78番 蝙蝠(こうもり)の7番視点(3)
78番 蝙蝠の7番視点(3)
《雅暦1001年7月15日 朝》
「……17番の調査、ご苦労様。……やはり、特に変わりはないか?」
定例報告で、ラストローズ辺境伯から、そう言われた私は、
「昨夜……『猿の17番』は、『メラトニンの地下迷宮』に挑戦しておりました」
「……は? 確か、17番は、先日、プロゲステロンの地下迷宮に挑んで、逃げ帰ったばかりだろう? それなのに、別のところに挑んだのか?」
「はい……おそらく、『プロゲステロン』だけが異常に高難易度で、『それ以外のダンジョンなら可能性があるはず』と思ったのでしょう。会話したわけではないので、真意はわかりませんが」
「浅はかというか、真正のバカというか……」
呆れたように、頭を抱えてため息をつくラストローズ辺境伯。
「それで? また逃げ帰ったのか?」
「……」
「? 7番? どうした?」
そこで、私は悩んだ。
脳裏には、昨夜の光景が何度もフラッシュバックする。
ダンジョンを牛耳るように現れた女魔王の姿は、まるで幻想と現実の境界を曖昧にする存在だった。
衣の裾が揺れるたび、空間そのものがたわみ、冷たい光が石畳に踊った。
ただそこに立っているだけで、空気が引き締まり、周囲の温度が数度下がったように感じられた。
力強さの化身のような女の魔王。
あの魔王が手を振っただけで、
周囲のモンスターが塵となって消えていく様子。
モンスターたちは、悲鳴をあげる暇もなく、まるで存在を否定されるように、音もなく霧散していった。
空間は無音に包まれ、私の耳からは、すべての音が奪われていた。
ただ、その『異常』だけが、深く焼きつく。
私の中で時間の感覚が狂い、ただ呆然とその光景を見つめていた。
17番の件を、ラストローズ辺境伯に報告するか否か。
正直、ずっと悩んでいた。
昨夜、『初めて、17番が魔王を召喚したところを見た瞬間 』から、ずっと……
『これは確実に夢だろう。こんなことはありえない』と疑いつつも、
心の奥底では、
『千載一遇のチャンスかもしれない』
と、そんな風に考えている自分がいた。
『魔王を召喚できる力』……
それは、この巨大都市ユウガにおいて、
『全てを手に入られる可能性がある夢の力』である。
魔王は一体だけでも、既存の貴族を皆殺しにできる力を持つ。
そんな魔王を……17番は、どうやら、自由に操ることができる様子。
心の奥で、氷のように冷たい震えと、炎のように熱い衝動がせめぎ合っていた。
あれは希望か、破滅への恐怖か、それとも両方なのか――私にはまだ、答えが出せなかった。




