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REINCARNATION  作者: 石燈 梓(Azurite)
最終部 Reincarnation
84/106

Part.3 Visuospatial Agnosia: You don't know where you are.(1)


          3-3-(1)



 初代の 《VOYAGER(ボイジャー)》 号は、銀色の流線形の船体に濃紺のラインの入った戦闘的なデザインをしていた。その船に女性を乗せたことがないというのが、真実かはともかく……ラグが、ルツを乗せることで困惑しているのは明らかだった。気を遣いすぎ、話せなくなっている。

 頼んでコクピットに入れてもらったものの、ルツの方もこの若き 《古老》 にふさわしい話題をみつけられなかった。

 気詰まりな二人を乗せた船は、 《RED(レッド・) MOON(ムーン)》 を離れ、《WHITE(ホワイト・) MOON(ムーン)》 の連合軍宇宙センターへ向かっていた。通常なら二、三時間の距離が、倍以上に思われた。

 とうとう我慢しきれなくなり、ラグから切り出した。


「……先刻から、気になっていたんだが」

「え?」


 モリス・グレーヴスに比べると、ラグの気配は鋭い。相手を怯ませるぶっきらぼうな態度は相変わらずだが、気まずさを解消しようと努力していることは感じられた。


「あんたは、あのキメラ達に名前を付けているのか?」

「ああ」


 ルツは、思わず微笑んだ。

 《SHIO(シオ)》 と 《MAO(マオ)》――二頭の合成生物(キメラ)に、ルツは名前をつけていた。アジア風に漢字をあてているのだが、呼び方は変わらないので、気づく者はほとんどいない。彼女と彼等だけの暗号のようなものだった。

 ルツは悪戯めいた気持ちで訊き返した。


「どうして判ったの?」

「どうして、と、言われても――」


 ラグはぼそぼそと口ごもり、彼女から視線を逸らした。耳の後ろを掻く。精悍な頬骨に、ルツは微笑みかけた。


「子どもみたいでしょう?」

「…………」

「最初はそんなつもりではなかったのよ、ペットではないのだから。でも、育てていると……コード・ネームでは冷たい気がして。幸い彼等が気に入ってくれているから、私だけ遣わせてもらっているの」

「べつに、子どもじみているとは思わないが」


 ラグは眉間に皺をきざみ、小声で応えた。意味もなく、オート・ドライブの航路図を映しているモニターを指先で弾く。

 ルツは優しく促した。


「そう? ……言いたいことがあるなら、遠慮してくれなくていいのよ」


 ラグはちらりと横目で彼女を見遣り、肩をすくめた。

 ルツが敢えてこう言ったのは、彼には他に話題がないだろうと思えたからなのだが、案の定、そうらしい。

 ラグは数秒間だまっていた。サングラスに映る月とスクリーンのそれとの距離を測っているような雰囲気だ。結局、沈黙に耐えきれず、歯切れの悪い口調で話し始めた。


「……悪い意味には取らないでくれよ。俺はただ、珍しいと思ったんだ。キメラに名前をつけるなんて」

「そう?」

母親(・・)なあんたに、言うべきことじゃあないんだろうが、」


 いつの間にか、ルツの呼び方が『君』から『あんた』に戻っている。まるで、彼女との距離を測り直すかのように。


「怖くないのか? あんたは」

「怖い? 史織(シオ)真織(マオ)が? キメラだから?」


 この問いは思いがけなかった。そう思ってルツは問い返したのだが、ラグの表情は複雑だった――戸惑っているらしい。

 ルツは首を傾げた。褐色のレンズの表で、自分の髪が肩をすべり落ちる。


「そうね。正直に言えば、彼等の能力は怖いわ。私より、はるかに強いから……。でもそれは、畏れであって恐怖ではないの。彼等は話の通じない怪獣(モンスター)などではないから。私が、そう思っているだけだけれど」

「そうじゃない」


 ラグは顔を背けた。訝しむ彼女に説明する必要を感じ、改めて振り向いた。


「俺の言い方がまずかったな。怖くないかと訊いたのは、あんたの気持ちのことだ。……本当は、判っているんだろう? ドウエルとターナーは、何故あんたに二人の世話をさせるのだろう、と思っている」


 ルツは軽く目を(みは)った。コーヒー色のレンズ越しにこちらを見詰める眼差しは、思慮深い。彼女が真に問いの意味を理解していないのかを、探るように。


「あんたは精神感応能力者(テレパス)だ」

「…………」

「確かに、あんた程の能力者なら、ラウル星人でなくとも二人にESPの使い方を教えられるだろう。それは二人の母親になるということだ。……自分の気持ちが、怖くはないか?」

「…………」

「俺なら怖いと思う。《SHIO》 は実験動物だ」


 ルツは静かにメイン・スクリーンに面を向けた。項垂れても怯んでもいない毅然とした横顔に、ラグは冷静に語りかけた。


「《MAO》 も 《LENA(レナ)》 も。研究対象に感情移入しては、やっていられないだろう。俺も動物を扱うが、実験でネズミやカエルを殺すたびに落ちこんでいては、話にならない」


 ルツはそっと眼を閉じた。新雪をあつめて造られたような儚く美しい横顔がふいに憂いにしずんだので、ラグは声をひそめた。


「奴等は喋るネズミと同じはずだ。少なくとも、ターナーにとっては。ドウエルにも……。だが、あんたはそれを避けようがない。あんたの関わり方は――」

「偽善?」


 囁いて、ルツは瞼を開け、ラグと正面から向き合った。真顔でこちらを見詰める若い男の、銀の睫毛にふちどられた眼が(すが)められ――誰かがそう言ったのかと、(ただ)すように。――唇がやや憮然と呟いた。


「……俺は、『あんたが、しんどいだろう』 と言っているんだ」


(同じことなのに……) 思わず、ルツは溜め息を呑んだ。

 何故、違うのだろう?

 同じ内容を諭すのに、言葉一つでどうして気持ちが変わるのか。不思議だった。


 原罪のようなものだと、ルツは考えていた。

 地球人類はその歩みをはじめたときから、周囲の生物に手を加えている。麦の、ジャガイモの、トウモロコシの……品種を改良し、運搬し、商品価値を高めた。ウマの、オオカミの、ヒツジの……群れを管理し、姿を変え、使役した。狩りに、食用に、移動に。イヌやネコ、ネズミはその遺伝子を操作し、手術を行い、薬品の効果を判定した。

 数えきれない他種の生命の犠牲のうえに、人類は繁栄してきたのだ。研究対象が個体から細胞、遺伝子レベルに変わっても、その目的は変わらない。ヒトの利益のためだ。

 無論、自己規制も行った。多くの失敗とあやまちを省みて、技術が倫理を超えぬよう法による監視を続けている。しかし、根本的な問いは置き去りにされたままだった。


 【ヒトは、食用以外で、他種の生物を利用することが許されるのか?】


 ――ヒトに対しては許されない行為が、実験動物が相手なら構わないとは、精神感応能力者のルツには理性で理解できても感情は納得できない。故にこれはヒトの原罪だと、己に言い聞かせるしかなかった。


 グリフィス・ターナーは、そんな彼女を嘲笑した。彼にとってはネズミどころか、ヒトと同じ姿をして言語コミュニケーションをとれるラウル星人すら、珍しい研究対象に過ぎない。

『お前は、科学者として失格だ』 と、彼は言う。創った当人が合成生物に同情するなど、偽善も甚だしい。――ルツもそれは承知している。研究において生半可な感傷は役に立たないばかりか、邪魔になる。

 しかし、ルツは彼等と絆を結んでしまったのだ。決して切れない情緒的な関係を。そのことを蔑まれるのではなく、労わられたのは初めてだった。


 こんな仕事に、いたわりなどというものが入り込む余地があるとは……。


「ターナーが自分ですればいい」


 また伝わってしまったらしい。ラグは不機嫌に唸り、彼女から顔を背けた。


「ドウエルが……。あの二人にはテレパスが判らないと、あんたは言っていたな。確かに、何も判っちゃいないらしい。だが、俺に言わせれば、あんたもあんただ」

「…………」

「そうあちこちに気を遣っていて、大丈夫なのか。潰れるぞ、そのうち。いちいち、あんたが背負うことじゃないだろう」


(なんで俺が、こんな気持ちになるんだ) 白百合のごとき彼女の(かんばせ)を見られなくなって、ラグは苦虫を噛み潰した。(何を言っているんだ、俺は)

 くだらない――こんなことを言うつもりではなかった。苛々する。

 理由は判っている……優し過ぎるからだ、彼女が。きっと、その優しさを支える(つよ)さも充分持ち合わせているのだろう。自分などが心配しなくとも。

 余計なお節介だ。


 一方、ルツもまた己の気持ちを把握しかねていた。(まさか)と考える。

 まさか……彼は気づいたのか? 彼女に委ねられた計画を知ったから、こんなことを言い出したのか?

 いや、それはないはずだ。


「……ありがとう」


 今度はしみじみと、彼女は礼を言った。


「ありがとう、心配してくれて」


『いや。その。くだらないことを言った。スマナイ』とか何とか、彼はもごもご呟いた。小さく舌打ちをして、操縦に集中する。

 ルツは、そっと眼を伏せた。



             ◇



「ラグ。どこへ行っていたんだ? ディック教授がカンカンになっていたぞ」


 人気のない連合軍の宇宙港のロビーで。ラグの帰りを待っていた鷹弘は、相棒をみつけ、早速声をかけた。


「学位審査の一週間前にセミナーをさぼる奴があるか。お前、親父さんと一緒なら、そう言って行けよ――」

「ああ。悪かったな、タカヒロ。あとで、教授へは連絡を入れておく」


 鷹弘は、無愛想に応える相棒の後ろからルツが姿を現したので、驚いて立ち尽くした。続ける言葉を忘れ、頭から爪先まで彼女を凝視(みつ)めた。

 ラグが。この男が女性を連れているということ自体、天変地異に近い。おまけに、これは、特上級の美女だ……。

 鷹弘は、ごくんと唾を飲んだ。


 背は高くない。せいぜいラグの肩に届くくらいだ。細い身体はいっけん華奢で、触れたら折れてしまいそうな気がする。けれども、胸と腰はゆたかで、大柄なラグの隣に居てさえ彼女の方が目を惹いた。

 長い黒髪は濡れたように輝きながら肩にかかり、背中へと流れている。なめらかな真珠色の肌をふちどり腰にとどくそれは、彼女の仕草に合わせて揺れる神秘的なヴェールだった。銀河を散りばめた冷たい冬の夜空のようだ。

 睫毛は長く、瞳は黒く、切れ長の双眸は憂いを帯びていた。

 ラグより年上なことは落ち着いた雰囲気で察せられたが、顔立ちは少女のように繊細だった。毅然としていながら他人を拒絶する冷たさを感じさせないのは、あどけないほど澄んだ眼差し故だろうか。けぶるような睫毛には、少女が大人になりきれない悲しみをじっと耐えているような風情があった。

 彼女自身が意図していなくとも、男なら――誰でも、一目で彼女に恋してしまっただろう。守りたいと思わせる雰囲気を持っていた。

 鷹弘の感想は、彼女の声を聴いた瞬間、確信に変わった。


「こんばんは」


 彼女はまっすぐ彼を見上げ、微笑んだ。

 澄んだ声は男達の耳に心地よく届いた。ガラスの鈴のように涼しく透明な響きを聞いていると、うっとりとした。いつまでも余韻に浸っていたい気持ちにさせられたが、彼女が片手を差し出したので、鷹弘は慌ててシャツの裾で手を拭った。

 そんな相棒の様子を、ラグはつまらなそうに眺めていた。


「ミッキー……ウィルは帰っているか? タカヒロ」

「まだだ。『月うさぎ』に顔を出すと言っていたから、もうすぐ来るだろう。あいつに用なのか?」

「彼女がな」


 雑に応えてから紹介していないことに気づき、ラグは首の後ろを掻いた。


「ルツ・ヨーハン博士だ。地球連邦Think(シンク・) Tank(タンク) No.42の主任研究員で、史織と真織の開発者。AクラスのESPERで、今回、俺達に協力してくれる。……博士。こっちは俺とウィルの友人で、ミナガワ・タカヒロ」

「よろしく、ミナガワさん」

「こちらこそ」


 ルツは鷹弘と握手を交わしながら、ラグがさりげなく『史織』と『真織』とキメラ達を呼んだことに気づいた。

 彼はルツと視線を合わせようとはしなかった。額にかかる前髪を掻き上げ、展望窓から滑走路を眺めている。


「どうする? 『月うさぎ』はあいつ(ミッキー)の家だが、家族に連絡するのは無粋な気がする」

「急ぐわけではないから。こちらで待たせてもらっても、いいかしら?」


 ラグは驚いたように彼女を見下ろした。サングラスの奥の瞳が鮮やかな碧に染まっている。


「こちらでって……《VOYAGER》のことか?」

「ええ、そう。いけない?」


 彼のことを知りたくなってきた。――ルツがからかう口調で問うと、ラグはひどく戸惑った。横を向き、ぶつぶつとぼやく。


「タカヒロ。お前、(めし)はまだだろう? おごってやるから付き合えよ」

「ええ? 俺?」


 よほど、二人きりになるのが怖いらしい。

 ルツは、すこし微笑んだ。






Visuospatial Agnosia ;『視空間失認』――劣位半球頭頂葉の障害で起こることが多い。

 空間における物体の位置、奥行き、二個以上縦に並んだものの位置関係、および周辺視野におけるその物体の位置の認識の障害。

 例えば、眼で見えているのに、自分の部屋の見取り図が描けない。二つ以上並んで置いてある物の、どちらが手前にあるか言えない。――という症状。

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― 新着の感想 ―
[一言] これはタカヒロさん戸惑う! でも、見届けたい気もするに違いない( ´艸`)
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