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REINCARNATION  作者: 石燈 梓(Azurite)
第二部 スフィンクス
69/106

ENDING: Sunday Morning Jesters(3)


         2-7-(3)


「後味の悪い事件だったわね……」


 わたしがこう言うと、ミッキーは、風圧推進自動車(エア・カー)のハンドルを握りながら薄く苦笑した。

 ラグの 《VOYAGER(ボイジャー)-E・L・U・O・Y》 で月へ送ってもらったわたし達は、銀河連合のスペース・センターから『月うさぎ』へ帰る途中だった。ちなみに、ラグに壊されたミッキーの車は修理中なので、これはホテルの車。


「後味も何も。よく生きて帰って来られたと思うよ、おれは。きみも、フィーンも」

「うん、そうよね」


 前回も運が良かったけれど、今回は、さらにそう思った。きっと、三度目はないだろう。もう一度同じ事をやれと言われても、やりたくない。

 わたしがそう言うと、ミッキーはくすくす笑った。


「きみにしては、珍しく殊勝になっているじゃないか」

「ひっど~い」


 わたしは頬をぷくっとふくらませた。爽やかに笑う彼の横顔に向かって。


「酷いわ。元はと言えば、ミッキーがドウエル教授に捕まったからでしょ。心配したんだからね」

「ああ、ごめんよ。危険なことはするなと言った、おれがあのザマでは、仕様がないな」

「……判ってくれれば、いいのよ」


 ミッキーが素直に肯定したものだから、わたしは拍子抜けして口ごもった。心持ち頬が火照ってくる。

 ミッキーはわたしを横目に見て微笑んだ。


「《MAO(マオ)》 のことが気になる?」

「うん……」


 わたしは項垂れた。

 真織君は、わたしをかばって撃たれてしまった。今、どうしているのだろう。あの不自由な身体で……。考えると、胸が痛んだ。

 ミッキーは、車の前方へ向き直った。


「報酬のことを聴けば、多分、気持ちが変わるよ」

「報酬?」


 ちょっと嫌な言い方だと思った。彼には珍しい。横顔は自嘲しているみたいだった。

 わたしは溜め息を呑んでナヴィゲーター・シートに座りなおした。きっと、わたしも苦笑しているのだろう。落ち込んでいても仕方がない。


「何のこと?」

「ラグがおれ達にくれた報酬だよ。今回の事件の。帰ったら、銀行口座を確かめてみるといい」


 彼は、ぽかんと口を開けているわたしを顧みた。

 って、だって――。


「わたし、貰えないわ」

「おれもそう言ったよ。今回は、随分ラグに助けて貰ったからね。だけど、案外あいつは几帳面なんだな。それじゃあ『筋が通らない』そうだ」

「…………」

「あいつのきみへの報酬は……いいかい? 宇宙飛行士(アストロノウツ)訓練校の向こう四年分の学費だ。フィーンにも。これでフィーンは寄宿舎生活から解放されるわけだ」

「学費って」


 わたしは思わず腰を浮かしかけ、車の中であることを思い出した。

 待って、そんな。四年分の学費なんて――


「とんでもないわ。一千万クレジットよ?」

「『そう思うのなら、しっかり勉強して、奨学金でも取って返してくれ』 だとさ」

「…………」

「いいんだよ、きみは。貰ってやれよ。あいつが、そうしたいんだから」


 奨学金。確かに、パパの貯金があっても、勉強を続けていくにはそれを貰わないとやっていけないだろうと考えていた。ミッキーには負担をかけたくない。でも……。

 彼の声は、幾分投げやりな調子を帯びた。再び前方へ視線を戻しながら、


「銀河連合宇宙軍の実戦英雄勲章が、幾らか知っているかい?」

「勲章?」

「そう。一個当たり一千万クレジットの値がつくんだ。それに同額の賞金が付くから、一回の受勲で二千万クレジットになる。ラグは、この六年間で合計六個の勲章を貰っている。銀河連合軍の記録保持者だ」

「…………」

「だけど、おれが言いたいのは、そんなことじゃない。あいつが金持ちだという話じゃないんだ。……ラグは、貰った勲章を全部売って現金に換えた。そいつを、作戦や戦闘で死んだ仲間の遺族を支える基金に、全額寄付している。賞金も。びた一文、あいつの手元には残っていないんだ」

「…………」

「きみとおれへの報酬や 《ボイジャー号》 の維持費は、あいつの給料から支払われている。ラグには家族がいない……養う相手がいるわけじゃないから、きみに受け取って欲しいと言っていた。そういう奴なんだよ」


 駄目だ。もう……。


 わたしは泣けてきてしまった。両手で口元をおおうわたしを見て、ミッキーは眼を細めた。


「……いい人ね」


 わたしは、滲んだ涙を手で拭った。


「無茶苦茶いい(ひと)なんだわ、ラグって」

「あいつに向かって、そんなことを言うなよ」


 苦虫を噛み潰すミッキーの口調は、なんだか複雑だった。


「おれも鷹弘に聞くまで知らなかった。解ると思うけど……あいつは、そういうことを偽善だと思っている。他人(ひと)に言うことじゃないと。おれや鷹弘が教えたと、あいつには言わないでくれ」

「うん。でも、どうしよう」


 わたしは熱い息を吐き、胸に両手を当てた。眼を閉じて動悸を抑えようと努力する。


「どうしよう。わたし、好きになってしまいそうよ」

「えっ!?」


 わたしの台詞を聞いた途端、ミッキーの手がぶれ、ハンドルが揺れた。リニア・モードに切りかわっていない車は、ハイウェイの上でふらついた。慌てて進路を戻してから、ぎょっとしたようにわたしを見る。ミッキーの眼は、これ以上はないほど大きく見開かれた。滑らかなテノールが掠れる。


「待ってくれ、リサ。どうして、そういうことになるんだ?」

「だって。ラグって、ただでさえカッコイイのに。そんなこと聴いちゃったら、わたし、どうしたらいいの? 惚れちゃうわよ、もう。女の子なら絶対恋してしまうわ。ひどい」


 わたしの言葉は比喩に過ぎなかったのだけれど、ミッキーはかなり驚いていた。黒い瞳に映るわたしの顔が、不意に、情けなさそうに歪む。

 そして、


「……駄目だ」

「えっ?」


 今度は、わたしの方が驚いた。ミッキーは綺麗な顔をしかめ、強い口調でこう言った。


「駄目だ、リサ。そんなことは絶対に」

「え……ち、ちょっと、ミッキー?」

「ラグにだなんて、冗談じゃない。駄目、絶対。おれが禁じる」


 ぶんぶんぶん。首を横に振って力説する。わたしは呆気にとられた。こんなミッキーを初めて見る。


「待ってよ、ミッキー。貴方、何か誤解しているわ」

「誤解だって?」

「そうよ。ラグ・ド・グレーヴスがどういう(ひと)かくらい、わたしにだって判るわ」


 ラグはAクラスの戦士(トループス)だ。ミッキーとは違う。家族はいないし、作るつもりもないだろう。彼の心にいるのがどんな(ひと)かは知らないけれど、誰も、《VENA》 さえそれにはなり得ない。


「そういうことを言っているんじゃないんだ」


 お願いだから、ミッキー。前を見て運転して欲しい。


「それ以前の問題だ、リサ。自分が何を言っているか判っているのか?」

「判っているわよ。何よ、判っていないのは、貴方のほうじゃない」

「おれが?」

「そうよ。ちゃんとわたしの話を聴いてくれていれば、判るはずだわ。わたしが、ミッキー以外の人と結婚するはずがないでしょう?」

「…………」


 あ。

 しまった。


 ミッキーは、わたしを見詰めたまま、口をほかっと開けて絶句した。

 わたしの顔に、ぼんっ(・・・)と火が点いた。

 どうしよう。ええ? 嫌だ、恥ずかしい。口が滑ったとはいえ、何てことを宣言してしまったのだろう。しかし、今更、取り消せない。

 わたしは両手で頬を覆い、彼から顔を背けた。嫌だ……胸の中で心臓が跳ね、とび出しそうになっている。鼓動が耳に響いて考えがまとまらない。でも、不思議と怖くはなかった。


 指の間からちらりと見ると、ミッキーもわたしを見られなくなって、車の前方を向いていた。横顔に驚きと困惑と照れが貼りついている。白い頬が耳たぶまで朱に染まっている。――彼を怖いとは、わたしは思わなかった。

 わたしはミッキーが好き。それは、よく解った。彼がいてくれる、それだけで、わたしは強くなれる。安心できる。

 わたしの気持ちは、間違えようのないものだった。

 そして、ミッキーも……。


「……ま、その――」


 やがて、彼は軽く咳払いして囁いた。掠れた声を、唾を飲んで修正する。


「きみが、無事で、良かったよ」

「うん。ごめんなさい、心配かけて。……ありがとう、救けに来てくれて」

「いや。別に……お礼を言われるようなことじゃないから」


 彼はわたしを見て、ぎこちなく微笑んだ。まだかなり照れ臭そうではあったけれど、眼差しは凄く優しかった。車の進路を確認してから、片方の腕をハンドルからわたしの肩へと伸ばした。


「……真織君のこと」


 唇が離れると、わたしは彼の肩に頭を預け、そっと囁いた。ミッキーは進行方向へ向き直る。


「あれで本当に良かったのだと思う? 《SHIO(シオ)》 とレナさんも」

「さあね」


 ミッキーは、わたしの髪を撫でた。見上げるわたしに微笑み返す。


「おれには判らないよ……。《SHIO》は、きっと自由になりたかったんだろう。《MAO》と、レナも。一生を閉じ込められて生きていたいとは、誰も思わないだろう? そして、きみとラグはそれを叶えたんだ」

「うん」


 ミッキーは窓の外のイルミネーションに顔を向けた。漆黒の瞳に銀河が映っている。その様子を、わたしは溜め息を呑んで眺めた。


「一つ、言えることがある。ラグにこの仕事を依頼されなければ、おれは気づけなかったことが沢山あった。とても大切なことを、見失ったまま過ごすところだった」


 わたしは頷き、もう一度、彼の肩にもたれかかった。


「また、やる?」

「当分、遠慮したいね」


 ミッキーは肩をすくめ、ちろりとわたしを見下ろした。


「きみの夏休みまでは、ゆっくりしたいよ。大人しくしていてくれよ?」

「判ったわ」


 わたしはくすくす笑って頷いた。それから、ちょっと考えて付け加えた。


「夏休みになったら?」

「そうだね」


 ミッキーの頬に楽し気な微笑が浮かんだ。わたしの瞳を覗きこみ、悪戯っぽく囁いた。


「提案があるんだ。聞いてくれるかい?」

「なあに?」

「まず、旅行しよう。行き先は、これから決めるとして……いい?」

「いいわよ。それで?」

「で。おれ達の宇宙船(ふね)のパイロットを、ラグにやらせたい」


 わたしは唖然とした。本当に、懲りていないと言うか、何と言うか……。


「ミッキーって、意外と根に持つのね」

「執念と言ってくれ」


 彼は片目を閉じ、明るく笑った。

 そして、車は、『月うさぎ』を目差す――。





『REINCARNATION』 第二部:スフィンクス ~FIN~

 

 ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。

 最終部へ続きます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 第二部「スフィンクス」エンディングまで読ませていただきました。 このお話、大好きだった1970-80年代のSF少女漫画を彷彿とさせて、わくわくします。 萩尾望都や竹宮恵子、そして佐々木淳子。…
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