Part.4 Prosopagnosia: Why don't you call the name of dearest ?(3)
3-4-(3)
わたし達はテーブルを囲み、椅子に腰を下ろした。ラグはコンピューターの側から離れない。史織は姿を現さず、話し掛けても来なかった。
ルツさんが、コーヒーを淹れ直してくれた。それをひとくち飲んで、皆川さんは落ち着いた口調で話しはじめた。
「十六年前、俺とラグは火星の宇宙飛行士訓練校の学生だった。高等科だ。ラグはスタルゴ系移民の三世だが、俺とあいつは、そこで知り合ったんだ」
ライムは蒼ざめた顔で、わたしとルネ、二人の腕にしがみついている。ルネは彼女に特に何も言わず、真剣に皆川さんの話を聴いている。
「ラグの親父さんが銀河連合の統制官だなんて、当時の俺は知らなかった。訳が判らないまま呼び出されたんだ。他の超感覚能力者達と一緒に」
わたしはミッキーを見て、それからラグを見た。ミッキーは皆川さんの話に集中していて、ラグはコンピューターのモニターに集中している。――何が映っているんだろう?
「《古老》 にエネルギーを貸す為に、俺たちは集められた。そこで初めて 《ウィル》 に会った」
口を開きかけるミッキーに、皆川さんは首を振った。
「お前じゃない、ミッキー。正確には、お前の千五百年前のご先祖だ。今の俺と同じくらいの年齢だった。そこで、四人の 《古老》 を紹介されたんだ。《クイン》 と 《ウィル》 と、ええと――」
「クイン・グレーヴス、ウィリアム・フォン・ミュンクト(ウィル)、ヘルガート・リオーナ(ヒルダ)、マレフ・リー・スターマイン(マーク)。全員、生粋の地球人じゃない」
「――そうだ」
ラグがぼそぼそと説明し、皆川さんは肩をすくめた。ミッキーが難しげに眉根を寄せる。
「地球人じゃない?」
「共鳴する能力を持つ、ラウル星人やスタルゴ星人、クスピア星人との混血だ」
ラグはミッキーに横顔を向けたまま答えた。わたしは、ラグと皆川さんを交互に見た。
「その人達が、どうして?」
アレックス統制官もそんな話をしていたけれど、よく分からなかった。《古老》 の 《ウィル》 が、ミッキーの千五百年前のご先祖様? それなのに、ミッキーがウィル?
皆川さんは困ったように苦笑した。
「俺が知らされた 《古老》 の計画は、こうだ。――彼等はそれぞれが特A級のESPERだけど、さらに互いに共鳴し、生体エネルギーを吸収・増幅させることで強大な力を発揮する。『時空の壁』を超えられるエネルギーだ。それで過去へ遡り、VENAプロジェクトを阻止する」
「え?」
「VENAプロジェクトは、君の誕生と同時に始まったわけじゃないんだよ、ライム」
きょとんとしているライムに、皆川さんは静かに告げた。哀れむかのごとく。
「ラウル星人の生殖能力が低下した原因を調べ、DNAレベルから人工的に創り治す計画だ。そんな壮大なことが、数年で出来るわけじゃない。ラウル星人も研究していたし、銀河連合も協力してきた。地球連邦が 《レッド・ムーン》 で始めたことも、その一部だ」
「そうだ」
今度はルネが口を開いた。喧嘩腰ではなく、噛みしめるように。
「低い確率だが、人工授精も可能だ。でも、100% 純粋なラウリアンを造るのは、《VENA》 で初めて成功したと聴いている」
皆川さんは、ゆっくり首を横に振った。
ルネは、ぎりりと奥歯を噛み鳴らした。
「どういうことだ」
「VENAプロジェクトは成功した。だが、同時に失敗だと、最初から判っていた」
「何故? ……生殖能がないからか?」
ライムのわたしの腕を握る指に力が入った。皆川さんは話すのが辛そうに項垂れた。ルネが再び奥歯を鳴らす。
涼やかな声が響いた。
「生殖能は、最初から与えるつもりはなかった……。《VENA》 は一代限りの実験体だから」
わたし達は、全員、驚いてルツさんを見た。
彼女はテーブルに置いた自分のコーヒーカップに手を添え、その中を見詰めていた。おもむろに面を上げ、晴れた冬の夜空のように澄んだ瞳でわたし達を見返した。
「そうでしょう? グレーヴス」
「バイオハザード(生物学的汚染)になるからだ」
わたしはライムを見遣った。可哀想に、彼女の顔色は真っ白になっている。ルネは、自分の腕を掴む彼女の手に片手を重ねた。
ミッキーが、ラグを慎重に促した。
「リサ達にも理解出来るよう、説明してくれないか」
「……研究のために遺伝子を組替えたウイルスや細菌は、本来、自然界に存在しない生物だ」
ラグは座っている椅子をコンソールから離し、その背に寄りかかった。組んだ脚の上で手を組む。こちらを見ず、壁のスクリーンに映る宇宙を観ていた。
「そういう生物を外の世界に放すと、生態系にどんな影響を与えるか予測がつかない。だから、決して外には出さない。万一洩れても危険がないよう、ウイルスや細菌なら増殖能を絶ち、子孫を残せなくする。動物なら生殖能だ。――《VENA》 と 《LENA-F56》 には、生殖能はない」
わたしとライムは顔を見合わせた。きっと同じことを考えたのだろう。
レナさんも……。
「《VENA》 を創るために地球連邦は実験を繰り返した。《SHIO》 と 《MAO》 は、そうして創られた。《VENA》 のプロトタイプだ。だが、連中は生殖能を絶たれてはいない」
「何故?」
「その必要がないからだ」
小さな音がした。
キッチンの片隅で起きた、カタン、という音に、わたし達は耳を澄ませたけれど、敢えて振り返らなかった。
史織が現れた気配を感じた。
「《SHIO》 達は、ラウル星人の発生上の問題を調べるために創られた。遺伝子は 100% 純粋なラウル星人だ。さらに、連中は胚の段階でキメラ化された。他種の生物との合成によって、寿命は自ずと決定される。長くて十年。免疫抑制剤その他の薬を用いてだ」
「そんな、酷い……」
思わず呟いたわたしを、ラグはちらりと一瞥した。怒りも同情もない平坦な眼差しだった。
「地球では何世紀も前から行われて来た方法だ」
「そして、オレ達は全員、産まれる前からその恩恵を享けている」
呟いたのは、ルネだった。
そうだ、知っている。わたし達が食べている合成肉も野菜も、何世紀もかけて人類が創り出して来たものだ。意図的に交配を行い、品種を改良し……風邪薬ひとつ解熱剤ひとつとっても、実験動物の犠牲なくしては作られていない。研究のために遺伝子を組替え、医療と生活のために他の生物を利用することは、人類が常にやって来たことだ。
でも、これって……。
ライムの手が離れたのでどうしたのかと見ると、彼女は両手で口を覆っていた。血の気の失せた顔で、テーブルの上を凝然とみすえている。
ルツさんも皆川さんもミッキーも、彼女を気の毒そうに眺めていたけれど、何も言えないらしかった。勿論、わたしも。
史織は無表情だ。
ルネは右腕をひろげ、ライムの肩にそれを回して抱き寄せた。『しっかりしろ』と言うようにぎゅっと力をこめると、ラグに訊ねた。
「……判った、それは。だが解らない。生殖能がないなら 《VENA》 はバイオハザードにはならない。《SHIO》もだ。それなのに、何故失敗だ? 何が問題だ」
ラグは黙ってサングラスごしに二人を見た。
ルネが再度呼ぶ。
「おっさん」
「小僧。お前達、混血ラウリアンの寿命は、どれくらいだ?」
「へ?」
訊き返されて、ルネは眼を瞬いた。苛々しかけたけれど、彼はそれを抑制した。
「標準時間で五百年ってところだな。永い奴は八百年……流石に、千年って奴は知らない」
「永いな」
「ああ。オレ達の能力は、寿命を変化させるからな」
ラグがその程度のことを知らないとは思えなかったけれど、何か意図を感じたのだろう。誘導されるまま、ルネは答えた。
「ESPは物理化した生体エネルギーだ。強い奴ほど長生きする」
「一個体の寿命が五百年……。そんなに平均寿命の永い生物種が、子孫を残す目的は何だ?」
ルネは黙りこんだ。わたしも、ちょっと考えた。
数秒後、ルネは暗い嗤いを唇に浮かべた。
「……確かに。要らねえな」
「ルネ……」
「それがどうした」
ライムが彼に呼びかけたけれど、ルネは応えなかった。でも、彼の言葉は彼女にとって救いになったかもしれない。わたしは少しほっとした。
ルネは真っ直ぐラグを見据えていた。皆川さんとミッキーは、神妙に話を聴いている。
「オレの質問に答えろ。先刻まで、あんたは 《VENA》 の生殖能の話をしていた。それが、ESPと寿命の話になった。目的は?」
ひょっとして、ルネがいま彼女を名前で呼ばないのは、《VENA》 とライムを切り離す思い遣りなのかもしれない。と、わたしは考えた。それが彼女に伝わっているかどうかは不明だけれど。
史織は胸の前で腕を組み、ラグが何と言うのかを見守っている。ラグの方はその視線に頓着する風はなく、淡々と答えた。
「ラウル星人のESPは寿命を変化させる。寿命が永く生存の危機に曝されていない生物種は、子孫を敢えて多く残す必要がない……。お前達の種としての生殖能が低下した主な原因が、それだと言ったら?」
「…………」
「逆に、人為的に生殖能を絶ったラウル星人の個体は、どうなると思う? 一つの遺伝子が複数の機能を持つなんてのは、自然界ではよくあることだ。お前達の生殖能を左右する遺伝子が、ESPの大きさをコントロールするものでもあったら? コントロールを失った生体エネルギーは、どうなると思う」
ライムが悲鳴を呑む音が聞えた。
ラグはわたし達から顔を背け、コンピューターの方を向いてしまった。
わたしは、ライムとルネの表情を見て――見ていられなくなって、ミッキーを見上げた。彼と皆川さんは、痛ましげに眉を曇らせている。
ルツさんが眼を閉じた。
また、沈黙が部屋を支配した。
「……知っていたのか」
ぎりっ。
数分後、ルネの濁った声がライト・シーリングに木霊した。同時に歯軋りする音が。
ルネはラグを睨み、ライムの肩をしっかりと抱いて唸った。
「知っていたのか? あんたは。あんた達は。倫道教授も?」
「知っていたとも言えるし、知らなかったとも言える」
「わかるように言え!」
「…………」
「説だったんだよ、ルネ」
耐えかねて、皆川さんが口を挿んだ。その隣で、ミッキーはルネを見詰めている。成りきれなかった、アダムとイヴを――。
皆川さんは、二人を慰めるように繰り返した。
「まだ学説の段階だったんだ。それに、俺達にとっては十六年だが、ラグとミッキーにとっては千五百年以上前の話だ」
「学説なんてものは、半年で変わる」
皮肉な口調で、ラグが応じた。椅子の背にもたれ、天井を仰ぎながら。
「だが、VENAプロジェクトが始まると、それは予想される結果になった。だから問題だった」
「待って、ラグ。鷹弘ちゃん」
両手で顔を覆っていたライムが、手を外し、震える声で言った。テーブル上の一点を凝視め、必死に感情を抑えている。
「わからないわ。教えて……。あたしは、レナさんとは違う。自分の能力のコントロールは出来ているわ。それでも駄目なの?」
ラグはこちらを向いた。濃いサングラスのせいで、表情は判らない。
「能力のコントロールが問題ではないんだ、Lady. 遺伝子が規定しているのは、生体エネルギーの『大きさ』だ。あんたのパワーは成長するにつれ強くなっている。自分で解るだろう?」
ルネは、彼女の名前と 《VENA》 を使い分けた。なら、ラグが彼女を 『Lady』 と呼ぶのは何故だろう。今まで、ずっと彼女をそう呼んで来たのは?
そう、わたしは考えた。
ライムは黙り込んだ。ラグは、再びわたし達から視線を逸らした。
「俺達の予想では、《VENA》 のエネルギーは約二十年で自己コントロールの限界を超える。強大なエネルギーは時空を歪ませる。《VENA》 の誕生から約二十年で、歪みは 《レッド・ムーン》 の軌道を変え、月と地球の軌道にも影響を与え……ソル太陽系を呑み込むだろう」
「…………」
「だから。VENAプロジェクト自体をなかったことにする……」
わたし達は、全員、ラグを見た。ライムも、ルネも、皆川さんも。ミッキーも、ルツさんも、わたしも。
そして、離れた所にいる、史織も。
ラグはコンソールに肘を突き、頭を抱えた。サングラスを外し、何度か目元を擦る仕草をした。そうして、項垂れる。
しばらく待っていたけれど、彼が話し出さなかったので、また皆川さんが口を開いた。
「こいつは黒目黒髪だったんだ。その時まで」
皆川さんは淋しげに苦笑した。
「ラグの親父さん――《クイン》 を含む四人の 《古老》 は、目印の為に姿を変えた。全員、銀髪碧眼に。そうして、俺達の力を吸収して時空テレポーテイションを行った。過去の地球へ」
「…………」
「その途端、俺の目の前でラグの姿が変化した。千五百年分の 《古老》 の記憶と能力が流れこんで、こいつは二週間意識不明になった。《クイン・グレーヴス》 が戻って来るまで」
「そんな昔のことをよく憶えているな、鷹弘」
ラグは陰鬱に言った。彼が首を振ると、豊かな銀髪がゆさゆさ揺れた。
「俺に言わせれば総白髪だ。どうでもいいだろう」
「だが、あれが本当の『はじまり』だ。俺にとっては強烈だったよ」
「…………」
「千五百年分の記憶だと?」
ルネが片方の眉を跳ねあげた。ライムの肩をしっかりと抱き締めながら。
ミッキーは眉間に皺を刻んでいる。
ルネの声は相変わらず掠れていた。
「どういう意味だ?」
しかし、やっぱりラグが応えようとしないので、皆川さんが代わりに説明した。
「ESPを使った人類最初のタイム・トラベルだ。何年何月何日に移動するなんて、微調整が出来たわけじゃない。《古老》 達は、十二世紀の地球まで時間を遡ってしまった。それで、自分達の使命を子孫に伝えることにしたんだよ。能力を持つ子どもに、代々の記憶を、全部」
「……何だと?」
「その末裔が、ラグとミッキーだ」
ルネの口が、ぽかんと開いた。わたしも呆気にとられてしまう。
ライムは怪訝そうにラグとミッキーの顔を見比べ、ミッキーは哀しげに眼を伏せた。
そうか……それが、《古老》 の 《ウィル》。その記憶を、ミッキーは封印されたのね。
でも、何故……?




