85 乾物1袋分の救国(その1)
読者の皆様どうもこんばんは。ブックマークありがとうございます!
それでは今週の不憫をどぞ!
王子と契約を結ぶと同時に右手の甲へ不思議な文様が描かれた。静電気のようなチリッとした痛みが走ったと思ったらそこにできていた。ふむ、これくらいの術式なら余裕で敗れるだろうな。
指でなぞってみると簡単に剥がれ…なかった。
むむむ、これはいかん…ステーキやBBQ後の頑固な油汚れみたいじゃないか。取れそうで取れないとか、一番気持ち悪いパターンだ。これは取らねば。
そんな謎の使命感からアンチプログラムの構築へ夢中になりかけた…慌てて気絶した王子を抱えて横へ飛ぶ。直後、立っていた場所へ小ぶりなトマホークが次々刺さっていった。
「また勝手に契約結んだらしいな…いい度胸しているな、おい。」
「勘弁してよね、こっちは冬ごもりの準備で忙しいんだから。報酬ちゃんと弾んでよね!」
…危なかった。直感に従って逃げてなかったら大怪我していた…契約主が。
「だって王宮の財宝タダでくれるっていうから…」
そう言いつつ、今回の依頼達成を早急に済ますために呼び出した魔人族の男女を見上げた。
1人目。
紫色の長髪を青色の串一本で纏め上げ、エキゾチックな印象を与える褐色の肌をこれでもかと見せつける赤褐色の瞳をした女。
服装は魔人族の民族衣装…ではなく、緑のタンプトップ風の上着に黒い半ズボン。この前依頼した元ロリコンストーカー野郎アランの処理で報酬としてリクエストされ私の作った服だ。年頃だったら頭と腹の間の部分に目がついいっていただろう。まあ気に入ってもらえて何よりである。
しかし相変わらず見上げるほど大柄・骨太で目が鋭く柄の悪そう…(自称)いい女風な魔人族ルージュ。とても粗暴で豪快…懐が深そうで包容力がある(モノは言いよう)。そして姉御肌と先輩風の強い人だ。
言っておくが、怒ると怖いから基本逆らってはいけない…パシリは御免被るが。まあでも酒大好きなので酒と肴与えておけば基本機嫌が良い。というか既に酒臭…なんでもないです。声に出てなくてよかったと安堵する。
だけど約束は今まで破られたことはないし、仕事はちゃんと最後まで最善を尽くす。この辺は信頼できる。おまけに義理人情に厚くお人好しな面があってたまに騙されないか心配になる。
ま、騙したことがばれた場合ゴリ…益荒乙女がもれなくあなたを凹々にするだろう。リアルサンドバッグってやつだ。
戦闘となると見た目通りパワー系。大剣振り回します。
だが、意外にも諜報員として情報を集めたり裏工作を行ったりする方面が得意。それなのに手先不器用で縫い針とか摘まんだだけでへし折るところが玉に瑕…諜報と関係ないけど。
そんな(一見)しっかりそうしていそうなリアル姉を支える弟君は、冬ごもりの準備どうしようとその辺の主婦が今頃の時期井戸端でいいそうなことを言っている男。
其則2人目。
青紫に黒という黒胡麻プリンへ紫芋ソースを掛けたような色の長い癖毛を雑に束ね、眠そうな半開きの琥珀色の目は今にも閉じそうである。おそらくまたルージュさんに家事やらされていたのだろう。私は同志として心底同情した…報酬とは別に後でジャムの詰め合わせでも分けてやるか。
そんな風に観察していたら思った通り目が閉じて、次の瞬間姉に殴られていた。スパーンという痛そうな音と衝撃波が周囲へ広がり、余波で城の調度品と思しき高そうな飾り皿が割れた。
…もちろんそっと目をそらして見なかったことにした。
殴られてしばらくすると、だるそうに目を開いた。さすがに起きたらしいが、この調子だと再び寝るだろう。こんな感じでフラフラしているこの哀れな弟は、ロランという名前の魔人。
姉と同様図体はでかいが、こんな姉がいるせいなのかどこか気弱そうというか日々がだるそうな奴である。実際また頭が垂れてきており…嗚呼衝撃波が城を破壊してゆく。再び目をそっとそらした。
さて、のんびりだるそうな見た目の奴だが、実際意識が一旦覚醒すると姉よりできる。それは諜報であっても戦闘であっても。人柄的にも姉同様信頼を置ける。
ただ、姉よりもがめついのでその辺注意するべきである。特に食べ物、それも私の作った保存食をよく大量に注文する。
そんな姉弟2人には、これから王宮奥に行ってもらう予定だ。
「で、何を取ってくればいい?」
「報酬はドライフル「そんなの後でいいだろう?」…まったく姉さんは。で?実際今日は何をすればいい?」
尋ねてきた2人へ向けて、いい笑顔でこう答えた。
「魂を…人の、王族の魂を取ってきてくれ。」
次の瞬間頭上に危険を感じたので避けたら、怖い形相の鬼…おねえさんが膝蹴りをかましてきていた。
「危ないなぁ…そんなことしたら死んじゃうだろう?」
顔が怖い。鬼の形相とはこういうことを言うのだろうか。
というか、そんな鋭い目で見つめられたら私、私…自分でやっていて気分悪くなってきた。オエェ
「危ないって…アタシらに危ない橋渡らせようとした件、どう落とし前つける気だ?」
危ない橋って…いや、確かに王宮今は危ない場所だろうけど。
「2人の実力的に(この場所に関して)それほど危険はないだろう?」
すると、先ほどよりも怒った表情で大剣を抜く…これ本気モードだ。アカンかも…
「つまりは普人族へ宣戦布告して同朋にリンチされろってことか?」
ん?
「いや、そんなことは言っていないが…」
いやいやいや、だって普通に取りに行くだけじゃん。
「いいや、お前が要求したことはそういうことだ。自覚あるのかおい!」
いやだからそんなこと要求してないよ。
応戦しつつ、なんとか言おうとするのだがそんな余裕ないです。今も金的狙ってきた…思わずヒュンとなる。
そこで、何かに気づいた様子の弟が視界に入った。
おおやっと気づいてくれたか!
だがいい笑顔を浮かべて何か口パクしている。この間、剣が頭を通り過ぎたかと思ったら背後の銅像が倒れてきたりと結構余裕なかったりする。
えっと何々…報酬にシュトーレン付けてくれって?それも20本も?
…ええい、持ってけ泥棒。
すると爽やかな顔をして嬉しそうにウンウン頷く
「姉さん、とりあえず最後まで話を聞こう。」
鶴の一声で大人しくなる姉。
「…仕方ない。」
やっと剣を収めてくれたと安堵する私。危なかった…しかしなぜこの世界の女性は皆執拗に金的を狙うのだろうか。あともう少しで男としての未来が危険だったかもしれない。
ほっと息を整えさて説明しようと…
「おい…碌でもないことだったらいますぐ貧弱なソレを千切ってやるからな。」
…思わず涙目でソコをガードした。弟さんもさすがに真っ青な顔になっていた。鍛錬中の模擬試合で何度も狙われた話は以前聞いた…今度よく効く痛み止めも報酬とは別にあげよう。
さて、仕切り直して説明するか。
「ちょっと長い話になるが(以下略)」
そして説明していくと、あっさり納得してくれた…
「なんだよぉ、そんなことか。ビビらせやがって。そんな簡単なことだったら別にそれほど報酬いらないよ!」
…だそうですが、ロラン?
「…全く姉さんは……」
頭を抱えていたが、とりあえず無視しておいた。豪快にガハハと笑うルージュさんがどこか神がかった見えるのはきっと気のせい、目の錯覚。
「しかし本気で魂取って来いとか到頭そっち方面へ手を貸しちゃったかと焦ったよ…それが人助けだったとはね。」
「というかライ、お前本当に言葉足らずだよな。」
そんなことはない…とは全否定できなかった。
「その依頼、引き受けた。」
「ドライフルーツ1袋に負けておくよ。」
…それ、一番金かかるやつ。
「まあいいや、とりあえずお願い。見本はこれだって。」
現在17歳である兄、第1王子の結晶化した魂。
そう言ってフロレンシオ第5王子気絶直前に手渡されたのは、どこからどう見てもアレキサンドライトな結晶であった。術式の解析はもう終わらせたのであとは肉体を回収してミスティフコッカスを引き剥がすだけ。
王族の一部はすでに食われてしまったが、まだ残っている分が多くあると言っていた。
食べたのは小物数点…おそらくそれは、幼い者とあまり側妃の立場が良くない者なのだろう。というのも、結晶の大きさが魔力?魂力?と比例することがアランの報告でわかったからである。
アランは実に便利な元変態であった…ギルマスが使うのが良く分かる。これからも散々こき使ってやろう。きっと泣いて喜ぶな。
さてと。
じゃあ始めるか。柄でもないけど救国を。
王家救済の概要。
報酬:ドライフルーツ1袋分
実行者:裏ギルド員の雇った魔人族2名
内容:結晶化された王族の魂をミスティフコッカスの拠点である王宮奥から奪還すること。
結論:不安しかない。




