6 悲しみ()を乗り越えて(19/3/3改稿)
読者の皆様どうもこんばんは。それでは今週の不憫第一弾をどぞ!
修行と言う名の地獄の扱きに耐えて早数年。
雨にも負けず、風にも、親父にも、魔王にも、修羅悪鬼にも負けず。百獣と日溜まりで戯れる穏やかな隠居者に、私はなりたい。いますぐ、早急に。
という一番の願いはとりあえず置いておく。到底いまの状態で叶わないので。
生死首の皮一枚な激動の日々。頑張って生き残った。
正直思い出したくなどない。
とある日は長耳に追われ、明くる日も長耳に追われ。毎度のごとく、男としても人としても詰む危機に見舞われたあの地獄の日々。
確かに普人族が長耳へ侵した歴史はひどいものだ。現在進行形で罪深く、到底償えることではないだろう。地球同様、人身売買や性別・種族に関わる闇の歴史は根深く、どこまでも続く。
だが、生まれや育ちの関係で私は姿形こそ普人族だが私個人が侵したことでもない。まして、私は子供であり奴隷の売買に関わるような出来事はまだ経験していない。さらに言うならあの時点で村人1号にあった経験すらなかった。
それなのに敵意を向けられ、貞操を狙われ。物理的に男という性別を4歳にして失う危機に瀕したことはどうしても忘れられないトラウマになっている。
よくある異世界神話の『エルフ最高』は幻想だと知った日のあの絶望。
彼らはとにかく、とにかく、アバババババババババ……
(※トラウマ故に錯乱中、本人が再起動するまでもう少々お待ち下さい)
えっと、私はどこでここは何だったっけ?
〈おい、おい。もうへばったのか?情けない……まだ街行かないなら修行つけてやってもい「直ぐ即行で街、行きましょう」……全く、遠慮しなくたって良いだろうが全く。〉
そうだ、そうだった。あの辛い日々を乗り越えて、ようやく時が満ちたのだった。
これからの(普通)の冒険を思い浮かべる。嗚呼、それはとても楽しそうだ。旅先での(モフモフとの)素晴らしい出会いや(日本食という)運命との再会。これを楽しみと言わずなんというのか。
そんなわけで本日、憧れの冒険者稼業始めます。
修行の内容・具体的描写等はとりあえず忘れよう。
そうだ、私は急がねばならない。魔王の居ぬ間にとっとと街へ行かねば魔王が気付いて追ってきて捕獲される。そうなればナニさせられるか……魔族の領地に放り込まれて千人抜きしろ等の無茶振りを再びさせられることしか想像つかない。
あるいは、もっとひどいかもしれない。
もしかしたら今度は魔王城分捕って来いとか言われる可能性もある。あの魔王だ。あの理不尽で非常識で爺臭、いや、少し考え方が中古で脳筋なパワハラ魔王だ。
地球だったら確実に裁判沙汰にしてブタ箱にぶち込まれるのに……いや待てよ。
ちょっと考えてみろ、あの人外魔王だ。
逆に刑務所占拠からの警察内部掌握(物理)でクーデターでも起こしかねない。妙にカリスマ持っていてきっと下手な政治家より狡猾で老獪な一面があるのでやりかねない。
と、話が逸れたので戻す。
あの無茶振り変態魔王のことだから、私刑方法もぶっ飛んでいると予想できる。今日は古巣へOB訪問(物理)してくるとも言っていた。もうこの時点で嫌な予感しかしない。
もしかしなくとも、魔王城へ特攻させられる可能性がある。
一応忘れているかもしれないが、私は普通の人だ。勇者などでは無く、ただの巻き込まれて転生した一般人である。ちょっと成育環境が前世現世ともに特殊だったがそれは置いておく。
さて、そんな普通の人が現魔王へ単騎特攻、それも魔王の放った魔術に背後を追われながら。ソレナンテムチャブリ
想像し、思わず白目をむく。
タチの悪いことに毎度修行で魔王は追尾型魔術を放つ。その魔術式の酷い点は、当たると術式の効果以外にも嫌がらせ染みた状態異常に掛かるおまけがあること。
かろうじて覚えているのは火山や雪山で毒や麻痺状態になりながらも魔物の大群から逃げ延びたこと。他にもあったが、きっと意識を飛ばして逃げていたのだろう……いや、思い出すのを拒否しているようだ。
本能に従ってとりあえず嫌なことは忘れておく。
思わず遠い目になるも、歩みは止めない。
深い森の中を静かに歩く。自然の音に溶け込むように音が立つか立たないか微妙な足運び。音を完全に消音すると森の中で『空白』という名の違和感が生まれてしまう。だから逆に音は必要。けれど最低限にしないと居場所がばれる。
だがそれも今ではお手の物だ。
森歩は現時点で長耳族越えた。さっきの話にもあったあのエルフ・エロフと呼ばれる森の暗殺者の長耳。ネット小説世界はただの夢。再三言うようだが、あんなもの人と夢で『儚い』を体現したような幻想でしかない。
これもさっき言ったが、いい思い出は今の所何一つ無い。
魔王に修行と連れ出された森の中。サバイバルナイフもどき1本片手に1週間サバイバル生活……良く耐えた。良く死ななかった。
夜目の利く長耳は通常、24時間体制で森を警備している。森は奴らの住居なので、あれが正しい『自宅警備員』なのだろう。警備員としては物騒すぎて関わり合いにもなりたくないが。
そんな森に、憎き普人族の子供が1人。さてどうなるか想像つくだろうか。
毎日毎晩戦闘、戦闘……撒いても倒しても無関係。問答無用で無限湧き。そして飛び道具が弓矢魔法だけなど、勘違いも良い所だった。
剣、刃物、果ては劇物。なんでもアリの卑劣な戦闘……いやあれはリンチと言ってもいいのでは。顔の横、スレスレ、大体2〜3mmだったか。鼻先に軽い切傷を感じたが最後、毒が塗ってあったのか全身が痺れたのはよく覚えている。
かろうじて逃げたが、本気で死ぬかと思った。
そして長耳が美人というのもまた幻想神話だった。あの物騒な排他的暗殺集団は、冷徹に蔑んだ糸目と凶暴に釣り上げる口角。そんな見るものを恐怖から凍りつかせる性質を持っていた。
そして長耳族でもまだ男性は質の良い方だった……女性は最悪。男として終わらせようと露骨に仕掛けてきた。
確かに長耳族子女と普人族の確執は知っている。だが、それにしたってこんな幼気で純粋な子供にあそこまでするなんて……正直ドン引き案件だった。
ナニされたのかはもう思い出したくもない。というか、もう思い出に浸るのも止めだ、止め。
思い出したら嫌な事なんて切りが無い。
長耳も木乃伊も、ゴーレムも古代種も、全部けしかけた親父と魔王が悪い。そう思っておこう。
〈おい、本当今日はどうした?〉
「大丈夫、問題ない。」
よほど顔色が悪かったのだろうか、心配そうに話しかけてくる親父。だがそんな親父も私の顔色を土気色にさせた元凶であることに違いはない。よくもアンデッドをけしかけてくれたものだ。
だが今日でそれが報われる……冒険者。
この言葉だけでも何だか燃える。多分夢の動物王国建国の第一歩となるのだろう。
きっとそうだ、そのはずだ。
私はここ数年覇王とか覇者になる為に鍛えて来た訳ではない。全ては毛の多い獣に埋もれたり、光沢ある獣と大空を舞ったりする為だ。その為だけに希望を捨てず、生存上絶望的な状況であっても何とか三途の川から帰還した。
三途の川から蹴り出してくれたおじいちゃんには、感謝しかない。本当にあんなボロ雑巾になるまで、ありがとうございます(黙祷)
そして、鬼の居ぬ間に冒険者、ついては従魔術者への道へといざ往かん。
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〈……すまん、想定外だった。〉
「……」
しょんぼり。
職員さんから貰った冒険者キャンディー(謎味)を舐めながら、号泣。冒険者登録……結論から言うと、出来なかった。
原因は年齢制限。
親父の時代、約1世紀前だったら7歳で登録出来たらしい。だが新たに労働基準法が設定されていたらしく、年齢制限が出来たとか。現在は10歳からだと受付嬢に言われた。
この年齢制限、数年前までは実力如何で制限突破をするサービスがあったらしい。しかし『光聖皇国』の上層部から茶々が入って停止したとか。
子供を死地にやるなどどう言う事だ、等と正面な事を表向き述べているが、実情は怪しい。確か光聖皇国の成人以下の奴隷階級の割合は常に増加傾向だった筈。情報源は近年暗殺された貴族。
それも、親父と敵対していた派閥の末裔。生前汚職まみれの屑だが、死後親父の傘下に来たことへは一応評価するべきだろう。
尚、典型的な糞貴族であったので、冒険者の情報は法律に触れること以外ほぼ持っていなかった。勉強不足。王宮貴族なので、領地経営とかもまともに行っていなかったことが原因か。そう考えれば仕方がないのかもしれない。
一方で国の経済に明るく、親父に隠れて色々教えてもらった。横領・賄賂等、不正隠蔽の有効な方法とか。
……結論から言えば、現時点で役に立たない知識ばっかりだった。
人里離れて野生染みた生活している私へ果たして、政界における謀殺方法などなんの役に立つのか。というより、悪徳貴族目指すわけでなければ役に立ってはいけない気がする。
外界の情報源が親父の知り合い幽霊に限られるのは、こういう時に痛い。特に一般常識の情報は疎い。庶民レベルは何世紀か前の情報しかなく、現世紀に関しては王侯貴族の関係しかなかったりした。このアンバランスさどうにかならないのか。
責めて親父にまともな知り合いか冒険者の知り合いが居れば。暗殺者でも傭兵でも可。
〈ライ、ごめんな。俺が現役時代、冒険者へ譲歩していれば……〉
領地経営をしていた筈なのに、親父は冒険者との付き合いは切っていた。
冒険者は噂と経済を回す上で重要な相手である筈。更には領地の危険な獣とか討伐する仕事、商人などをはじめとする要人の護衛の任務もある。他、街のちょっとした便利屋みたいな仕事も有る。建物解体とか。
だが、それ相応の理由はあったらしい。
〈冒険者のほとんどは流民や破落戸でできている。俺の時は今以上に統制取れていなくてギルドが荒れていた……何と言うか、柄悪い山賊・海賊みたいな連中が多かった。報酬等もめると暴れるし、仕事も碌にせず昼間から鯖に入り浸る。そのくせ危険が迫ればさっさと逃げ出す。そんな、関わるとこっちが損する連中だった。税金取れる領民の方がよほど大事にするに値するだろ?〉
だから封鎖してやった。
得意げに話す親父。一理あるが、それを実際に実行する辺りどっかの莫迦悪徳貴族と同類な気がしてならない。世の中道理だけでは回らないことも多い。百害あって一利なしの連中でも受け入れねばならないこともある。
だけど、通りで恨まれて殺される筈である。自業自得。
でもこの話は一旦隅に置いておこう。正直親父が悪徳だろうが幽霊貴族が使えないだろうが、そんなこと関係ない。どうでもいい。
今一番困っていることは冒険者になるタイミングを逸してしまったこと。
特に、今後こうして街に降りて来られる事も少ないかも知れないのに。主に魔王とか、魔王とか、時々親父のせいで。冒険者になることへ元魔王は絶対反対する……魔王だから魔王だけに弟子を魔王か覇王にしたいんだろうか、あの魔王は。
兎も角何かしら街に降りる理由を何か作っておかねばならん。仕事の契約をするために。魔族が契約関連を死守する特性上、そうした契約ごとを抱えていれば街へ降りる許可をあの魔王であろうがくれる(筈)。
そう、これは重要なことだが魔族・魔人族等『魔』に関わる連中は契約に関する事は厳守する傾向が高い。普人族以上に魔に属する者達は魔術の深淵に触れ易いので、約束は守るらしい。
実際に契約した魔族複数名が入っていたので、間違いないだろう。皆気の良い、約束守る普人族より余程善良な連中だ。唯一の欠点は我が家の魔王には逆らえないことだけだろうか。
「年齢制限無しで何かできる仕事……別に黒くてもギリギリ黒くても真っ黒でもいいから、なにかないだろうか?」
〈……暗殺ギルド、裏ギルドとか?〉
ふと、そうぼやいた親父。
おお、その手が有ったか。たまにはいいこと言うな。
「今直ぐ行こう」
暗殺なら呪殺すればいい。手も汚れないし簡単だ。何より色々レベルが上がり易い。それにそうした対象は実力さえあれば選べるはずだ。他の非合法な仕事もテキトーにやればいい。
魔王や親父の無理難題から逃げられ、かつ高額報酬も得られる。なにそれ最高ではないか。
〈え、マジで行くのか?〉
驚く親父。
「うん、楽勝。」
後悔した様子の親父を目尻に、裏ギルドに向かうと決意。
確か、ギリギリ非合法組織。同時に国が黙認しているから合法。そんな謎な存在の組織ではあるが、一応仕事は誠実で確実であるらしい。
依頼者の身辺調査もしており、下手な依頼人は逆にギルド側が刺客を送るとか。ある意味(ギルド員にとって)誠実である。
下手すると冒険者ギルドよりも色々自由かもしれない……仕事内容が暗殺含む物騒で殺伐としてない限り。
決意してしばらく、道々元ギルド員と思しき幽霊を捕まえて尋ねた。今回は親父ではなく、私の契約幽霊だ。
自分で情報源は集めればいい。そう、今回の冒険者年齢制限事件で気づくことができた。なぜこんな単純なことへ気づかなかったのか。いや、逆に今気付けたことが良かっのだと思っておこう。
そうして集めた情報結果。どうやら賞金稼ぎの様な仕事が多いらしい。
国や貴族等の管理者の出す賞金首、立場故表で裁く事の出来ない相手の始末、盗賊討伐等。中には人化出来る幻獣や魔獣の討伐も有るとか。
前半以外ほぼ冒険者の仕事だと思うのだが。暗殺者とは一体。
でもこれだけ幅が有れば、暇はしないだろう。それに私ならば相手の一部と名前さえ揃えば簡単に依頼達成可能だろう。その余った時間で、受け取った賞金片手に街探索できそうで楽しみだ。
だが油断は大敵。
捕らぬ狸の皮算用をして背後からヤツに這い寄られても叶わないから気を付けよう。今の状況絶対面白く無いだろうし。
さて、魔王の居ぬ間にいざ往かん。
……気付いておらんか、愚か者が。
この程度の気配を探れんようなら後で修行十倍地獄にしてやろう。まだまだ未熟者、修行不足。我が弟子ながら情けない限りだ。
それにしても次の修行は魔王城制圧もしてもらうか。ついでに『魔王』を後継してもらうのも有りだろう……最近の魔族は頼りない。ありゃ駄目だ。軽く凹きたが、凹介が無い。やっても無駄、確か糠床に釘だったか。
だがライの方があの魔族より優秀だろうが、儂の気配に気付かぬ未熟者であることも確か。
親父殿は気付いているのに、儂の本性も含めて。流石は『外道』などと呼ばれただけは有るのだろうか。ま、儂自信がそう呼ばれるのは却下だが。ついでに『ストーカー』という2つ名も却下。
犯罪者扱いは本当、この老骨に勘弁してもらいたいものだ。
(※魔王様の姿は中年です。)
現時点で親父殿は優秀だがつまらん。所詮幽霊の域、死後の住民。もうあれ以上は成長の見込みがない。その点彼奴の成長は楽しみだ。
最初は儂が何故こんな貧弱な人間に従わねばならんのかと半ば憤慨しておったが、中々どうして、面白い。何より気骨がある。普人族にとって過酷で無茶な環境を軽々と乗り越えたのだからな。
だが耐えられた原因?元凶?を考えると少し、いや、大分気の毒になった。親父殿と違い『外道』ではないからな。
後で成分を見て分かった事だが親父殿の料理は劇物だ。
あの料理にはコロリダイショウの毒腺と天使茸の笠、更にはミミックイロガエルの毒腺等、劇物ばかりが入っておる。単独で摂取すれば絶命間違いないだろう。だが、組合せで劇毒から毒へ毒物のレベルを落としていた。
それでも毒でることには変わりないが……
仮にライが料理出来なければ日常的にあの劇薬料理を食す事となっておったのだろう。考えるだけで震えが止まらぬ。
余談だが、親父殿限定であの料理の味が普通。ライの料理は拘り過ぎの贅沢品らしい。特に現役時代の食事は毎回アレ以下の味であったと抜かしておった……弱体化したとは言え魔王を1人卒倒させる料理が普通とか、ソレドンナ試練?もう既に苦行である、きっと、恐らく。
さて、あの糞不味い料理の事は忘れて、取り敢えず森へ還ったらライに豚骨塩ラーメンをチャーシュー大盛りメンマ多目で作らせよう。たまには凝った料理を作ってもらわねば。
それが終わったら魔王城単騎突破だ。
色々読んでみてエルフに物騒だと思った結果がコレです。夢見る間もなく怖い作品に当たった事が原因かと。なろうの作品中に良く登場するハーフエルフは結構好きですけどね。
さて、次回の不憫もどうぞ宜しく御願い致します。




