50 ライくん、村を建てる。(その7)
読者のみなさまどうもこんばんは。申し訳ありませんが行間は後日調整します。
それでは今週の不憫をどぞ!
ディエゴさんとの会談兼お茶会で確認したのは、主に新たな村の住民となった半獣族の詳しい家族構成とか諸々。若干怯えられながら理由を聞かれたので、戸籍を作るためであると答えると戸籍とはと逆に質問された。どうやらそういった制度はなかったらしい…中世世界は伊達ではなかったらしい。
簡単に戸籍とは何か説明すると、一応納得はしたようだ。
具体的にはその村のどこどこに住む〇〇さん、家族構成はどうで職業は…、収入は…など。他には保険制度や災害支援などについてとか色々。ただ、戸籍の概念とかない状態なのでやはりわかりにくかったらしい。
最終的に家賃のことを持ち出してみた。宿屋でも部屋代の他に人数あたりの値段とかあるので、この例えはわかりやすかった模様。
「わかりました、ただ現在だと大雑把にしか把握できていませんので…」
申し訳なさそうにぺたんと耳と尻尾がうなだれる。
慌てて私がちゃんと事前に説明していなかったことについて謝った。今回はいくら年齢が肉体に引きずられているとはいえ無責任な対応を取ってしまったことへ少なからず反省していたので。
ただ、逆に恐縮されてしまった…しょうがないのでとりあえず落ち着くためにも紅茶を入れ直した。
「!これは…」
紅茶の香りがなんとなく広がっていると思っていると、ピタンパタンと尻尾が嬉しそうに揺られる音が聞こえた。よく見るとディエゴさんの耳も尻尾同様せわしなくクルクル動いていた。そう、まるで何かを探すように。
そして紅茶ができて最初の一杯を馳走したら、さっきのような反応が返ってきた。
「自慢ではないが、自家製だ。」
親父はかつて紅茶の産地を領地に持っていたことから紅茶に対して並々ならぬ情熱がある。薬草や毒草などに詳しいのも身を守る意味も当然あったが、それ以上に紅茶の原料となる苗木を雑草から保護するためであった。
自分で入れると壊滅的な味になるのでいつも私に淹れさせるが、ツバキ科の苗木を育てて紅茶の茶葉として加工するまでは親父の技術は一級品といえる。さすがはプロである。
そして、本日二度目に淹れた紅茶は特別製だ。
ディエゴさんは紅茶を置くと同時に見開いていた目をクシャリとつぶった…だが隠そうとした大粒の涙はどうやら決壊してしまったようであった。そして一度流れたものはその流れを止めず、とめどなく流れた。
黙ってハンカチを差し出した。
まあ無理もないだろう…この紅茶、いや、本日紅茶に含めた茶葉は少なくともいつもの配合と変えたので。ストレートティーではあるが、品種の少し特別なツバキ科の植物の葉と皮、そして花弁を入れた。
話は数時間前へさかのぼる。
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茶会仕込みを朝食作成と並行して行なっている最中のことだった…食べ終わった皿を持ってきた給仕の背後から、親父と魔王が現れたのだった。そこで菓子の要求もされたが、それ以上に私の知らない半獣族の歴史について話してくれた。
以前半獣族は普人族と獣人族のハーフがメインであると記したが、あれは半分正解であり、半分は嘘である。実際、普人ぞくと獣人族の間に生まれたハーフは半獣族が生まれる。だが半獣族がこの世界で誕生した経緯、つまりこの世界のシステムへ『半獣族』という存在が綴られた過程は別であった。
半獣族の生誕はとある実験…と言うより試みが元だった。
かつてまだ聖光教会がそれほど広まっていなかった時代、まだ魔族や魔人族が人里で生活しておりそれほど関係がギクシャクしていなかった時代。ある年から数年にわたってこの惑星全体に大寒波が猛威を振るった。
氷河期である。
原因は現在も不明とされているが、当時毛皮を持たない普人族と魔人族、魔族は危機的状況となった。防寒具を作るにしても、隣人を狩るわけにいかずどうするかと。
それに対して誰かが言った…獣のように毛皮を纏う方法はないだろうかと。
科学こそ進歩しなかったが魔術の発展した世界で、皮肉にも地球より先に非人道的な動物−人融合実験が行われた。細胞や遺伝子といった発想がなかったのにもかかわらず、彼らはそれを容易に成し遂げてしまった。
そうしてできたのが、半獣族。
半獣族は強靭な肉体に剛健な毛皮を持ち、雪や霰の中でもパフォーマンスを落とすことがなかった。この特性を見た普人族と魔人族は獣の習性である“上位者には絶対服従”という部分を利用して彼らを労働力として使った。
そうして生まれてきた新たな生命体は哀れにも、生まれてすぐ労働奴隷として使い潰され殺されることとなった。当時の記録は曖昧なので正確にはわからないが、共同墓地から出てきた骨から相当な数だったことがうかがえる。
だが、彼らにある刻転機が訪れる。
半獣族の夫婦の中で、珍しく同種の動物がベースとなった者たちがある年に結ばれた。そして彼らの元に生まれ落ちたのが、獣人族の姿形をした者だった。
ここで一応補足するが、獣人族と半獣族には大きな違いがいくつか存在する。中でもわかりやすいものを挙げるとすると、半獣族は完全に人形態になることができないのに対し獣人族はできることだろう。そしてもうひとつわかりやすい特徴としては、獣人族が純粋な獣から人へと進化した存在であるのに対して半獣族は禁忌とされる魔術式が元となってできたことだと言われる。
後者に関して違いをどう見分けるかという話だが、半獣族である証は刺青として現れるのでその有無を見ればわかるとこのこと。
さて、半獣族から獣人族が生まれたわけだがこの事実を彼らの奴隷主であった者が認めるはずもなく、獣人族として生まれた男児は奴隷として扱われた。
だがこれをある日獣人族が見つけて激怒した…同胞を傷つけたと。
この獣人族は当時高位の存在だったらしく、すぐさま男児は奴隷から解放されたのだった。同時に男児は自分の両親やその仲間も同じ目に遭っていることを訴え、結果的に半獣族は獣人族の一部として奴隷からの解放を要求した。
ちょうど氷河期が終焉に近づいてきていた時期だったので、普人ぞくも魔人族もあっさり解放した。そうして彼らは獣人族の里で安泰に暮らしたのだった。
それからしばらくして、大隔世遺伝で獣人族の中に混じった半獣族の遺伝形質が強く出るものが現れる。一部の者が記憶する歴史にしか存在しなかった半獣族は、一部ではその特性ゆえに獣人族の中で疎まれるようになった。
彼らは独立し、半獣の里を作ったのだった。
さて。ここまで長々と半獣族の歴史について記したが、そうなってくると彼らの本当の故郷はどこなのか気になるところだろう。
一説によると、それは現在ダンジョンと呼ばれる場所の内部などではないかと言われる。長い年月をかけて劣化した人と獣を混じらせる魔術式が歪な存在を生むのが理性なき魔物であると。
氷河期のものと思しき地図によれば、ダンジョンのある場所は人里だったらしい。消えかけていて不明瞭であったが、古の記憶を持つ存在によればそれは正しいらしい。
そして、それを証明するものの一つにディエゴさんへ振る舞ったお茶が出てくる。
実はダンジョンの中にある宝箱などで見つかるものには、植物の種や食品が含まれていることがある。特に、森林タイプのダンジョンに自生している木々を永遠と探すとたまに出てくるという…ツバキ科の木が。
氷河期時代以前からも人々は紅茶を嗜む風習があったらしく、その名残として残っている木々は、見つければ他にも自生する果実の木などと同じく採取することができる。それはすなわち苗木が上手くすると手に入るということである。
親父は当然このことを知っており、過去では部下に採り寄せさせたとか…現代では気軽に自分で採りに行っている。
曰く、これは紅茶の原種らしい。そして旧時代の血筋を脈々と受け継ぐ自分たちにが飲むと懐かしく感じると。まあこれには同意するが…私自身も試した結果すごく懐かしく感じたのだった。初めて飲んだのに。
当然、半獣族であるディエゴさんは古い血筋を引いているため同様に懐かしく感じたのだろうと思う…特に、刺青が濃く先祖の血が色濃く出たディエゴさんにんとって。
「もうし、訳…でも、なぜ……この香り…」
「どこか懐かしい、そうだろ?」
大きく頷くディエゴさん。
「簡単な話だよ。」
一度言葉を切る。
「これこそ君達に生産してもらう予定の植物だよ…後、まあ、あれだ……」
“ねぎらいの意味も込めてね”
半獣族を受け入れる段になって少なからず普人族の貴族のガキンチョと面白く思っていない若人がいたことは把握していた。仮に同じ立場だったとしたら、最悪その場で反抗するか逃げていただろ。
けど、それを道中、そしてここに来てからも一人で抑えてくれたのだ…誰でもない、ディエゴさんが。
反抗したならそれはそれでいいと私は思っていた。実力差を思い知ればおそらくどうにでもなると。ちょっと冷静に考えてみれば、それがのちんどんな禍根を残すかなんてわかるはずだが…年齢が肉体に引っ張られるという件は伊達ではなかった。
そこを新しい環境に行くので自分だって余裕ないはずなのに、ディエゴさん一人で抑えたのだった。さすがはあの街で生き延びていたと思ったが、それ以上にありがたかった。
「私も大人げなかったからな…苦労、これからも掛けると思うがよろしく頼む。」
「っ、いえ…もったいなきお言葉です!!」
感極まったように頭をさげるディエゴさんを見て、ますますこれからこいつらが生き残れるよう頑張ろうと思った。
親父さん:「なぜ俺の紅茶、こんな不人気なんだろ…ライの淹れたのは上手いのに。」
ライくん:(それはオリジナルと称して余計なことするからだろ…あれはもう、紅茶ではない別のなんかだ。)
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