51 事件暴露事件
読者のみなさまどうもこんばんは。今日から新章が始まります。
それでは今週の不憫をどぞ!
半獣族移住からしばらく経って、さらに私の誕生日が来て裏ギルドでの地位が初級から準中級へと昇格し、季節もだいたい一巡した。その間にも様々なことに巻き込まれたのだが、今はとりあえず割愛しておこうと思う。
と言うよりも、現在それらがすべて吹っ飛ぶほど厄介な出来事へ直面しようとしているわけで…
国家と国家の小競り合い…すなわち戦争、それが現実として起ころうとしている。
きっかけとなったのはどうも、国家間に結ばれていた貴族同士の婚約が反故にされたことだったらしい。それも片側の独断によって。ただ、これが仮に王族の血縁が遠い侯爵以下の貴族であったならば多分破棄された側の家が何かしら賠償され、本人は泣き寝入りするだけで話は終わったのだと思われる。
しかし、王族と公爵家の婚約だった場合はそんな簡単に処理できなくなる。なんせ、国の顔を潰されたも同然なのだから。
結果、最終的に戦争へと発展していったのだった。
「…というのが表向きの話となっているらしいな……」
幽霊通信(仮)というか、半霊の商人情報によるとまた話が変わってくる。
どうも、子供同士の問題で婚約破棄したと一般にでは言われているが、実情は親御さん同士の争いらしい。曰く、互いに互いの国を攻め込みたく、子供を犠牲にすることでそれを達成させたと。
また、最悪なことに仕掛けた側は婚約破棄を令嬢に突きつけた王族側の人間である。主張する内容も支離滅裂。一切正当性なく戦争をただ、推し進めたとしか思えなかった。
「令嬢のそれまでの評判と実際の素行の悪さから、法外な賠償金を求めるとか…さすが汚い、王族汚い。」
令嬢の実際の評判はというとだ。孤児院への支援の一環で管理を行っているところは成功している。学業というか、王族の一員になるべく行われる王妃教育では10歳で終わらせて既に国家運営の手伝いを王子と共にしていたという。お茶会をはじめとする社交界でも優美な振る舞いに舌戦の強さや時折見せる優しさなど絡み方は多かった。
だが、王族と王族派の貴族の都合によってそれらの努力はすべて否定された形となったのだった。もう一度言うが、彼らの都合だけで。
結局、今年16歳と結婚適齢期真っ只中な令嬢は社交界から追放された。
ついでに言うと、彼女の家族は誰一人として彼女を庇わなかった。本来なら庇護されるべき年齢の子供だというのに、たいして愛してもいない側室の子供だからという理由でいとも簡単に切り捨てられたのだった。
そして彼女を人前で弾叫したとされる彼女の元婚約者の王子。こちらもどうやら伝わっている話は偽装されているらしい。
王子…とはいえ30人以上いる側妃の中でも底辺に存在する母親から生まれた子供、それも第25王子。彼には王宮内で最初から何の権限もなく、むしろみそっかす扱いされて今日までよく生きてこられたものだというのが実情である。
彼は、婚約者との関係はいたって良好だったという。むしろ、溺愛していたとも。曰く、見ている側が砂糖を吐き出すようなレベルのバカップルだったとか。曰く、爆発しろとのことらしい…シャレにならないことに爆発したが。
ともかく、それがある日一変して令嬢を人前で辱めるような行為をした。
彼を普段から知っている人物の話によるとそれこそありえない口をそろえて言っていたらしい。万が一何かしら勘に触ることがあってもその生い立ちから耐え忍ぶことに慣れているとか。王宮における王位継承権の低い王子の立場なんて吹いて飛ぶようなチリと同じくらいなものであり、いちいち細かいことを気にしていたら生きていけないとか。
そして奇妙なことに、王子が婚約破棄を令嬢に叩きつけたとされる日以前から王宮の一角から出ていないそうだ…
〈怪しいんで、儂等は王宮の結界へこっそり侵入したんですよ…そしたらですね、そこで見てしまったんです。〉
“王子の結晶化した魂が廊下に飾られているのを”
他の地位が低めの王子たちの魂もいくつか存在し、中にはすでに元へ戻れないほど結晶化が進んでしまったものもあったとか。同時に幾つかは齧られた痕が…
〈間違いなくなにかありますね…というか、やばいやつが住んでいるのは間違いないですよ。〉
まあそうだろうな…魂を結晶化させて食べる化け物がそこの王宮に住み着いているということになるのだから。間違いなくやばい何かがいるのだろうとは思う。
それも、危険度は『魂魄喰らい』や『御霊狩り』に匹敵…いや、それ以上かもしれない。というのも、どうやら日に日にその得体の知れない怪物の存在感が増してきているというのだ。
さて、ここまでの話を統合して戦争をけしかけた側の王族が完全に黒と多くの人は捉えたことだろう。それだったら単純にその王宮を王族もろとも滅ぼしてしまえば終わりの単純明快な話だった。
だが、それだけで話は終わらなかった。
忘れているかもしれないが、今回の件は突然評判の変わった令嬢の家も関わっていたのだ…それも、似ているようで異なる事件として。
「で、件のブツは回収できたのか?」
〈ええそうれはもう、バッチリ。なんだったら契約書みますか?〉
「その必要はないよ。」
ニヤリと相手が笑みを浮かべる。それにつられて私も口角が上がるのを感じた。
「ならそれに関しては、解析班が回収へ向かうよ…いつもの場所だよな?」
〈ええ、ただ扱いには十分注意するよう担当者へ伝えて下さいね。なんせ儂等は…〉
今回回収してもらったものの件は、報酬を支払って終わりとなった。商人は使用人へ客室に通すよう伝え、私は親父の元へ向かった。
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夕日をバックにして、目をつぶったまま動かない男の像…透き通るような氷色のきっちり束ねられた長い髪は冷気ならぬ霊気を纏うように煌き、風に揺られる。
白く冷たい肌は露が浮かんでおり、頰にわずかな朱があることから一応生きていることはわかる。だが、その唇は白く、指先に至るとすでに土気色になっていた。
顔の造形は整いすぎており、人間らしさを感じられない。そして男らしいというより何方かと言えば美人という印象を初対面の相手には与えるのだろう。髪と同色のまつ毛が程よく長く、眉毛の位置もバランスが良いだけでなくシンメトリー。
仮にこのまま女装したとすれば、妖艶かつストイックな印象の背徳感ある中年美女として勘違いされるかもしれない。
唯一顔で粗があるとすれば、ヒゲの処理だろうか…しかし、それが少しだけ残っていることでむしろワイルドな印象を与えていた。なんというか、オシャレでわざと残しているのような。
目を開く。
そこにはアイスブルーよりさらに薄く鋭い色をした銀に近い青の目が覗かれた。気怠げに細めた目は、どこか神秘的でありながら退廃的な印象を見る相手に与えることだろう。
ため息をつくと、もたれ掛かっていた杖を脇に挟む。
黒檀製の特注で作った武器にもなる特別製の杖はわずかに先端が鈍く輝いた。芯として仕込まれているのは何も最高級品と名高い炎王と呼ばれる赤蜥…竜の住まうダンジョン産の魔銀と魔白金をドワーフの鍛冶師がなんども叩いて作り上げた一品。
下手な鈍器どころか剣でさえへし折ってしまうだろう。そして足元に落とせば大惨事は免れないこと間違いなし。だがその心配も不要だろう。
なんせ、彼には足がないのだから…いや、完全に透けているのだから。
重量が懸念される危険物を余裕綽々で軽々持ちながら息を一切切らさず森を往く。まるで、何かに導かれるかの如く。
そして彼はやがて森の切れ目に差し掛かる。
男はそこで止まると同時に、先ほどの杖を森側へと向けた。それから一旦深呼吸をして異国の言葉を唱えた。我々では理解できない聞き取れない発音の、歌のような言葉を。
目をつぶり、瞑想する男…何かを祈るかのように、手を組んで拝んでいた。
そして再び目を開くと眉間にしわが寄っていた。まるで何かを悩むように、そしてぐっと何かをこらえるように。
そこへ、雰囲気の似た少年が突如姿を現した。
「親父、例のものきたよ。」
少年は男を親父と呼んだことから、家族だろうということはわかった。だが奇妙にも、彼の持つ色彩は男のそれと似ていたが違った。
少年の有している色は、紅と銀に近い緑だった。
少年は男と同様に髪の毛を束ねており、風に揺られて煌く様は親父と呼ぶ男とほとんど変わらない様子であった。
〈ああ、ありがとうわかった。〉
それじゃあと少年が背を向けようとして、一瞬立ち止まってから振り返る。そして、尋ねた。
「親父は今回の件本当に知らないんだな?関わっていないんだな?」
親父と呼ばれた男は少年の問いに答えた。
〈俺は関わっていないが…〉
例のブツを改めるついでに、公爵家の屋敷と領全体に広がる不穏なウワサについて思い出していた。確か、約50年前だったはず。
「どうやらその領内では呪いがあるらしいよ…何世紀も前の元領主であった侯爵によって。」
誰がどこから言い出したのはかは未だに不明。だが、地理的にその『侯爵』へ該当するのは自分しかおらず濡れ衣を着せられたとか。
怒って本気で調べた結果、一旦収束したらしい…ある事件を最後に。
「人が消えて、戻ってくるんだってさ。」
当時或る日突然数日間人が消えると行った事件が起こっていた。なお、原因は不明。
ただ分かっていることが一つある。
「見つかると皆決まって結晶化した物体を首に下げているんだって。」
そしてそんな人々は決まって人格が完全に変わっていたとか。それこそ別人か何かではないかと疑われるほどに。その状態はただし、一時的だという。
首の結晶が消える頃、少しだけ前の状態に戻る。
僅かな差だが、家族には戻ってきたと喜ばれるとか。けれど、性格で完全に変貌してしまった部分は一生変わらないそうだ。例えば、穏やかだった性格が攻撃的になったとか。
このウワサには、実はこんな続きがあった…
その最後の被害者は幼き日の公爵自身であり、元凶であると。
おまけ。
ライくん目線で親父の黄昏た姿を語った場合い…
夕日に向かい、目をつぶってこちらへ背をむける親父。その姿は辛気臭く、まさに草臥れたおっさんそのものであった。数世紀並みの加齢臭とか今朝強請られて作ったステーキのニンニク臭とかが近寄るだけで漂ってきそうな気がして近寄りたくない。
親父のもたれ掛かっている高級な特別製のステッキ。それいくらしたと思っているんだと勝手に人の狩りの成果を万屋へ売った恨みを込めた視線を送るもこんな時だけ無駄に貴族の鈍感力を遺憾なく発揮する親父。
それなのに幽霊メイドからキャーキャー言われる親父へ、木陰より一言申す。
とりあえず、イケメンは滅びろ。
なお、親父さんへ熱い視線を送るライくんは木陰の奥深くより腐ったタイプや美少年が好きなタイプのオネエサマガタからねっとりした視線が自分へ送られていることに気づいていなかったりします。




