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REINCARNATION  作者: 石燈 梓(Azurite)
最終部 Reincarnation
91/106

Part.4 Prosopagnosia: Why don't you call the name of dearest ?(3)


           3-4-(3)



 わたし達はテーブルを囲み、椅子に腰を下ろした。ラグはコンピューターの側から離れない。史織(シオ)は姿を現さず、話し掛けても来なかった。

 ルツさんが、コーヒーを淹れ直してくれた。それをひとくち飲んで、皆川さんは落ち着いた口調で話しはじめた。


「十六年前、俺とラグは火星の宇宙飛行士(アストロノウツ)訓練校の学生だった。高等科だ。ラグはスタルゴ系移民の三世だが、俺とあいつは、そこで知り合ったんだ」


 ライムは蒼ざめた顔で、わたしとルネ、二人の腕にしがみついている。ルネは彼女に特に何も言わず、真剣に皆川さんの話を聴いている。


「ラグの親父さんが銀河連合の統制官だなんて、当時の俺は知らなかった。訳が判らないまま呼び出されたんだ。他の超感覚能力者(E S P E R)達と一緒に」


 わたしはミッキーを見て、それからラグを見た。ミッキーは皆川さんの話に集中していて、ラグはコンピューターのモニターに集中している。――何が映っているんだろう?


「《古老》 にエネルギーを貸す為に、俺たちは集められた。そこで初めて 《ウィル》 に会った」


 口を開きかけるミッキーに、皆川さんは首を振った。


「お前じゃない、ミッキー。正確には、お前の千五百年前のご先祖だ。今の俺と同じくらいの年齢だった。そこで、四人の 《古老》 を紹介されたんだ。《クイン》 と 《ウィル》 と、ええと――」

「クイン・グレーヴス、ウィリアム・フォン・ミュンクト(ウィル)、ヘルガート・リオーナ(ヒルダ)、マレフ・リー・スターマイン(マーク)。全員、生粋の地球人(テラン)じゃない」

「――そうだ」


 ラグがぼそぼそと説明し、皆川さんは肩をすくめた。ミッキーが難しげに眉根を寄せる。


「地球人じゃない?」

「共鳴する能力を持つ、ラウル星人やスタルゴ星人、クスピア星人との混血(ハイブリッド)だ」


 ラグはミッキーに横顔を向けたまま答えた。わたしは、ラグと皆川さんを交互に見た。


「その人達が、どうして?」


 アレックス統制官もそんな話をしていたけれど、よく分からなかった。《古老》 の 《ウィル》 が、ミッキーの千五百年前のご先祖様? それなのに、ミッキーがウィル?

 皆川さんは困ったように苦笑した。


「俺が知らされた 《古老》 の計画は、こうだ。――彼等はそれぞれが特A級のESPERだけど、さらに互いに共鳴し、生体エネルギーを吸収・増幅させることで強大な力を発揮する。『時空の壁』を超えられるエネルギーだ。それで過去へ遡り、VENAプロジェクトを阻止する」

「え?」

「VENAプロジェクトは、君の誕生と同時に始まったわけじゃないんだよ、ライム」


 きょとんとしているライムに、皆川さんは静かに告げた。哀れむかのごとく。


「ラウル星人の生殖能力が低下した原因を調べ、DNAレベルから人工的に創り治す計画だ。そんな壮大なことが、数年で出来るわけじゃない。ラウル星人も研究していたし、銀河連合も協力してきた。地球連邦が 《レッド・ムーン》 で始めたことも、その一部だ」

「そうだ」


 今度はルネが口を開いた。喧嘩腰ではなく、噛みしめるように。


「低い確率だが、人工授精も可能だ。でも、100% 純粋な(ネイティヴ)ラウリアンを造るのは、《VENA》 で初めて成功したと聴いている」


 皆川さんは、ゆっくり首を横に振った。

 ルネは、ぎりりと奥歯を噛み鳴らした。


「どういうことだ」

「VENAプロジェクトは成功した。だが、同時に失敗だと、最初から判っていた」

「何故? ……生殖能がないからか?」


 ライムのわたしの腕を握る指に力が入った。皆川さんは話すのが辛そうに項垂れた。ルネが再び奥歯を鳴らす。

 涼やかな声が響いた。


「生殖能は、最初から与えるつもりはなかった……。《VENA》 は一代限りの実験体だから」


 わたし達は、全員、驚いてルツさんを見た。

 彼女はテーブルに置いた自分のコーヒーカップに手を添え、その中を見詰めていた。おもむろに面を上げ、晴れた冬の夜空のように澄んだ瞳でわたし達を見返した。


「そうでしょう? グレーヴス」

「バイオハザード(生物学的汚染)になるからだ」


 わたしはライムを見遣った。可哀想に、彼女の顔色は真っ白になっている。ルネは、自分の腕を掴む彼女の手に片手を重ねた。

 ミッキーが、ラグを慎重に促した。


「リサ達にも理解出来るよう、説明してくれないか」

「……研究のために遺伝子を組替えたウイルスや細菌は、本来、自然界に存在しない生物だ」


 ラグは座っている椅子をコンソールから離し、その背に寄りかかった。組んだ脚の上で手を組む。こちらを見ず、壁のスクリーンに映る宇宙を観ていた。


「そういう生物を外の世界に放すと、生態系にどんな影響を与えるか予測がつかない。だから、決して外には出さない。万一洩れても危険がないよう、ウイルスや細菌なら増殖能を絶ち、子孫を残せなくする。動物なら生殖能だ。――《VENA(ヴェナ)》 と 《LENA(レナ)-F56》 には、生殖能はない」


 わたしとライムは顔を見合わせた。きっと同じことを考えたのだろう。

 レナさんも……。


「《VENA》 を創るために地球連邦は実験を繰り返した。《SHIO(シオ)》 と 《MAO(マオ)》 は、そうして創られた。《VENA》 のプロトタイプだ。だが、連中は生殖能を絶たれてはいない」

「何故?」

「その必要がないからだ」


 小さな音がした。

 キッチンの片隅で起きた、カタン、という音に、わたし達は耳を澄ませたけれど、敢えて振り返らなかった。

 史織が現れた気配を感じた。


「《SHIO》 達は、ラウル星人の発生上の問題を調べるために創られた。遺伝子は 100% 純粋な(ネイティヴ)ラウル星人だ。さらに、連中は胚の段階でキメラ化された。他種の生物との合成によって、寿命は自ずと決定される。長くて十年。免疫抑制剤その他の薬を用いてだ」

「そんな、酷い……」


 思わず呟いたわたしを、ラグはちらりと一瞥した。怒りも同情もない平坦な眼差しだった。


「地球では何世紀も前から行われて来た方法だ」

「そして、オレ達は全員、産まれる前からその恩恵を享けている」


 呟いたのは、ルネだった。

 そうだ、知っている。わたし達が食べている合成肉も野菜も、何世紀もかけて人類が創り出して来たものだ。意図的に交配を行い、品種を改良し……風邪薬ひとつ解熱剤ひとつとっても、実験動物の犠牲なくしては作られていない。研究のために遺伝子を組替え、医療と生活のために他の生物を利用することは、人類が常にやって来たことだ。

 でも、これって……。


 ライムの手が離れたのでどうしたのかと見ると、彼女は両手で口を覆っていた。血の気の失せた顔で、テーブルの上を凝然とみすえている。

 ルツさんも皆川さんもミッキーも、彼女を気の毒そうに眺めていたけれど、何も言えないらしかった。勿論、わたしも。

 史織は無表情だ。

 ルネは右腕をひろげ、ライムの肩にそれを回して抱き寄せた。『しっかりしろ』と言うようにぎゅっと力をこめると、ラグに訊ねた。


「……判った、それは。だが解らない。生殖能がないなら 《VENA》 はバイオハザードにはならない。《SHIO》もだ。それなのに、何故失敗だ? 何が問題だ」


 ラグは黙ってサングラスごしに二人を見た。

 ルネが再度呼ぶ。


「おっさん」

「小僧。お前達、混血(ハイブリッド)ラウリアンの寿命は、どれくらいだ?」

「へ?」


 訊き返されて、ルネは眼を瞬いた。苛々しかけたけれど、彼はそれを抑制した。


「標準時間で五百年ってところだな。永い奴は八百年……流石に、千年って奴は知らない」

「永いな」

「ああ。オレ達の能力は、寿命を変化させるからな」


 ラグがその程度のことを知らないとは思えなかったけれど、何か意図を感じたのだろう。誘導されるまま、ルネは答えた。


「ESPは物理化した生体エネルギーだ。強い奴ほど長生きする」

「一個体の寿命が五百年……。そんなに平均寿命の永い生物種が、子孫を残す目的は何だ?」


 ルネは黙りこんだ。わたしも、ちょっと考えた。

 数秒後、ルネは暗い嗤いを唇に浮かべた。


「……確かに。要らねえな」

「ルネ……」

「それがどうした」


 ライムが彼に呼びかけたけれど、ルネは応えなかった。でも、彼の言葉は彼女にとって救いになったかもしれない。わたしは少しほっとした。

 ルネは真っ直ぐラグを見据えていた。皆川さんとミッキーは、神妙に話を聴いている。


「オレの質問に答えろ。先刻まで、あんたは 《VENA》 の生殖能の話をしていた。それが、ESPと寿命の話になった。目的は?」


 ひょっとして、ルネがいま彼女を名前で呼ばないのは、《VENA》 とライムを切り離す思い遣りなのかもしれない。と、わたしは考えた。それが彼女に伝わっているかどうかは不明だけれど。

 史織は胸の前で腕を組み、ラグが何と言うのかを見守っている。ラグの方はその視線に頓着する風はなく、淡々と答えた。


「ラウル星人のESPは寿命を変化させる。寿命が永く生存の危機に曝されていない生物種は、子孫を敢えて多く残す必要がない……。お前達の種としての生殖能が低下した主な原因が、それだと言ったら?」

「…………」

「逆に、人為的に生殖能を絶ったラウル星人の個体は、どうなると思う? 一つの遺伝子が複数の機能を持つなんてのは、自然界ではよくあることだ。お前達の生殖能を左右する遺伝子が、ESPの大きさをコントロールするものでもあったら? コントロールを失った生体エネルギーは、どうなると思う」


 ライムが悲鳴を呑む音が聞えた。

 ラグはわたし達から顔を背け、コンピューターの方を向いてしまった。

 わたしは、ライムとルネの表情を見て――見ていられなくなって、ミッキーを見上げた。彼と皆川さんは、痛ましげに眉を曇らせている。

 ルツさんが眼を閉じた。

 また、沈黙が部屋を支配した。


「……知っていたのか」


 ぎりっ。

 数分後、ルネの濁った声がライト・シーリングに木霊した。同時に歯軋りする音が。

 ルネはラグを睨み、ライムの肩をしっかりと抱いて唸った。


「知っていたのか? あんたは。あんた達は。倫道教授も?」

「知っていたとも言えるし、知らなかったとも言える」

「わかるように言え!」

「…………」


「説だったんだよ、ルネ」


 耐えかねて、皆川さんが口を挿んだ。その隣で、ミッキーはルネを見詰めている。成りきれなかった、アダムとイヴを――。

 皆川さんは、二人を慰めるように繰り返した。


「まだ学説の段階だったんだ。それに、俺達にとっては十六年だが、ラグとミッキーにとっては千五百年以上前の話だ」

「学説なんてものは、半年で変わる」


 皮肉な口調で、ラグが応じた。椅子の背にもたれ、天井を仰ぎながら。


「だが、VENAプロジェクトが始まると、それは予想される結果になった。だから問題だった」

「待って、ラグ。鷹弘ちゃん」


 両手で顔を覆っていたライムが、手を外し、震える声で言った。テーブル上の一点を凝視(みつ)め、必死に感情を抑えている。


「わからないわ。教えて……。あたしは、レナさんとは違う。自分の能力のコントロールは出来ているわ。それでも駄目なの?」


 ラグはこちらを向いた。濃いサングラスのせいで、表情は判らない。


「能力のコントロールが問題ではないんだ、Lady. 遺伝子が規定しているのは、生体エネルギーの『大きさ』だ。あんたのパワーは成長するにつれ強くなっている。自分で解るだろう?」


 ルネは、彼女の名前と 《VENA》 を使い分けた。なら、ラグが彼女を 『Lady』 と呼ぶのは何故だろう。今まで、ずっと彼女をそう呼んで来たのは?

 そう、わたしは考えた。


 ライムは黙り込んだ。ラグは、再びわたし達から視線を逸らした。


「俺達の予想では、《VENA》 のエネルギーは約二十年で自己コントロールの限界を超える。強大なエネルギーは時空を歪ませる。《VENA》 の誕生から約二十年で、歪みは 《レッド・ムーン》 の軌道を変え、月と地球の軌道にも影響を与え……ソル太陽系を呑み込むだろう」

「…………」

「だから。VENAプロジェクト自体をなかったことにする……」


 わたし達は、全員、ラグを見た。ライムも、ルネも、皆川さんも。ミッキーも、ルツさんも、わたしも。

 そして、離れた所にいる、史織も。

 ラグはコンソールに肘を突き、頭を抱えた。サングラスを外し、何度か目元を擦る仕草をした。そうして、項垂れる。

 しばらく待っていたけれど、彼が話し出さなかったので、また皆川さんが口を開いた。


「こいつは黒目黒髪だったんだ。その時まで」


 皆川さんは淋しげに苦笑した。


「ラグの親父さん――《クイン》 を含む四人の 《古老》 は、目印の為に姿を変えた。全員、銀髪碧眼に。そうして、俺達の力を吸収して時空テレポーテイションを行った。過去の地球へ」

「…………」

「その途端、俺の目の前でラグの姿が変化した。千五百年分の 《古老》 の記憶と能力が流れこんで、こいつは二週間意識不明になった。《クイン・グレーヴス》 が戻って来るまで」


「そんな昔のことをよく憶えているな、鷹弘」


 ラグは陰鬱に言った。彼が首を振ると、豊かな銀髪がゆさゆさ揺れた。


「俺に言わせれば総白髪だ。どうでもいいだろう」

「だが、あれが本当の『はじまり』だ。俺にとっては強烈だったよ」

「…………」


「千五百年分の記憶だと?」


 ルネが片方の眉を跳ねあげた。ライムの肩をしっかりと抱き締めながら。

 ミッキーは眉間に皺を刻んでいる。

 ルネの声は相変わらず掠れていた。


「どういう意味だ?」


 しかし、やっぱりラグが応えようとしないので、皆川さんが代わりに説明した。


「ESPを使った人類最初のタイム・トラベルだ。何年何月何日に移動するなんて、微調整が出来たわけじゃない。《古老》 達は、十二世紀の地球まで時間を遡ってしまった。それで、自分達の使命を子孫に伝えることにしたんだよ。能力を持つ子どもに、代々の記憶を、全部」

「……何だと?」

「その末裔が、ラグとミッキーだ」


 ルネの口が、ぽかんと開いた。わたしも呆気にとられてしまう。

 ライムは怪訝そうにラグとミッキーの顔を見比べ、ミッキーは哀しげに眼を伏せた。


 そうか……それが、《古老》 の 《ウィル》。その記憶を、ミッキーは封印されたのね。

 でも、何故……?






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[一言] あああ……ライム……(´;ω;`) それは、ラグが色々装ってても、言えることじゃない……
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