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REINCARNATION  作者: 石燈 梓(Azurite)
第二部 スフィンクス
68/106

ENDING: Sunday Morning Jesters(2)


         2-7-(2)


「あー。ひどいわ、ラグ。ここ、禁煙よ?」

「判っている。吸っているわけじゃない……」


 わたしと一緒に彼らの所へ上がってきた 《VENA》 は、唇を尖らせた。

 彼女は先にミッキーを抱きしめて挨拶をし、それからラグを抱きしめた。長身の彼の唇から、火の点いていない煙草を取り上げようとする。

 ラグが顔をそむけて抵抗する。低い声が、苦々しく囁いた。


「よせって。Lady(レイディ).」

「やん、駄目よ。咥えていたら、吸いたくなるでしょ。赤ちゃんのおしゃぶりみたいに、咥えていたら安心なの?」

「赤ん坊……」


 ラグが呆然とする。ミッキーがくすくす笑い出した。

 《VENA》 は彼から煙草を取り上げることに成功し、得意そうに微笑んだ。まるで、仲の良い恋人同士がじゃれあっているみたいだ。

 本当に――ルネには悪いけれど。こうして観ると、二人は似合いのカップルだった。ラグと 《VENA》――ライム、は。二人とも長身だし、美男美女だし。何より、彼女を見る時のラグの眼が、凄く優しくて素敵なのだ。

 しかし、そういう意味ではなかったらしい。

 ラグは人の悪い嗤いを浮かべると、反撃を開始した。


「……俺の足下でオムツを濡らして泣きべそをかいていた小娘(コムスメ)が、そういうことを言う」

「やんっ! やだ、ラグったら。そんなこと憶えてるの?」

「ほんの五、六年前の話だろうが。パイロットの小僧もだ。図体がでかくなったくらいで、ごまかせると思うのか?」

「だからって、リサの前で言わなくってもいいじゃない! やだ、もう。恥ずかしい」


 そうか……。ラウル星人はわたし達の二倍の速度で成長するから、ラグは彼女の赤ちゃん時代を知っているのね。そうすると、これは成長した娘を見守る父親の心境なのだろうか。

 ミッキーが片手で脇腹を押さえ、声をあげて笑い出した。ラグも、低い声を喉の奥で転がす。

 つられて笑いながら、わたしは 《VENA》 に見蕩れていた。照れている彼女の頬はほんのり上気して、蒼い瞳がキラキラとして美しかった。溜め息がでる。今、ルネがここにいて彼女を見たら、何て言うだろう?


「鷹弘ちゃんは、今日は来ていないの? ラグ」


 気を取り直して、《VENA》 が訊ねた。まだ頬は紅く、瞳は輝いている。

 ラグは唇を歪めた。


宇宙港(ポート)にいる。《VOYAGER(ボイジャー)》 のエンジンをパワーアップさせると言って、張り切っている」

「またあ? ほんとに宇宙船(ふね)が恋人なのね」

「取りつけたばかりの新型のクオーク・エンジンに、惚れこんだんだ」


 ミッキーも皆川さんのことは良く知っている。ラグは彼に苦笑を向け、新しい煙草を取り出した。


「タカヒロに言わせると、俺は、超高級な食材をぶつ切りで鍋に放りこんで駄目にしちまう料理人と同じらしい。俺が手を出すとかえって不機嫌になるから、細かいことは任せてある」

「……気持ちは判るな」


 今度は、ライムはラグの煙草を取り上げなかった。彼は咥えているだけなので――そうしていると落ち着くのだろうか?

 ミッキーが判ると言ったのはラグの気持ちではなく、彼に超高級な食材を駄目にされてしまう料理人・皆川さんの方だろう。

 ラグは、わたし達に横顔を向けた。


「恋人も何も、あれは俺の(ふね)だぞ。俺に言わせれば、さんざ金をかけた高価な女を友人に横取りされた気分だ。手垢のついた他人の女を抱いて、何が楽しい」

「手垢……」

「やあねえ、ラグったら」


 ミッキーが絶句する。ライムはわたしの表情を見て、ラグの脇腹を小突いた。


「もうちょっと、まともな(たと)え方はないの? リサが困っているじゃない」

「他にどんな比喩があるって言うんだ。そんなに好きなら、自分の船を買えばいいんだ。いい加減、俺にくっつくのを止めて、自分の船か女に貢げばいい。それくらいの稼ぎはあるんだから……。それなのに、たまに会うと、俺の 《ボイジャー》 の扱いが悪いと文句を言う」

「それだけ 《ボイジャー号》 が凄い船なんだろう?」


 ラグがこんな風に人の話をすること自体、珍しい。ミッキーが興味深そうに言った。


「鷹弘は凝り性だからな。自分の船となると欲が出て、簡単には満足できないんじゃないか。それだけ、お前の船に惚れ込んでいるんだろう」

「そうよ。そんな風に言うのなら、ラグが買ってあげればいいのに」


 ライムの台詞に、ラグはいっそう渋い顔になった。


「なんで、俺が」

「だって。鷹弘ちゃんの恋人が 《ボイジャー号》 なら、ラグの恋人は鷹弘ちゃんでしょう? 先刻から、ヤキモチを焼いているようにしか聞こえないわよ。別の船をプレゼントしないのは、鷹弘ちゃんを別の(ひと)に捕られるみたいで嫌なんでしょう?」

「…………」


 ラグのこんな表情を、初めて見た。普段ほそい眼を見開き、ライムを凝視する。何か言い返したいのだけれど言葉が見つからないらしく、金魚さながら口をぱくぱくさせた。

 ミッキーが笑い出した。最初は肩だけで、それから声をあげて。こちらに背を向け、手すりにしがみつき、ひいひいと喘ぐ。ライムも、楽し気に口をおおう。

 ラグは二人の笑いの発作が収まるのを待ち、苦渋を二リットルくらい飲み干したような顔で言い返そうとした。


「Lady.あんたなあ――」

「さて。時間だわ、ラグ。今度は、(いと)しの鷹弘ちゃんも連れて来てね」


 ライムは聴く気がない。あでやかに微笑した。

 ラグの顔が平静に戻った。


「レナか?」

「そう。これから、彼女の面接よ。居心地よくなってもらえるように、部屋の掃除をしておかなくっちゃ」

「話は、もういいのか?」


 ラグがわたしに問う。ミッキーも笑いを収めた。

 ライムはわたしと顔を見合わせ、にっこりと微笑んだ。


「あら。また逢えるんでしょ? あたし達。これからは、いつだって。ねえ? ラグ。駄目なんて言わないわよね」

「そうだな……」


 火の点いていない煙草を咥え、ラグは頷いた。


「俺とタカヒロは、しばらく月にいる。《VENA》に会いたくなったら、どちらかに声を掛けろ。連れて来てやろう」

「ありがとう。そうさせて貰うわ」

「あたしの方が逢いに行ってもいいんだけど、ね」

「え?」


 ライムは指先を唇に押し当て、悪戯っぽく片目を閉じた。わたし、ちょっとどきっとする。


「……Lady.」


 言いかけるラグに笑みを返し、彼女は長い髪を掻き上げた。


「また来てね、リサ。ミッキーも。今度は、ゆっくりお食事しましょ」

「ええ」

「食事って……あんたが作るのか? Lady.」

「あら、最近お勉強しているのよ、あたし。ラグも食べに来てね」

「いい、遠慮する。自分で作った方が、マシだ」


 ラグの皮肉に、しかし、彼女は微笑んだだけだった。わたしとミッキーにひらひらと手を振ると、くるりと踵を返して歩き始めた。蒼い髪がヴェールのごとく彼女に従う。階段を下り、森の中へ入って行った。

 わたし達三人は、黙って彼女の後ろ姿を見送った。



 いつの間にか、ミッキーがわたしの隣に立っていた。彼はいつもそうだ。そっとわたしを支えてくれる。

 ラグが話し掛けてきた。


「これで満足か? お姫様は」

「ええ」


 ラグは手すりに寄りかかり、両手をジーンズのポケットに突っ込んでこちらを見た。その視線を受けて、わたしは眼を伏せた。


 ――満足? 確かに、いろいろなことが判った。《VENA》 に逢えたし、パパを殺した犯人は捕まった。《VENA》 がどういう生物かも判った。その後ろに、ドウエル教授とターナーが……真織(まお)君や、《SHIO(シオ)》 がいることも。

 しかし、判ったことと同じくらい、判らないことも増えたように思う。パパが何故、殺されてしまったのか。真織君は、どうなったのか。《SHIO》 は……。ラグや皆川さんが、どうして彼等に関わっているのか。これから 《VENA》 はどうなるのか。わたし達は――。

 だけど、ラグは答えてはくれないだろう。


 判っているつもりだった。彼がわたしを 《VENA》 に逢わせてくれたのは、手を退けということなのだ。これ以上パパの死んだ理由や 《VENA》 の秘密に関わることは、禁忌だから。

 でも……。


 眼を閉じて、わたしは考えた。こうすると、ドーム内の小鳥の声が聞えてくる。木々の梢を揺らす風の音が、美しい生命の奏でる音が。木漏れ日の記憶とともに。


『科学者の禁忌を犯した。人間として、してはならないことを』


 ドウエル教授の声が耳に残っていた。ターナーの声が繰り返す。


『《VENA》 は決して外に出してはならなかった』

『ラグ・ド・グレーヴスは、《VENA》 を手に入れるために創られた、銀河連合のモンスターだ』


 わたしは溜め息を呑んで眼を開けた。ミッキーを見て、ラグを見て、囁く。


「ねえ、ラグ」

「何だ」

「貴方は人間よね?」

「……はあ?」


 考えてみれば(考えてみなくてもだ)、いくら何でもこの質問は唐突だった。思いきり怪訝な顔をされてしまった。ミッキーも、きょとんと瞬きをくりかえしている。

 ラグは、片方の眉を跳ね上げた。


一応(・・)そのつもりだが(・・・・・・・)。どうした?」

「教えて欲しいの。人間として――殺されなければならない程、してはいけないことって。何だと思う?」

「リサ……」


 ミッキーが、やや驚いて囁いた。それは、そうだろう。わたしは彼に、ぎこちなく微笑んだ。

 ラグは無表情に私たちを見詰めた。唇に咥えた煙草が、かすかに揺れる。


「……ドウエルか?」

「…………」

「ターナーが、そんな風に言ったのか。倫道教授が殺された理由を?」


 わたしが頷くと、ラグは溜め息をついた。わたし達に横顔を向け、頭を掻く。

 彼が答えてくれるとは、わたしは思っていなかった。わたしは、多分、傷ついていたのだと思う。

 傷ついていた……《VENA》 が素晴らしいと思うほど、彼女を愛したパパの気持ちが解るほど、それは鋭い痛みとなって、わたしの胸を刺していた。指に刺さった棘のごとく、忘れられない痛みとなって繰り返したことだろう。

 誰かに、それを止めてもらいたかったのだ。ラグに……。


 ミッキーが、わたしの背中を支えてくれる。その掌の温かさに感謝しながら、わたしは待った。

 長い沈黙の後、ようやくラグは口を開いた。こちらに横顔を向けたまま、くぐもった声で切り出した。


「俺達は、五年前、タイタン・コロニーの爆発事故から市民を救ったことがある」


 何を言い始めたのだろう。少し怪訝に思ったけれど、わたし達は黙っていた。


「当時、あのコロニーには一万八千人の市民がいた。太陽系連邦の要請を受けた俺達は、何が何でも一般人を救出しなければならなかった」

「…………」

「この 《レッド・ムーン》 と同規模の宇宙コロニーの爆発だ。作戦には、俺を含め三十人の戦士(トループス)が参加した。銀河連合に三百人しかいない、貴重なAクラス・トループスの内の三十人だ」

「…………」

「あんたは結果を知っているだろう。幸い市民の犠牲者が出なかったので、俺は、それ以来『英雄』と呼ばれている。――だが、あの作戦から生きて戻った仲間は、六人しかいない」


 わたしは呼吸を止めた。

 ラグはわたし達を見ず、どこか遠くを見据えていた。ぎりっと歯軋りをする。

 ミッキーが、わたしの肩に手を置いた。


「……俺達は職業軍人だ。良くも悪くも、戦争を飯のネタにしている集団だ。一般市民を犠牲にすることは許されない。作戦の為に、俺は二十四人を見捨てたが、軍もマスコミも承知している――犠牲を出したことは伏せて『英雄』を作ることで、市民の眼はそこから逸らされる。誰かがあいつは仲間を見殺しにしたと言ったところで、誰も聴く者はいないだろう」


『俺は憶えている……』 そう囁く彼の声が、聞えたような気がした。決して声に出すことはなかったけれど。

 淡々と、ラグは続けた。


「俺達は任務を果たしただけだ。危険だろうと何だろうと、それで金を貰っているんだ。給料分の仕事はする……。それは褒められることでも、まして英雄視されることでもない。だが、犠牲になった仲間の家族にとって――俺は、人でなし(・・・・)だ」

「…………」

「仲間を守るという、当然のことをしなかった。人として当然のことを。それを詫びもせず、おめおめと生きている『英雄』だ。――それでも。もう一度同じ場面に出会えば、俺達は同じ事をしただろう」


 彼は、わたし達を見て、肩をすくめた。


「答えにはならないかもしれないな。俺と倫道(りんどう)教授のしようとしたことは、違い過ぎる……。だが、誰かが教授を 『人間として、してはならないことをした』 と言うなら、俺は教授を『英雄だった』と言ってやろう。――倫道教授には、殺されると判っていても、せずにいられないことがあった。俺達にとっては、英雄だ」


 何と言えばいいか、判らなかった。


 それきり横を向いてしまうラグに、わたしは何と言葉を掛ければいいか判らなかった。無論、彼はどんな言葉も必要としていないと承知していたのだけれど。

 わたしは、知らずに詰めていた息を、そっと吐いた。傍らのミッキーを見上げる。彼は澄んだ黒い瞳で、わたしを見返した。


「ありがとう」


 わたしは囁いた。『タイタンの英雄』と呼ばれる度に、ラグはどんな気持ちでいたのだろう……。

 ラグは黙って肩をすくめた。火の点いていない煙草を咥えた唇が動き、舌打ちしたようにも見えた。

 ミッキーは、わたしの肩に手を載せ、微笑んだ。ラグに話し掛ける。


「ラグ。おれも、一つ訊いていいか?」


 ラグは面倒そうに眉根を寄せた。ミッキーは苦笑して訊ねた。


「ドウエル教授は、どうして 《MAO》 を撃ったんだと思う?」

「…………」

「ターナー博士もドウエル教授も、リサとフィーンは傷つけなかったのに、《MAO》 は躊躇いなく撃ったんだ。何故だと思う?」


 話が変わったので、ラグは安堵したらしい。わたしも顔を上げた。それは確かに、不思議だった。

 ドウエル教授は、レイ・ガンを隠し持っていた。撃とうと思えばいつでもわたし達を撃てたのに、それはせず、真織君を撃ったのは意外だった。

 もっとも、わたしは知らなかった。今はすっかり傷の治っているミッキーが、あの夜、ターナー博士とドウエル教授の二人から撃たれていたことを。――彼は、わたし達と自分の違いを知りたかったのかもしれない。


 ラグは腕を組み、わずかに眼を(すが)めた。


「さあな。小さくても、真織はAクラスの超感覚能力保持者(E S P E R)だ。身を守ろうとしたのか……実験動物だったからかもしれない」

「実験動物?」

「あのおっさんは、そういう考え方をする」


 ラグは、うっそりと苦笑した。『そういう考え』の解る自分を嘲っているようでもあった。


「リサとフィーンは人間だ。博士も。だが、史織と真織とレナは、実験動物だ。本来、研究が終われば安楽死させられる。――そいつが人間に危害を加えるのなら、創った者の責任で始末しようと考えても不思議じゃない」

「責任。そうか……」

「そう言う意味では、俺や倫道教授とは、逆の発想だ」


 そう呟くと、ラグはドームの天井を仰いだ。手すりにもたれ、メタセコイアの梢を見上げる。

 白い小鳥が、わたし達の頭上を飛んで行った。






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