Part.3 Tuesday Daytime Dreamers(3)
2-3-(3)
リサ達が帰った後。鷹弘は、テーブルに残ったカップを片付けながら呟いた。
「これでいいのか? 本当に」
ラグはカウンターに寄りかかり、片方の眉を跳ね上げた。からかうような響きが、低い声に混じる。
「……どうした、タカヒロ。酔ったのか? お前らしくもない」
ぷかあ、と紫煙を吐くラグを、鷹弘は、太い眉根を寄せて見上げた。
「心配しているんだよ、俺は。ミッキーに、フィーンに、倫道ちゃんだ。こんなに巻き込んで、大事にならなきゃいいが――」
ラグはこれには応えず、煙草を灰皿に押しつけた。カウンターに乗せていたカップの中を覗き、冷めたコーヒーを喉に流しこむ。
鷹弘は、溜め息を呑んで相棒を眺めた。
「ラグ」
「《VENA》 は元気だったか?」
自嘲気味に唇を歪めてラグは訊き返した。カップの底に残るコーヒーの残渣に視線を落とす。
「元気だ。退屈しているよ。お前に会いたがっていた」
ラグはますます皮肉めいた嗤いを頬に刻んだ。サングラスごしでも鮮やかな新緑色の瞳を、鷹弘は見遣った。
「なあ、ラグ。他に方法はないのか? もっと安全な」
「…………」
「お前も連合も、どうかしているぜ……」
硬い黒髪を掻きむしる相棒を、ラグは哂って眺めた。切れ長の眼に、心配性の友に対する労わりが浮かぶ。
「タカヒロ、そう焦るな。こちらから出来ることがないんだ。仕様がない」
「それは、そうだが――」
「心配しなくても、《SHIO》 を使えばどうなるか、ドウエルは判っている」
鷹弘は不安の核心を衝かれ、呼吸を止めた。ラグは陰鬱に続けた。
「同じ失敗を繰り返すほど、連中も馬鹿ではなかろう。《SHIO》 をおさえていればこちらが動けないと、承知で仕掛けたんだ……。焦る必要はない。《SHIO》 は連中に預けて、仕事を片付けよう。タカヒロ、宇宙船はいつ出来る?」
「来年の八月」
鷹弘は深く息を吸い、ゆっくり吐きながら応えた。眉間の皺がなかなか消えないのを、ラグは苦笑して見守った。
「……遅いな」
「あれだけの船だ。部品が揃うのに、最短でも三ヶ月はかかる。それから特急で仕上げて、一年だ。……船が出来ても、《SHIO》 を何とかしないと動けないだろ?」
相棒の問いに、ラグはフッと息を吐いた。
「承知した。それまで、何とかふんばるか――」
「ラグ」
鷹弘は、もう一度呼びかけた。相棒の長い銀髪が肩をすべり落ちるのを見て、溜め息を呑む。
「《SHIO》 が本当に逢いたいのは……ルツ・ヨーハン博士ではなく、お前なんじゃないか?」
ラグは黙って相棒を見詰めた。
濃い茶色のサングラス越しでは、表情は窺えない。やがて、低い声が慎重に応えた。
「……そうだとして、俺達に何がしてやれる?」
今度は鷹弘が黙りこむ番だった。彼は言葉をうしない、首を横に振った。
ラグは新しい煙草に火を点け、船外モニターに目を遣った。ドームの天井越しに、暗赤色の 《レッド・ムーン》 が浮かんでいる。そちらを眺めたまま、独り言のように続けた。
「確かに、あいつが俺達に逢いたがっていても、不思議ではない。ルツは消え、倫道教授は死んだ。誰も奴等に事情を説明していないなら、決着をつけたがっているかもしれないな」
「…………」
「だが。奴等の望みは、誰にも叶えてやれないぞ。それとも――」
ラグは煙草を噛み潰し、深く沈むように言った。
「――《古老》 も立場は同じだと言って、慰めてやればいいのか?」
鷹弘は頭を振った。絶望的な気持ちで。
ラグは相棒から船外モニターに視線を戻すと、半分に削られた地球光を眺め、呟いた。
「とにかく。これで、役者が揃った。あとは、ドウエル達が、どう出てくるかだ……」
嗤う。白い牙がのぞき、獲物を見つけた狼さながら紅い舌がその唇を舐めるのを、鷹弘は見ていた。
◇◆
「いいなあ。楽しそう」
センターからダイアナ市へ戻るSCM(超電導リニア)・トレインの中で。イリスはこう言って、わたし達を羨ましがった。
わたし達と協力して事件を調べることになったフィーンは――彼は、アストロノウツ訓練校の学生寮に住んでいるのだけれど。――早速、ミッキーに会うために、わたし達と一緒に帰ることにしたのだ。
わたし達は、四人掛けのボックスシートに向かい合って座っていた。フィーンは、やや厳しい口調で言った。
「遊んでいるわけじゃないんだぜ。僕は入院させられたし、皆川先輩の話を聴いたろう? これは機密なんだ。茶化すなよ」
イリスはしゅん、と項垂れた。場が険悪になってしまうのを避けようと、わたしは急いで口を挿んだ。
「まあまあ、フィーン。そういう意味じゃないのよ。ね、イリス。ええと……『興味深い』から『面白い』とか――『活躍してる』って、そういうつもりで言ったんでしょう? 茶化しているわけじゃないのよね」
「うん、そう。でも――」
わたしに目線で感謝してくれながら、イリスはぺこんとフィーンに頭を下げた。
「確かに、ちょっと不謹慎だったわ。フィーンは入院していたんだものね。ごめんなさい」
「……解ってくれればいいんだよ。別に」
フィーンは気まずそうに呟いた。わたし、ほっとする。イリスの無邪気さには、ときどきはらはらさせられるけど、この素直さが彼女の魅力でもあるのよね。
イリスはわたしに片目を閉じた。
「ねえ、あたしも手伝っていい?」
「え……」
「止めた方が、いいと思う」
わたしはどうしようかと迷ったけれど、フィーンは間を置かずにこう言った。真顔になっている。
「お前がいたから、皆川先輩とグレーヴス少佐は、詳しい話をしなかった。――お前を巻き込むな、ということだと思う」
「そう?」
「フィーン、そうだったの?」
これは、わたしにも意外だった。皆川さんもラグも、結構気さくに話してくれていたように思ったので。
フィーンは自分の膝の上に両の拳を置き、視線を落とした。
「僕は、読もうとしてみたんだよ、リサ」
「読む?」
「ああ。話をしている間に、グレーヴス少佐の思考をね。会話をしている時に意識の表層に浮かぶ考えが、一番読み易いんだ。でも、駄目だった」
「駄目?」
フィーンの拳にぎゅっと力がこめられるのを、わたしもイリスも、怪訝に思いながら見守った。
「遮断されたよ。おまけに、こう返して来た。……《小僧。判っていると思うが、無駄なことは止めておけ》 って」
フィーンは、わたしとイリスに精神感応能力が無いことを思い出したのか、すばやく首を横に振った。
「口では全く別の話をしている最中に、だ。それは、無断で読もうとしたのはマナー違反だけれど……。僕は、あんな経験をしたのは初めてだ。――あの人は、超感覚能力保持者だ。Psycho Attackの出来る奴といい、あんな人達が関わる事件に、一般人が首を突っ込まない方がいい」
慄ろし気なフィーンの声音に、何と言ったらいいか判らず、わたしとイリスは顔を見合わせた。――どういうこと?
ラグが、ルネのようにテレパシーの使えるESPERだなんて、意外だった。それは、彼はAクラス戦士だけれど。
ESPを使っているところなんて、観たことがない……。
フィーンの不安が、わたしには気懸かりだった。綺麗な青い瞳が困惑したように翳っている。
「あたしも、一応、半分ラウル星人なんだけどな」
彼の気を紛らわせようと、イリスがおどけた口調で言った。フィーンは顔を上げ、弱々しく哂って額にかかる黒髪を払った。
「でも、コントロールが出来ないだろう? お前は」
「うん。」
「サイコ・アタックは、能力を持っていない人間よりも持っている人間の方が攻撃し易いんだよ。コントロール出来ないと危険なんだ。防御が出来ないから」
フィーンは軽く唇を噛んだ。
「僕も、防御の練習をしないとな……」
「ミッキーは大丈夫かしら?」
わたしは心配になってきた。ミッキーは潜在している能力がとても強いので、抑制する訓練を受けているはず。
イリスも不安そうに頷いた。
「本当ね。ミック、攻撃されなきゃいいけど」
「先輩は大丈夫だよ」
フィーンは苦笑した。
「そう?」
「ああ。先輩の防御は、ちょっとやそっとでは崩れないと思う。……行こうか」
列車が駅に着いたので、わたし達は席を立った。朝とはうって変わって、ホームは空いている。夕方の帰宅ラッシュにはまだ早かったので、当然と言えば当然だ。
真新しいパスカードで改札を通りながら、わたしはフィーンに訊ねた。
「ミッキーの力ってそんなに強いの? フィーン」
彼は歩きながら説明してくれた。
「僕達は、お互いに相手がどれくらいの能力の持ち主か、感じ取れるんだ。特に、精神感応能力者なら……。皆川先輩も強いけれど、ミッキー先輩は、凄く強いよ」
「本当?」
嬉しそうなイリス。けれど、わたしは、その後の彼のひとりごとが気になった。
「ああ。だから、ラグ・ド・グレーヴスには驚いた。あんなに能力を他に感じさせない人は、初めてだ」
「……フィーン」
「とにかく、先輩に今日の報告をしよう。これからどうするか、作戦を建てないと」
駅を出てタクシー乗り場に向かいながら、フィーンは、ようやく屈託のない笑顔を見せてくれた。
無人タクシーに乗り込みながら、イリスは紫色の瞳をくるりと動かした。
「つまんないわあ。ここまでいろいろ聴いてるのに、何もさせてもらえないなんて」
わたしとフィーンは顔を見合わせて笑った。しかし、わたし達の期待は、肩透かしを食らうことになる。
「帰っていないの?」
『月うさぎ』のフロントにいた麻美ちゃんは、わたしの言葉に頷いた。
「今朝、リサ達を送って行ってから、一度も帰って来ていないし、連絡もないわ。リサお姉ちゃん、幹ちゃんがどこに行ったか知ってる?」
スペース・センターの駅でリニア・トレインに乗るときも、ダイアナ・ステーションに着いたときも、わたしはミッキーのヴイ・フォン(携帯電話)に連絡したけれど、繋がらなかった。手が離せないのかなと考えて、タクシーを使ったのだけれど。
「もしかして、《RED MOON》に行ったのかしら?」
ミッキーが連絡なしに出かけるなんて、珍しい。心当たりと言えば、《レッド・ムーン》だけれど……わたしには、近づくなと言っていたのに?
フィーンは、わたしと麻美ちゃんを交互に見て、肩をすくめた。
「まだ五時前だ。もう少し待ってみよう。そのうち連絡があるかもしれない」
「そうね……」
勿論、わたし達は、この時ミッキーが大変な目に遭っているなんて、想像もしていなかったのだ。




