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REINCARNATION  作者: 石燈 梓(Azurite)
第二部 スフィンクス
56/106

Part.4 Wednesday Evening Wanderers(5)


         2-4-(5)


「ラグ! お帰りなさい!」


 《VENA(ヴェナ)》 は、歓声をあげてラグに跳びついた。

 一瞬はやく煙草を避けたラグだったが、ソファーの上で胡座を組んでいたため、バランスを崩して押し倒された。彼女は彼の首に抱きついて、キスの雨を降らせる。閉口して、ラグは彼女を抱き起こした。


「おい。抱きつく相手が違うだろう、ライ」

「だって。鷹弘ちゃんには逢えたけれど、ラグとは久しぶりなんだもの」

「そうじゃない。パイロットの坊やが泣くぜ、Lady(レイディ)

「あら」


 最後に触れるようなキスを交して立ち上がると、《VENA》 は長い髪を掻きあげた。蒼い瞳に、悪戯っぽい光がきらめく。


「ルネに会ったの? ラグ」

「ああ。なかなか、きかん気の坊やだな」

「ラグの方が軍での立場は上なんだから、いじめちゃ嫌よん」


 《VENA》 はすんなりとした白い指を唇の前に立て、ちっちっち、とそれを振り、片目を閉じた。ラグの苦笑が強くなる。彼女は唄うように付け加えた。


「それに、大丈夫。ルネは特別だから。ラグとも鷹弘ちゃんとも違う、特別なんだから」

「そうだろうな……」


 《VENA》 は軽々と身を翻し、今度は鷹弘に抱きついた。慣れないことに目を白黒させる鷹弘を、ラグは薄笑いを浮かべ、煙草を咥え直しながら眺めていた。


「それにしても、よく跳べたなあ、ライム」


 ようやくキスの雨が止んだところで、鷹弘はしみじみと言った。相棒を見遣り、お互いに同じ事を考えていると知る。彼女の超感覚能力(E S P)が、どんどん強くなっている。おそらくもう、あのラウル星人のパイロットをも、しのいでしまっているだろう。

 男達の心情は複雑だったが、当人はいたって暢気だった。


「うん。やってみたら、出来ちゃった」

「『出来ちゃった』って、あのな」

「今まで 《RED(レッド・) MOON(ムーン)》 の周回軌道より外には出たことなかったのよ、あたし。問題は、ちゃんと帰れるかどうか、よね」


「……周回軌道より。と、言うことは」

 ラグが、皮肉をこめて囁いた。

「そこまでは出かけていたんだな? Lady」

「あ」


 墓穴を掘ったことに気づいて、《VENA》 は両手で口を覆った。それから、ラグに手を合わせる。


「お願い、ラグ。Center(センター)にはナイショにしておいて。ね」

「ナイショもなにも……」


 ラグは、くっくっ笑って肩をすくめた。


「あんたの現在の保護責任者は、俺だ。そんなことがばれたら、俺の給料がなくなるだろうが」

「そうか……そうよね」

「一度跳べた距離なら、帰るのは簡単だろう。駄目なら、俺が送ってやるよ」

「ありがとう、ラグ。……ね。ときどき遊びにきちゃ、駄目?」


 彼女の台詞を、ラグは片手を挙げて遮った。鷹弘も視線を上げる。

 リビング・ルームに、ヴィジュアル・ホーン(TV電話)の呼び出し音が響いていた。男達の頬から微笑の影が消え、《VENA》 は息を呑んだ。


「Lady、あんたは隠れていろ。タカヒロ、お出ましのようだな」

「ライム、こっちだ」


 鷹弘は 《VENA》 を促し、リビング・ルームを横切ってカウンターの後ろへ移動した。

 二人が受像圏から出るのを確認して、ラグは立ち上がった。煙草を右手に取り、ゆっくりモニターに歩み寄る。コンソールの前に立ったものの、すぐには応答せず、少し考えた。

 ラグは、煙草を挟んだ指で、おもむろに応答のキーを押した。


「はい。こちら、《VOYAGER(ボイジャー)》――」

『ラグ・ド・グレーヴス。』


 彼の背を、《VENA》と鷹弘は、息を殺して見詰めていた。

 モニターに現れた人物を、ラグはすぐには見なかった。予期していたごとく瞼を伏せ、わずかに肩をすくめてから、改めて平板な視線を当てた。


『グレーヴス。私だ』


 男は名乗らなかった。名乗る必要などなかった。お互いに、忘れられるはずがないのだから……。


 砂色の髪に藍色の瞳、白皙の頬、整った面差しの年上の男を、ラグは(くら)い苦笑まじりに見返した。


「久しぶりだな、ターナー。四年……五年ぶりか?」

『そうだ。再び君の顔を見る羽目になるとは思っていなかったよ、グレーヴス』

「それは、こっちの台詞だ」


 ターナーは無表情に彼を見下ろした。ラグは舌打ちし、長い前髪を掻き上げた。


「用件は何だ? まさか、俺の声が聞きたくなったわけではなかろう」

『君に教えてあげようと思ってね。安藤君は、我われが預かっている』

「…………」

『倫道教授のお嬢さんも、今ごろ、ドウエル教授が迎えに行っているはずだ』


 ミッキーのことでは表情を変えなかったラグだが、リサの名を聞くと片方の眉を動かした。《VENA》 が口をおおって息を呑む。鷹弘も眼を瞠った。二人の視線を背中に浴びながら、ラグは訊き返した。


「今、何と言った?」

『聞こえなかったのかね? 安藤幹男君と倫道小百合嬢は、我われが預かっている、と言ったのだ』

「…………」

『それと、君の子飼いの精神感応能力者(テレパス)の学生……ライリフド君と言ったかな、彼にも来てもらっている。君の出方次第で彼等の命運が決まると言えば、判り易いか?』

「あんたに似合わない月並みな台詞だな」


 鷹弘が観ると、《VENA》 は目を伏せ、懸命に何かを考えていた。博士の居場所を探っているのだ。光信号の向こうに、相手の存在を感じ取ろうとしている。睫にけぶる蒼い瞳は、月の夜空に浮かぶ地球のようだ。


 ラグは濁った声で唸った。


「くだらない……。そんなことで、俺を脅しているつもりか。倫道教授の娘がどうなろうと、俺には関係ない」

『君がそう言うであろうことは、とっくに予想済みだよ。グレーヴス』


 ターナーは嘲笑をふくむ口調で言い返した。暗い侮蔑に端麗な顔を歪めている。

 鷹弘は、静かに相棒に近づいた。


『銀河連合も……一万八千人の愚昧(ぐまい)な市民の命を救うために、二十四人のAクラス・戦士(トループス)を見殺しにして、なんとも思わぬ輩だからな、君達は。命令する側もそれに従う人間も、これしきのことで動じるなどとは思っていない』


 ラグは無言でターナーを見据えていた。鷹弘が受像圏に入ったことにターナーは気づいたが、遠慮する気配はない。言葉の刃で彼等の心を斬り裂こうとしていた。


『倫道教授を見殺しにした君達が、いまさら教授の娘がどうなろうと知ったことではなかろう、グレーヴス。君が、ルツを殺して平気でいるようにね』

「貴様……!」


 ラグは表情を変えなかったが、鷹弘が腹に据えかねた。手負いの熊のごとく威嚇する彼を、ラグは小声でなだめた。


「やめろ、タカヒロ」

「しかし――」


 鷹弘は、当惑気味に相棒を顧みた。ラグは目を細め、首を横に振った。


「ターナーと話をしているのは、俺だ。勝手にしゃしゃり出るな」


 それで、鷹弘は不承不承、ラグの後ろに控えた。ターナーがモニターの向こうに居るのでなければ、彼を無事に済ませるつもりはなかったのだが、ラグ本人に窘められたのでは仕方がない……。それでも、相棒の眸に宿る感謝は読み取れた。

 《VENA》 は、心配そうに男達を眺めている。

 ラグはターナーに向き直り、ゆらりと重心を右脚に移動させた。


「言いたいことは、それだけか。では、さっさと用件に入ってくれないか、博士。俺達も、暇を持て余しているわけではないんでね」

『おや。君はとうに承知していると思っていたのだが、改めて言われなければ判らないのかね』

「口の減らないおっさんだ」


 明らさまな挑発に、ラグはぼそりと呟いた。ターナーは冷笑を浮かべた。


『《VENA》 を返してもらおう』

「…………」

『《SHIO(シオ)》 からも――君たちには、完全に手を退()いてもらいたい』

「……そう言われて、はいわかりましたと退けると思うのか」


 ラグは、ぎりりと奥歯を噛み鳴らした。鷹弘は、相棒の瞳が緑色に変わっていることに気づいた。


「あんたは判っていない。連合もだ。退けと言われて俺達が退けるのなら、五百年前にそうしている」

『なら、彼等を帰してさしあげるわけにはいかないな。倫道嬢を』

「本当に、判らない野郎だな」


 ラグは吐き捨てるように舌打ちした。


「彼女に手を出すな……。俺達の為に言っているのではないと、何故判らない? 彼女に手を出せば、あんた達は、俺達でも連合軍でもない、はるかに恐ろしい相手を敵にまわすことになるんだぞ。まわしていると、判らないのか」

『それは君次第だろう、《クイン・グレーヴス》』


 ターナーのこの台詞に、ラグは溜め息を呑んだ。やっていられないと言うように、首を振る。

 ターナーは顎を上げ、冷淡に告げた。


『どうやら、交渉にならないようだ』

「ああ、そうらしい」

『では、《古老(チーフ)》 のお手並みを拝見しよう』


 そう、言い捨てて――ターナーは、ラグの視線を断つように、ヴィジュアル・ホーンのスイッチを切った。

 後には、ブラック・アウトしたモニターが残された。



 相手の姿が消えた後も、ラグはモニターを睨んでいた。両手をジーンズの腰に当て、立ち尽くす。噛み潰した煙草は、口の中でばらばらになりかけていた。

 鷹弘は、彼にかける言葉を探していた。

 《VENA》 が音をたてずにラグに近づいた。無言のまま、後ろから彼にしがみつく。彼女はターナーを知らず、二人の会話の意味も解らなかったが、広い背に顔を埋めて彼を抱きしめた。

 ラグは、ぎこちなく苦笑した。


「……Lady」

「ラグ。大丈夫?」

「ああ」


 相棒の目に普段の穏やかさが戻ったので、鷹弘はほっとした。ラグは 《VENA》 の腕を軽くたたき、白い手に掌を重ね、そっと彼女の腕を解いた。


「見ての通りだ。ちょいと、取り込んでいる。あんたは帰った方がいい」

「ええ。でも、大丈夫なの? ラグ」


 《VENA》 の問いに、ラグは黙って頷いた。


「そう言えば。先刻のは判ったのか? ライム」


 鷹弘の問いに、ラグは首を傾げた。


「何の話だ?」

「ターナーのおっさんの居所を突き止めようとしていたんだよ。なあ?」

「全然、駄目」


 《VENA》 は肩をすくめた。お手上げ、と言うように。


「彼は超感覚能力者(E S P E R)ではないし、月には人が多すぎて見つけられないわ……。んもう、どうしてこんなに人がいるの?」


 『人が多すぎる』――ラグと鷹弘は顔を見合わせた。研究室で産まれ育ち、殆ど外に出ることのない 《VENA》 なら、そう思えても不思議ではない。

 ラグは、再度 彼女を促した。


「疲れないうちに帰れ」

「ええ、そうするわ。でも、」


 ラグはくしゃっと彼女の頭を撫でた。


「大丈夫だ。本当に……。だから、帰りなさい」

「ん……うん」

「あんたに心配されなきゃならないほど、俺は純情でも、子どもでもない」


 彼のこの言葉を聴いて、ようやく彼女は微笑んだ。しなやかな腕をラグの首に巻きつけ、耳朶に羽のように口づけた。


「おやすみなさい、ラグ」

「ああ。おやすみ」

「おやすみなさい、鷹弘ちゃん」

「あ、ああ。おやすみ、ライム」


 また同じ挨拶をされ、鷹弘は眼を白黒させた。《VENA》 はくすっと笑い、身を翻した。


「おやすみなさい、二人とも。また、明日ね」


 オーロラのごとく長い髪をゆらめかせ、彼女は夢のように消えた。



 鷹弘は、ふうっと息を吐いて相棒を顧みた。あの男が現われたのだ――ラグが平気だとは思えない。失われた記憶の残像に、責められているに違いないのだ。

 そうと知っていて、どうすることも出来ない自分の無力さが、どうしようもなく悔しかった。


 ラグは、煙草を深く吸った。うす紫色の煙が漂うのを目で追い、消える寸前に呟いた。


「……タカヒロ」

「んー?」

「俺も、焼きが回ったな。ターナーのおっさんごときに、《VOYAGER》 のプライヴェート・ラインを知られるとは」

「…………」

「お姫様とフィーンの馬鹿が、ドウエルに捕まったとなると……。また、次の()を考えないといけないな」


 ヤレヤレと肩をすくめる相棒の横顔を、鷹弘は、しばらく黙って見詰めていた。





~Part.5.へ~

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