唸り声を響き渡らせ、床に広がる私の影が畝る。暗い光に照らされた影は私の体積を上回る大きさになっている。今なら影だけ巨人ごっこが可能だ。
そして影が分離していき、元のサイズに戻った。
分裂した影は影ではなくなる。だが影のあった場所にはちゃんと人の形をした者がいる。頭から太ももあたりまでは誰が見てもきっとちゃんと人間だと思うだろう。
しかし、彼らは薄ぼんやりと鈍く光っている。太もも以降の足は薄くなっており、宙を浮いている。影がない。何よりよくよく見れば透明で、それこそプロジェクターで人を3Dに映し出している際のように向こう側が微妙に見られる。
そして、彼らは全員どこか傷ついたような、怒ったような表情を浮かべていた。
ああ、わかっているよ。わかっているつもりさ。
君たちがそれ相応に強いことも、戦えることも。私を絶対に裏切らないということも。だいたい精鋭でもなかったら家に置いてきているし、家に置いていかれた連中が同行を許しているはずがない。
君たちが私の身を案じていくれていることもわかっているつもりだ。心配されるような愚行をやらかそうとしている自覚もある。そして、だからこそ君たちがずっと私の側にいたいということも。
しかし、今回ばかりは無理だ。
親父にも言ったが、幽霊とミスティフコッカスの相性が悪すぎる。それこそ最悪存在ごと消滅するレベルで、である。
魂という膨大な個人情報が守るべきシステムを失い剥き出しの状態になった姿の『幽霊』。それに対してミスティフコッカスの本質は相手の情報を己の情報に書き換えるモノ。賢者のかつて望んだ不死を実現するべく、世界へ還元される己のデータを失われる度他者から素材を奪って補填していく。
元は『外敵』から奪うように書かれたらしき術式。おそらく魔物からデータを簒奪することを想定していたのだろう…実際は同族の敵でもない相手を使っているが。
だがこれで理解頂けたと思うが情報そのものと言える『霊』は彼らにとってみれば格好の餌でしかない。
ゆえに、全て無理やり引き離した。
護衛のつもりなのか憑いている浮遊霊は、それはそれは皆激しい怒りを私へと向けた…日本で読んだというかイヤイヤ連行されたホラー映画の一幕を再現する程度には。
ただ、はっきり言うがこれは…
「やりすぎ…さすがにこれ以上値打ちのある部屋と調度品壊すのはやめよう。」
本気で頼むからやめてくれ。
そう伝えるも、誰も聞きいれることなくただただ怒気を撒き散らして悪化させた。どうやら和解条件は私が憑いて行く件を許すことらしく、事実上決裂となった。
さっきのシリアスっぽい演出がいつの間にかプラカード片手に反対運動しそうな人たちのソレになっていた。何々、ケチせず自分たちも参加させろ?だから無理だって…
さて、一応このまま放っぽって行くことも可能だがどうもそれは悪手な気がしてならない。多分だが、途中で首を突っ込む。
そんなことすれば首どころかデータ全部持っていかれるのに…
ならま、ここまでやってきたのならばこっちもある程度誠実に対応したほうがいいよな?というかいい加減、辻契約といえ契約できた意味について考えさせたほうがいいかもしれない。
そう考え、抑えていた厨二物質『霊圧』とかいうものを加減なく解放した。こう、ブワッと。
そしたら部屋が弾けた。
もう一度言うが、部屋が文字通り破裂した。
天井があった部分は青空が見え、壁だったところは瓦礫、調度品とかは木っ端微塵だった。あんまりな惨状に本日二度目の乾いた笑みが漏れた。
そして親父から何度か本気で力を解放するなと忠告されていたことを思い出し、やっちまったと凹む。いや、本当に何やっているんだろう。馬鹿やっているとしか言えない。
よし、やっちまったものはしょうがない。清く諦め見なかったことにしよう。爆発音も謎の爆発もきっと偶然の産物。私はただ偶然その場に居合わせただけの通行人、すなわち背景。
それにこれなら最悪トイレの余波とでも言っておけばいいし(←元凶)
…うん、気にしたら負けだ。鈍感力って大事だよな。
そしてちらっと見まわして、霊たちの状態を見る。どうやら目を回して倒れている幽霊は一応死んではいないらしい。いや、人としては元から死んでいるが。だが、気絶する程度にダメージを負った様子。
よし、今のうちにことを済ませてしまおう。
…あれほど注意したのに。
そんな呆れた様子で彼を見守る中年オヤジ1名。
足の透けている貴族風の姿をしており、一見するといい歳の取り方をした艶やかな男である。髪や目の青系統の希薄な色彩と相まって、夜会などで切なげに目を細めて吐息を漏らせば女性陣が放っておくまい。そこだけカラフルドレス団子ができることだろう。
しかし今はとても疲れた様子。少し老けた表情をしており、心配そうにオロオロしていた3分前からしてもうなんというか…ただの過保護なおっさんと化していた。
彼が見守っているのは彼の血筋を引いた時空的な意味で遠すぎる親戚でありながら彼の息子…ラインハルトである。
別れたのは数分前。
これから駆除を行う対象であるミスティフコッカスと呼ばれるシステム。生前因縁があり、自分の後始末を行う意味もあって本当なら一緒に作業したかった。
だが自分は霊体…それでは簡単にミスティフコッカスの餌となってしまう。
それを危惧したライは、親父と慕う自分を危険から遠ざけるために自分からミスティフコッカスへ感染しに行く。詳しい作戦は見えないようにしていたらしいが、その男はそこまでは読めたらしい。
そして男は思った。
そんなことを決断できたには、無意識に自分の魂がちょっとだけ“異なる”ことを自覚しているからなのだろう、と。
性格も性質も、何もかもこの世界からどこかしらズレた息子。まるで異物、異質。そんな言葉が似合いすぎるほど産まれた瞬間からどこか可笑しく、著しいズレを持っていた。
だが、男にとってはその子供こそが家族であり庇護対象。
そしてこの子供はなぜか子供だというのに自分をことごとく蔑ろにする。命を簡単に賭けてしまえるし、何より慎重さが足りない。まるで殺してみろと言わんばかりに行動しているようにしか男には見えなかった。
ふと、男は過去の自分を振り返る。
決断したら意思を頑なに曲げないのは自分と同じ性質だが、生存には貪欲だった。これほど思いついたことを即挑戦するという行動はとったことがない。貴族、まして侯爵であれば当然かもしれないが。
だからこそ男は理解できない…息子が、自分の血を引いた子供がこれほど無防備である理由を。この世界から少し、いやかなりずれていることを。
男は知らないが、子供の魂は地球原産のもの。それも平和ボケした本物の戦争の悲壮さを知らない日本の子供。
身近にいた普通じゃない友人のおかげで確かに現代日本で普通では体験できないような悲惨な目にあったことは数知れず。だが、それは基本的に海外での出来事。日本にいる間は少しだけ日常的に不幸な目に遭う程度だった。
それこそ死が身近ではなく、想像、あるいは海を隔てた向こう側の話であった。
そして前述した通り友人のせいで不幸な生活を送っていた彼は、とある理由から自己評価が低い。それこそ大事な局面で自分の命をそれほど大事にしない程度に。
一見するだけではただの能天気平和ボケお気楽主義と思われがちだが、『死』を一度経験したものにしては異常。
男の感じていた違和感は正しい。
生へ依存するより目の前の気に食わないことを解決したい方向へ常に動いているラインハルト。そして、その結果自分が死んでも別にいいとさえ無意識に思っていること。
普段自分の命大事だとか平穏に生きたいと言っているが、言葉に行動が伴っていない。それどころか逆行していることさえあった。
だからこそ、男は誤解した…息子が自身を異質だと無意識に考え自身を蔑ろにしているのではないか、などと。
以前から心配しており、またそんな行動に黙って出たので危なくなったら手を出そうと構えることにした。
下手を打てばばれてしまうが、まだまだ子供なライは自分を感知することなど不可能。本人曰く弱体化しているらしい魔王からも通用すると認められたのだから大丈夫だろう。
そして見ていたら早速やらかしてくれた。
自分の守護霊を引き剥がして避難させるとか…自爆する気なのかと小一時間問い詰めたい。その後もあれほど言ったのに霊圧を解放させて存在をあらわにした。
そんなことすれば周囲が耐えられない…それほどラインハルトは周囲へ何らかの影響をもたらす存在なのだ。
「…やっぱりみといて正解、あとで説教決定だな。」
ついでに魔王へ道中のあれこれ失敗談をして修行を増やしてもらおう。そうしたほうがいいだろう。
そう決断したおっさんは、魔王の課す修行がどれほど過酷なものか実は認識していなかったりした。生前がアレだったせいもあるが、幽霊としての生が長いせいか肉体を持っている者にとっての無茶振りを正しく理解できなくなっていた。
さて、介入できるようにせねば。
そう認識してこっそりとラインハルト後を追うのだった…果たして息子のチャレンジを最後まで手を出さずに見守れるか。
シリアス…なのだろうか。




