85話 合理主義。
85話 合理主義。
『今のボクにできること』と『限界』を把握した蝙蝠の7番は、
少し間を置いてから口を開いた。
「……私の直属の上司は、ラストローズ辺境伯だ」
声は、今までよりも少しだけ柔らかかった。
それは心を許したわけではなく、言葉の重みを抑えた、理性的な“間”だった。
「本来であれば、私は今聞いたすべてを、辺境伯に報告する義務がある。だけど──しない。今後も、黙っておくつもりだ。なぜだと思う?」
「……なぜでしょうか」
自問のようにも聞こえた。
その声音には、訓練された自己確認の儀式のような節度があった。
「メリットがないから」
即答。
迷いも戸惑いもなかった。
打算、冷静、決断……そのどれもが、彼女の中で綺麗に並んでいる。
しかし不思議と、嫌悪を感じない。
この人は、『自分の損得』に対してすら誠実なのだろう。
……なんてことを思ったりした。
勘違いかもしれないけど。
「ラストローズ辺境伯のことは嫌いじゃない。あの人は、だいぶまともな貴族だ。下賤なクノイチでしかないわたしのことも大事に扱ってくれるし、ケガや病気になったら心配もしてくれる。だから、あの人に逆らおうって気持ちは別にない」
その語り口に、わずかな微笑が混じっていた。
一見すると『強烈に感情を制御している闇人形』っぽく見えているけど、
実は、他人に対する『情』みたいなものが結構あるんじゃないかな。
「でも、心から忠誠を誓ってるわけじゃない。私が最優先するのは、いつだって私。だから、自分の得になるかどうかで判断する」
自分の利。
わかりやすくて、潔い理屈だった。
他人に対する情はあっても、それに流されまいとする気合いみたいなものを感じた。
「……あんたの件は、報告しない方が私の得になる。だから、しない。その代わり──あんたには、ちゃんと私の役に立ってもらう」
「……ゆすられる感じですかね? 毎月、上納金を払う的な……」
「いや、それも割に合わない。魔王を召喚できるあんたは、私をいつでも殺せる。下手に脅して、逆上されて……殺されて終わり。意味がない」
「それで?」
「共犯者になりたい」
おっと。
それはこっちとしてもありがたい話。
「魔王を召喚できる力……それがあれば、何でもできる。あんたは、これから、よっぽどのヘマをして処刑されない限り……いつかは全てを手に入れる」
(7番にバレたことは、その『よっぽどのヘマ』だけどな)
本当のことだけれど、言われるとイラつく。
というか、本当のことだから、イラつくのだろう。
テキトーな妄言だったら、右から左だけど、芯をつく言葉は耳が痛い。




