Part.2 Awareness Confusion: What are you doing now ?(2)
3-2-(2)
皆川さんの話の後、しばらく、わたし達は黙っていた。《AONVARR》号の消えた経緯を聴いても、俄かには信じられない。
どれくらい、そうしていただろう。ルネが片手で口元を覆い、しわがれ声で訊ねた。
「余剰次元の隙間に、滑りこんだ?」
「そうだ」
皆川さんが肯く。
「次元――正確には、時空間の障壁をこえた移動だ、ルネ。そうとしか考えられない。《アンヴァル》号に問題はなかったんだ。エンジンも人工重力も、全て順調に稼動していた」
眉間に皺をよせるルネの代わりに、ミッキーが訊く。
「それが、どうして?」
今度は統制官が応えた。壮年の男性は、分厚い胸の前で腕をくみ、考え深げにわたし達を眺めた。
『あの状況とグレーヴスの言葉から、考えられることは一つだ。《VENA》の超感覚能力が、奴に流れ込んだのだろう』
「流れ込むって……」
わたしには想像もつかないことだけれど、超感覚能力保持者のルネにとっても不可解らしい。やや憤然と言い返した。
「ESPは個人の生体エネルギーだ。共鳴ならともかく、やり取りなんて出来ない――そんな話、聞いたことがないぞ。大体、そんなことをする意味があるのか? ライにとって。あのおっさんにとってもだ」
『ああ、ガディス中尉。君が知らないのも無理はない。それが出来るESPERは、今の銀河連合にはグレーヴスだけだからな』
統制官に宥められ、ルネはむっつりと黙り込んだ。皆川さんは項垂れている。ミッキーはきれいな眉を曇らせた。
統制官はミッキーに微笑みかけた。
『連合でただ一人、他人の生体エネルギーを吸収して操ることの出来る能力者だ、グレーヴスは。パラボラ・アンテナのようにESPを集め、増幅させ、形を変換させる。そういう特殊な能力を持つESPER達のことを、我われは《古老》と呼んでいる』
「《古老》?」
わたしとルネの声が重なったので、わたし達は顔を見合わせた。特殊な能力?
皆川さんとミッキーは黙っている。ルネが訊ねた。
「じゃあ、その――《古老》とかいうラグのおっさんは、ライのESPを吸収したわけか? 何の為に?」
統制官は、わざとらしいほど重々しく頷いて、長い脚を組みなおした。
『それが問題なのだ。奴がそんなことをする理由を、我われは思いあたらない。《VENA》が仕掛けるはずもないから、本当に予想外の出来事だったのだろう。……とすると、考えられることは一つ』
こう言うと、彼は自分の台詞の効果を確かめるように、ぐるっとわたし達を見渡した。皆川さんが溜め息をつく。
『――奴の能力を知る何者かが、グレーヴスに働きかけて能力を発動させた。《VENA》のエネルギーを吸収し、《VENA》にはそれを阻止できないように』
ルネがぎりっと奥歯を噛み鳴らした。
「何故?」
『おそらく、《VENA》の強大なESPを、自由に扱う為――』
ルネは、ますます混乱したらしい。狼を思わせる横顔が殺気立つ。わたしは、ミッキーが何故か悲しそうに眼を伏せたことに気付いた。
皆川さんは、すっかり肩を落としている。統制官はいちど深く息を吸い、低い声で囁いた。
『……君は知らないだろうが、ガディス中尉。《VENA》のESPは、今やAクラスのラウル星人ESPERを、はるかに上回っている。《古老》であるラグ・ド・グレーヴスより強大なのだ。その彼女の能力を外側から操ろうとするなら、グレーヴスというフィルターを通すしかない』
「何だと?」
『そのためには、グレーヴスより強い能力者でなければ拒否される』
問い返すルネの声には怒りが含まれていた。無論、理解しがたい統制官の話に対してではない。威嚇する彼に、アレックス統制官は平静に――しかし、決定的な一言をはなった。
『つまり、現在の《VENA》の敵は、それ程の相手ということだ、ガディス中尉』
「…………」
『それで、だ』
黙り込むルネからミッキーへと、統制官は向き直った。紫の瞳には、思いやるような眼差しが宿っている。
『ウィル……ウィリアム・フォン・ミュンクト。申し訳ないのだが、君に助けを乞いたい。グレーヴスと《VENA》の捜索に協力して欲しい』
え?
わたしとルネは、揃って彼を振り向いた。
ミッキーは伏せていた瞼を上げ、統制官を見た。
「……それが、おれの名前なんですか?」
ミッキーは、わたしとルネに困った苦笑を向け、黒髪を掻きあげた。瞳は普段の黒に戻っている。
「統制官、おれはラグに記憶を封じられています。能力の使い方なんて、全然判らないんですよ」
『承知している』
ミッキーが……《古老》?
突然の話に驚くわたしとルネは放っておいて、統制官は労わりのこもった口調で言った。皆川さんは辛そうに顔を背けている。
『アンドウ予備役中尉。君がそうであることは、グレーヴスから聴いている。寝耳に水だろうな、君にとっては……。《古老》は本来、四人いたのだ』
「…………」
『我われと同様、統制官となるべき存在だった。――Regulatorは、連合に加盟する代表的な知的生命体の遺伝子を複数もつ高ハイブリッドだ。複数の星系に自己認識を持てるようにな。地球人でありラウル星人であると同時に、クスピア星人でありスタルゴ星人でもある。混血が産まれる過程で、稀に、高い能力をもつESPERが現れる。――君達は、他者の生体エネルギーを吸収し、増幅させられるESPERだ。しかも、無意識に共鳴している。君が《古老》の記憶を封じられていても、君の能力はグレーヴスを捜せるはずだ』
「しかし、ですね」
「お前しかいないんだよ、ミッキー」
反論しかけるミッキーに、皆川さんが声をかけた。彼は済まなそうにわたしを見てから、ミッキーに頭を下げた。
ミッキーは息を呑んだ。
「鷹弘」
「ミッキー。あいつと共鳴している《古老》は――ラグの仲間は、お前しか残っていないんだ。あとの二人は消えてしまった。頼む、協力してくれ」
「…………」
「お前が――《ウィル》が二度と能力を使わないつもりで記憶を封じたことは、聞いている。俺達がお前にこんなことを頼んだと知れば、きっと、あいつは怒るだろう……。しかし、俺には――俺達には、あいつが必要なんだよ」
親友にこんな風に頼まれては、ミッキーは困惑するしかなかった。ぽりぽりと頬を掻き、小声でぼやいた。
「そんな風に言われると、誤解されそうだな……」
「一つ、訊いていいか?」
ルネが、煙草でかすれた声をアレックス統制官にかけた。
『何だ?』
「誰がこんなことを仕掛けたか、判っているのか?」
獲物を追う狼を思わせる彼の顔を、わたし達は顧みた。ルネは叩きつけるように続けた。
「Regulator、あんたは先刻『敵』と言ったな? ライとおっさんを連れて行った奴を。あんたは知っているのか? ドウエル教授の仲間か?」
『いや。博士達は、現在、我われが監視している』
「…………」
『我われも馬鹿ではないからな。《SHIO》の一件以来、クラーク・ドウエルとグリフィス・ターナー達の動向は把握している。連中に、こんなことを起こす力はない。あっても、グレーヴスの能力を知る彼らが仕掛けるはずはない。我われが想定していなかった事態だ』
「そうか。だが、他にもっとありそうだな……」
ルネは低く唸った。統制官は愉しそうに微笑んだ。
『残念ながら、私には、これ以上説明できないのだよ、ガディス中尉。より詳しい事情を知りたいなら、グレーヴスに直接訊く方がいい』
「ああ。そうさせてもらう」
ルネは白い牙をむきだした。それからわたし達は、一斉にミッキーを顧みた。
ミッキーは考え込んでいた。眉をくもらせ、黒い眸を伏せて自分の膝を見下ろしている。その上にのせた両手を。わたしの、ルネの、皆川さんの――統制官の視線に彼は気づいているようだったけれど、皓い顔からはどんな感情もよみとれなかった。
わたし達は、彼の答えを待った。
「……条件を言ってもいいですか?」
ミッキーは瞑目した後、静かにこう言った。額にかかる黒髪を掻きあげ、わたしをちらりと見遣った瞳には、諦めがうかがえた。
統制官は鷹揚に頷いた。
『何だね?』
「リサを、おれと一緒に参加させて下さい」
わたしは息を呑んだ。
統制官は平然と応えた。
『倫道教授の娘さんだね。どうぞ』
皆川さんがぱちくりと瞬きをし、ルネはギョッとして眼を瞠った。
一番驚いたのはわたし自身だったのだけれど、ミッキーは肩をすくめてこう言った。
「どうせ、きみは一緒に来ると言い出すだろう? リサ。《VENA》 のことで、きみを部外者あつかいしようとは思わないよ」
「ミッキー」
茫然と呟くわたしから、ミッキーはさりげなく視線を外した。統制官に向けた表情に、もはや迷いや躊躇いは感じられなかった。
「具体的には、どうしたらいいんですか? 統制官。先ほど申し上げたとおり、おれは《ウィル》だった自分を憶えていません。あなたも鷹弘も、おれとラグが共鳴していると言いますが、その能力の使い方を、おれは知りません……。まさか、これから訓練をやりなおす、というわけではないでしょう?」
『無論、そんなことをしている時間はない。本当に由々しき事態でね、アンドウ君。《古老》の能力は特殊で、私もミナガワ大佐も、どう扱ってよいか分からないのだよ』
飄々と言ってのけた統制官に、ミッキーは困惑して眉根を寄せた。ルネがぐうっと唸る。
皆川さんは神妙な表情をしていたけれど、統制官の口調は本気か冗談か良く判らなかった。
『だから、これは提案なのだがね――どうだろう? ガディス中尉と君は、大変仲が良さそうだ。Aクラスのラウル星人ESPERなら、潜在能力の高いESPERと共鳴して、能力を引き出せるんじゃないかね?』
「…………」
「…………」
ルネとミッキーはお互いを見たけれど、その表情は、二人とも甚だ疑わしそうだった。
皆川さんが、すがるような視線を二人にあてる。
統制官は、くっくと喉の奥で声を転がして笑った。
『どうした? 自信がないのかね』
ミッキーは首を傾げ、ルネは忌々しげに舌打ちした。
「……自慢じゃないが、オレは、他のESPERとシンクロするのが特に苦手なんだ。それでいつも、オペレーターに怒鳴られる」
『それくらいが、かえって良いかもしれないぞ』
ふふっと、統制官は哂った。やっぱり面白がっているようにしか観えない。
『私が知る 《ウィル》 の能力は、《古老》の中で最強だ。百人を超えるAクラスESPER達のエネルギーを吸収して、びくともしなかったのだからな。故に、《ペンドラゴン》 と称えられた。当代の 《クイン》――ラグより、強いはずだ』
「とにかく、それしか方法がないんだろ?」
ルネは面倒そうに統制官の台詞を遮った。ミッキーと皆川さんが不安そうに彼を見たけれど、生粋のラウル星人は猟犬のごとく吼えた。
「やるよ、やってやる。だが、オレとミッキーがシンクロしても、時空の壁を超えられるかどうか判らないぜ。駄目だった時の次の策は、考えてあるんだろーな?」
『心配するな』
それは、わたしも心配だったのだけれど、意外にも、統制官は自信たっぷりに頷いた。
『その為に能力者たちを集めてきたのだからな。そうだろう? ミナガワ大佐』




