32 …この場合誰が一番悪いか
読者の皆様投稿がこの頃遅くて申し訳ないです。ブックマークありがとうございます!
さて、それでは今週の不憫をどぞ!
暗くて湿った、饐えた匂いがマシに思えるドブの匂いが漂う場所…ここはとても寒い。爪先からだんだんと感覚が曖昧になてきている。早く動かさねば…されど体は動かず。
嗚呼、全身が痛い。
全身に広がる凍えとは裏腹に、燃え無くなった腕と炭化しかけた肩が熱を持っている。まるで燃え盛る炎、いや、その中で熱した鉄製の焼き鏝を当てられているかのようだ。湿気を含んだ冷気が患部へ当たる度、ビリビリと痛みが走った。
閉ざされていた薄眼を開ける。そろそろ自分の置かれた状況を冷静に把握せねば…私はまだ、生きてやらねばならんことがある。でなければ先立ったあの女に合わせる顔がない。
ピチャン、ピチャン、ピチャン…
目が暗闇に慣れてきてまず目に入ったのは狭い洞の壁。そして、上から垂れてくる濁った灰色の汚水が包帯の乱雑に巻かれた傷口へと次々染み込んでいく様子。
急ごう…急がねば。焦りを感じる。
既にあらゆる意味で満身創痍なこの身。希望も救いも無ければ、助かる見込みもないだろう。だが、未だ果たしていない約束がある。それも私にしかできないできないことだ。
例えこの身が滅びようと為さねばならぬ使命…ここまでやってきた。誤算はあったがほぼ計画通りだ。
そして、あともう少しで…
朦朧としだした意識をなんとか繋ぎ止め、なにくそと残された手を血が出るほど握りしめた。その鈍い痛みに目がさめる。
そうだ…単なる愚かな道化として徒らに領民を苦しめた結果だけ残して終わることになるなど、我慢なんぞできるものか。領主としての、最後の仕事だ。ルドルフの為にも派手に、悪として散らねば。
こんな場所で志半ば倒れるわけには行かぬ。例え赦しがあっても、私が私を赦さない。
「おや、やっとお目覚めですか。」
もうお亡くなりになったと思いましたよと、縁起でもないことをやや本気で残念そうに述べる男。だが、その目に完全な侮蔑がないことが、私には妙に感じた。
実際、この男が私に雇われたこと自体がおそらく一番奇妙なことだと言えるだろう。本来ならこんなことありえないことなのだった。
それはこの男にとって仇も同然の者として、理解している。
だからこそ何故、何故…と疑問は尽きない。だが、本人の実力の一切に関しては身を以て知っている。故に、素直な気持ちでもってこの状況は重畳であったと安堵する。
不干渉であれば御の字だった相手が今は協力者。そしてこの関係が終わった瞬間私は仇として惨たらしく討たれる。
それでいい筈だったのに…
「…しかし予想外でした。下手人が貴方でなかったことが何よりも、ね。」
今は魔銀の糸を仕舞い込み、鈍く輝く黒いダガーを手にしている。くるりくるりと遊ばせるように狭い空間で宙に投げ、確かめるように刃を空へ走らせていた。音も風も一切立たない。その軌道はだが、死んだことに気付かれずに葬る術。
若い頃『無言の死神』と言われていた実力が変わらず健在なのだと分かる。
てっきりこの刃或いは糸で千切られるのだと思っていた。この男の手で愉快なオブジェと化すのかと。
だが実際、死にかけはしたんだ。
「私だって予想外だった…君がそのことへ行き着いてたことにね。」
数年前から黒幕に見つかり、身動きができないようにと真綿で締めるよう次々見方を削られていた。権力も立場も、そして信頼も失って…せめて兄から預かった領を巣喰っていた不届き者をこの身とともに屠ろうとした。それが私にできる、最後の仕事だと。
ルドルフではまだあいつらの相手をするのが難しい…優しく綺麗で甘すぎる彼奴では、さっさと喰われるのがオチだ。
まだまだ成長期間を残してやりたかったのだがそうも言っていられない状況になった。だからこそ、私の命で持って甘さを捨て去る覚悟を決めてもらう予定でいた。
「だけど何故自爆術式だとわかったんだ?」
計画を見事妨害し、左腕以外は無事な状態で文字通り私を回収してくれた目の前の元殺し屋『ウォルター・F・フェルディナント』。見た瞬間理解できる術式はしていない筈だったんだが…少なくともそう注文していた。
ずり下がったメガネを上げ、ウォルターは答えた。
「僭越ながら伯爵代行様、あれは私が手がけた者でございますれば。」
毎度ありがとうございますという言葉とドヤ顔。一瞬頭に血が上りかけるが何とか抑える。苛ついてはダメだ。失敗する。だが次の言葉で一瞬にして頭の血は引いた。
「…私もあいつの遺産を残すのに必死でね、」
ターゲットの中にウォルターという名前はなかったが、隣町のリストではフェルディナントの名を見かけた気がした…中々墜ちないと。大方維持費と生活費はそうやって稼いで居たのだろう。
法で禁じられた兵器を製作・販売することで。
領民をそこまで私は追い詰めて居たのか…後悔も反省もないが、その実態に直面すると辛い。そう思う権利をもはや持たないというのに。
誰が彼らをそうさせたか。紛れもなく私だ。
私の奴らへの復讐が、領民、いや、領全体を巻き込んで盛大に行ったこの行為が民を傷つけ領を汚している。そうなることはわかって居たのに実行した。今更振り返らないし後悔もない。
故に、謝罪なんてしない。せいぜい盛大に恨んでくれ。
私は顔色を変えず、平常通りの声音で答えた。
「そうか…ならその頃から既にバレていたと。」
「ええそうなりますね…とはいえ、実際に気づいていたのはもっと前ですよ。」
「え………な、何だって!!」
時折どこからか受信するネタではなく、本気で驚いた。目を見開く私へ満足そうに頷いたウォルター。続きを促した。
「そうですね…本当に些細なことだったのですけど。」
そう言ってから、こちらの目をまっすぐ見る…やはり元が殺し屋だった名残かやや濁った目をしている。人を直接手に掛ける者のする、特徴的な目だ。
しかし、貴族としての勘でこれからいうことが嘘ではないと分かった。
「私の亡き妻の墓は奴らが街に入った後からもずっと暴かれた試しがなかった…保護していただいてありがとうございました。」
ああもう…だから衛兵の格好で警備などせず熱心に墓参りする者として任務に当たれと言ったのに。あの馬鹿のせいか全く。
「…知らん、部下のやったことだ。」
「それでもです。」
悪あがきしたとことで結局無駄な気もするが、言質だけは取られないよう曖昧な言い回しをしておく…貴族としてこれくらいは出来ないとな、ルドルフよ。
実際、不届き者は教会関係者を名乗りながら死者を冒涜する行為を散々行なっていた。その1つが墓暴き、いや、墓場泥棒と称したほうが正確か。領民から苦情が来たのだが追い出す訳にもいかず、とりあえず警備だけ強化した。結果、一応見られたらまずいとでも思ったのかやめたらしい。
確かに本部から届いた物資を湯水の如く豪遊に消耗し、領民からの寄付は望めない状況下。墓でも何でもいいから先立つものが欲しかったのだろう…あるいはそれで豪遊するつもりだったのか、あの糞坊主ども。
仕方がないのでこちらが融資して領民への被害は減らした。だがそのぶん税収を上げなければ国に収める分まで覚束なくなった。故に、結局領民が苦しみ喘ぐことになった。
結果が分かっていながらそれを実行した悪徳貴族がここに1人いるというのに…
「奥様と前領主様方、前々領主様方の仇。私も僭越ながら協力をさせていただけませんか?」
思い出すのは義兄様の父上、前々領主の手記に載っていたある上品な婦人と青年の話。片や箱入りらしいおっとりした雰囲気、片や鋭いナイフの様な尖った雰囲気。あまりの凸凹さ加減が面白く、だがどこかお似合いだったと。
隣町で2人宿屋を経営して居た。子供は確か3人、既に成人して自立してるらしく描写はなかった。他、数年前奥方が亡くなった後も1人で宿を続けたとか。
いや、だが…まさか、な。
そうして返事をしようとしたところで頭上からミシミシと不穏な音がした。みるみるうちに亀裂が入って来る。
ゴゴゴゴゴゴ、ガラガラガラガラ…
これは明らかに地下道で鳴っちゃダメな音だ。
だが妙な話だ…あのがめつくえげつない教会のことだ。簡単に崩れるような場所に教会を建造することはないと思うんだが…なら襲撃にあっている?
表で誰かが何かをしている…いや、もうそんなこと考えている余裕はない。
「…おい、ウォルター」
「……ピンチですね、わかります。」
とか言ってる場合でもなく、いつの間にか再び襟首を掴まれて高速移動をしていた。本来ならあんまりな扱いに不満を言いたいところだが、嫌でも目に入って来る先ほどまで座っていた場所の崩落を見ると言葉が出てこない。
そして次の瞬間、銀糸による影ができたと思ったら後頭部を鈍器で殴られた感覚を最後に意識がブラックアウトした。
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「ブへェックション!!」
…すごいくしゃみがさっきから出ているんだが、なんか私やらかした?いや、きっと気のせい…大方吹っ飛んでった教会が埃まみれ()だったせいで空へ飛んだ時に撒き散らされたんだ。
そうだ、そうに違いない…そういうことにしておこう。
さて、今はそれよりウォルターさんだ。一体どこだろうか。反応的には下の方だと思うんだが、教会飛ばした時点で奴らが利用して居た地下道は全部吹っ飛ばしたからまずありえないと考えてだ。
この数時間後、色々終わった後で埋め立てた教会に続く地下道を掘り返しながら『灯台元暗し』ということわざがあったなと深く反省するのだった…穏やかな地蔵(次期領主)に怒られながら。
ウォルターさんまさかな参戦直後のログアウト(※死んでません、今後も出ます)
なお、前に奴隷落ちした間抜け(?)なウォルターさんは一体何者かは次回以降判明します。




