80話 蝙蝠(こうもり)の7番視点(5)
80話 蝙蝠の7番視点(5)
「報告の続きをさせていただきます。『猿の17番』は、ラストローズ辺境伯が先ほどおっしゃったように、結局、メラトニンの地下迷宮からもシッポをまいて逃げ出しました」
「無駄金に合計で100万も使ったことになるわけだ……本当に愚かしい」
そう頭を抱えるラストローズ辺境伯に、私は、
「それ以外には、特に報告すべき点はございません」
「そうか」
「はい。……特に何も見つからないとは思いますが、今後も、引き続き、監視をつづけます」
「ああ、よろしく頼む」
「……最後に……」
「どうした?」
「……ないとは思いますが、もし、私の身に何か起きた時は、以前にお伝えしたアジトを探索してください。そこに遺書などを残しておりますので」
「ああ、わかっているとも」
★
ラストローズ辺境伯への報告を終えた私は、その足で、自分のアジトへと向かう。
かかとの硬い靴音が石畳に反響し、通りの静けさがより際立つ。
街路灯の灯りが、長く影を落としている。
この都市の喧騒のはずれに、今日だけは異様なまでの『重さ』がまとわりついていた。
何も変わらぬ日常の風景が、今日だけはやけに遠く思えた。
私のアジトは、とある民家の地下にある。
この地下へと続く隠し扉を見つけるのは至難の業。
扉は木製の棚の背後に巧妙に組み込まれている。
棚の奥を押し込むと、わずかに機構が軋む音を立てて、床に通じる階段が現れた。
地下へ降りるたび、空気は乾き、ひんやりとした冷気が頬を撫でる。
アジトの机につくと、私はすぐに、『ラストローズ辺境伯あての手紙』を書いた。
ペン先が紙を走るたびに、胸の奥に冷たい緊張がじわじわと染み込んでくる。
一文字、一文字が遺言のように重い。
手の震えは、疲労のせいなのか、覚悟の証なのか、自分でもわからなかった。
それでも私は、書き続けた。
書き終えると、『ラストローズ辺境伯以外が触れたら燃えてしまう』ように、魔法で封をしてから、金庫へとしまいこむ。
この金庫にも、『意図せぬ他者が触れた際には中身を破壊する』ように魔法をかけておく。
手紙の内容は要約すると以下の通り。
――『魔王事件の犯人は猿の17番。猿の17番は魔王を召喚している。私は真相を突き止めたが、それがバレて殺された』――
もしもの時の保険――だが、これは同時に『意思の証明』でもある。
私はただのコマで終わらない。
歯車にすぎない存在ではない。
この手紙一つで、世界のかじ取りを変える可能性があるのなら……。
同じ内容の手紙をもう一枚したためると、それを懐にしまいこみ、
私は、彼のもとへ……
『猿の17番』の元へと向かった。




