Part.3 Tuesday Daytime Dreamers(1)
2―3-(1)
銀河連合の WHITE MOON SPACE CENTER は、今日は人が多かった。
ラグ・ド・グレーヴスとイリスと共にSCM(超電導リニア)トレインで到着したわたしは、他の乗客達に流されるように歩いて行った。長身のラグは、人の波から頭一つ抜けている。そのうえ銀髪なので、見失うことはない。
乗客には訓練校の学生だけではなく、センターで働く人々もいる。周りを歩いている人が全員銀河連合の職員なのだと思うと、不思議だった。
わたしがそう言うと、イリスは愉快そうに笑った。
「そういえば、そうね。皆、ここの関係者だわ」
「そうでしょう? 考えてみれば、凄いことよ」
「凄い? どうして」
ラグはわたし達の会話を聴いているだけで、口を挿まなかった。通りすがりの人々が彼に気づき、驚いた顔をして去って行く。そんな視線にも構う風はない。
「地球には、センターがないもの」
「そうなの?」
「……地球連邦政府は、月の独立を認めていないからな」
ラグが説明してくれた。穏やかな低い声が、唄うように響く。サングラスの奥の瞳はみえない。
「銀河連合のセンターは、一恒星系に一つだ。その星系の主惑星に置く。月が地球の一部なら、それでいいということだろう」
「ふうん」
「月には大気が無いから、宇宙船の離着陸には、こちらの方が都合がいい」
わたしとイリスは顔を見合わせた。――成る程。ラグはパイロットだから、そういうことも判るのね。
ラグはそれだけ言うと、黙って先へ進んだ。彼はミッキーのようにわたし達のスピードに合わせて歩いてはくれないので、わたし達は急いだ。
「リサは、連合のセンターを観るのは初めてなの?」
「ううん。昨日、ミッキーに連れて来てもらったわ」
「ああ、そうね」
宇宙港と同様、ムーヴ・ロード(動く歩道)は設置されていない。お喋りをしながらラグについて行くのは、ちょっと辛かった。
学校に近づくと、周囲は学生ばかりになった。グレーヴス少佐をみつけて驚いているけれど、遠くから観ているだけで、誰も話しかけては来ない。
「イリス。倫道さん?」
わたし達は校舎に入ったところで、聞き覚えのある声に立ち止まった。ラグも振り返る。青みがかった黒髪の青年が駆けて来た。
イリスが朗らかに応えた。
「おはよう、フィーン」
「フィーンさん、もういいんですか?」
「おはよう、イリス、倫道さんも。って、挨拶している場合じゃない」
どうやら、イリスとフィーンさんは知り合いらしい。
フィーンさんは今日は濃いグレーのトレーナーにブラックジーンズ、紺のジャケットを羽織っていた。彼は急ぎ足で近づくと、ぐい、とイリスの腕を引っ張った。ラグを見て、わたし達に向き直り、声をひそめる。
「おい、イリス。なんだって、ラグ・ド・グレーヴスと一緒にいるんだ?」
「痛いわね。引っ張らなくても逃げやしないわよ。……だって、うちのお客さんだもの」
「ええ?」
「本当よ、フィーンさん」
ラグはわたし達から数メートル離れ、静かに佇んでいる。それは、フィーンさんは驚くだろう。わたしだって、彼がこんなところをひょこひょこ一緒に歩いているなんて意外だもの。
「昨夜、ミッキーに会いに来たのよ。それで、一晩泊まったの」
「先輩に?」
「小僧」
声をかけられて、フィーンさんは跳びあがった。ラグはわたし達の側へ来ると、首を傾げた。
「な、なんですか?」
「お前、フィーン・ライリフドだな? 訓練校の」
「そうです」
フィーンさんは、さっと頬をひきしめた。ラグは淡々と続けた。
「後で、俺のところに来い。話がある」
「え?」
フィーンさんは眼をまるくした。ラグはわたし達に、のんびり言った。
「ところで、お嬢さん方。俺は先に行かせてもらうが、構わないか? ディック教授に挨拶しておきたいんだ」
「あ、はい」
「また後でな」
わたしの返事にラグは頷くと、軽く片手を振って踵を返した。長い銀髪がたたんだ翼のごとく彼に従う。サングラスの下にちらりと見えた黒い瞳は、笑っているようだった。
フィーンさんはすっかり毒気を抜かれ、再びイリスの袖を引っ張った。
「おい、どういうことだよ。後でって?」
「今日の特別講義は、ラグがするんです」
「ええっ?」
わたしの答えに、二度びっくり。イリスは彼と並んで歩きながら、悪戯っぽく笑った。
「知らないの? フィーン」
「知るわけないだろう。本当かよ」
「本当も、本当」
イリスは両手を胸の前で組み合わせ、うっとりと言った。
「新年早々、素敵じゃない。生のグレーヴス少佐の講義が聴けるのよ。あたし、いっぱい話しちゃった」
「はあ」
生のって……冷凍食品じゃないんだから……。
わたしは苦笑し、フィーンさんは複雑な表情になった。ミッキー同様、ラグの依頼に振り回されて入院までする羽目になったフィーンさん。彼がどんな人か調べると言っていた。その相手がこんなに無防備に現れたのでは、拍子抜けするのも無理はない。
私たちは階段を上がり、三階の講義室へ向かった。特別講義は、四学年が合同で聴講することになっている。
「……確かに、運がいいとも言えるか」
フィーンさんの呟きに、イリスが興味を示した。
「なあに? フィーン。運って?」
「こっちのことだよ。倫道さん、昨日はありがとう」
わたしは眼を瞬いた。それから微笑んで応じる。
「リサでいいです。こちらこそ、学校で会えて嬉しいわ」
「フィーン、リサのこと知っているの?」
「お見舞いに来てくれたんだ、ミッキー先輩と。僕も、フィーンでいいですよ」
「見舞い? どうしたの」
教室に入り、イリスは紫色の大きな瞳をくるくると動かした。わたしと彼の顔を見比べる。
「二人とも、何か隠してるわね?」
「別に、隠すほどのことじゃない。僕が、ラグ・ド・グレーヴスから依頼された仕事をしくじって、入院していただけだ」
「入院?」
イリスはびっくりして立ち止まった。一方わたしは、初めて見るアストロノウツ訓練校の講義室に驚いていた。
まず、広さ。一階から三階まで吹き抜けの教室の床は、すり鉢状になっていて、階段状に並んだ椅子と机には、ざっと百人は座れそうだった。正面に、巨大なスクリーン。十メートル四方はありそう。
すり鉢の底にあたる中心には、教官用の大きなデスクとコンピューターが設置されている。集まっている学生達は、銀河連合軍の所属らしく地球人だけではない。イリスのように鮮やかな髪や瞳の色の人もいれば、一目で異星人と判る変わった風貌の人もいた。
フィーンさんは空いている席を探しながら、面倒そうにイリスに答えた。
「怪我したの? フィーン、大丈夫?」
「ああ、大した事はない。だから、ここでグレーヴス少佐に会えて驚いたんだ」
「ふうん。ねえ、少佐の依頼って、何だったの?」
「それは――」
好奇心旺盛な彼女の質問をかわすのは、簡単ではなさそうだ。
わたしとイリスは並んで椅子に座った。フィーンさん――フィーンは、その前の列の席に着いた。
「静粛に。全員、席に着け」
スクリーン脇の扉が開き、白髪混じりの黒髪の男性が入ってきて、声をかけた。口の周りに柔らかそうな髭を生やした、年配の男性だ。穏やかな声に、学生達のざわめきが引いた。
続いてラグがゆっくり入って来たので、再びささやきが湧き起こる。フィーンが早口に囁いた。
「あとで説明するよ、イリス」
初めて観る生のラグ・ド・グレーヴスに、学生達が驚いている。そんな子ども達――ラグから観れば、子どもよね――をぐるっと見渡して、『タイタンの英雄』は悠然と立っている。
彼より頭一つ分背が低い、多分、こちらがディック教授だろう。年配の男性が声をあげた。
「ああ、静かに。そこ、話したいのは判るが、後にするように。今学期最初の特別講義を始める」
ディック教授はきちんと灰色のスーツを着ていたけれど、ラグは今朝うちを出た時のまま、ジーンズにシャツを羽織っている。首の後ろで纏めた長い銀髪が、動きに合わせてシッポのように揺れていた。
学生達が静まるのを待って、教授は話し始めた。
「既に有名人だから、知っている者も多いだろう。特別講義をしてもらう、ラグ・ド・グレーヴス少佐だ。グレーヴス、紹介するが、いいかね」
「どうぞ」
ディック教授とラグは旧知の仲らしい。うちとけた様子で話しかける教授に、ラグは頷いた。教授は悪戯っぽく笑うと、学生に向き直った。
「グレーヴスは、私の教え子の中でも数少ないAクラス・パイロットの一人だ。第一軍に所属している。皆も知っているように、五年前、タイタン・コロニーの爆発事故から一万八千人の市民を救った、銀河連合の英雄だ」
ラグは学生の方を観ず、面白くも無さそうにコンソールを眺めている。
「他にも、いろいろと活躍してくれている。な、グレーヴス。……三年前には、クスピア星系で、恒星間航行中の旅客宇宙船が軌道を離れて惑星に墜落しそうになったのを、単身乗りこんで船を停止させた。海王星コロニーの管制コンピューターが暴走して危うく市民が犠牲になるところを、未然に発見して防いだ」
「……あれは、防ごうと思ってやったわけじゃありませんよ」
ラグが反論した。低い声は皮肉めいて聞こえた。
「俺の壊したコンピューターが、たまたま故障していただけです。お陰で連合軍には、海王星政府からきっちり修理代の請求が来ました。……クスピアの旅客機も、乗りこんだんじゃなく、最初から乗っていたんです。休暇中に仕事はしたくなかったけれど、他に直せる者がいなかったから、仕様がない」
わたしとイリスは顔を見合わせた。そうだったの?
メディア報道と本人の認識のギャップは甚だしかったけれど、教授は柔らかく苦笑しただけだった。
「このように、学生時代から大変な捻くれ者だが、優秀な生徒だ」
ラグは肩をすくめて教授から視線をそらした。
「火星のアストロノウツ訓練校の総合科学部を飛び級で卒業し、こちらの大学院へ入学したが、私から教わることはないと言って講義に出てきたためしがない。……『ブラックホールについて説明しろ』と問題を出せば、答案を真っ黒に塗りつぶす。虚数時間の定理を説明するレポートを提出させると、カレーライスの料理法を書いてよこした」
ラグは遂に笑い出した。くっくっという笑い声が、台詞にまじった。
「よく覚えていますね、そんなこと」
「忘れられるはずがなかろう。後にも先にも、あんなことをしたのは、お前だけだ」
「教授は独身だったから、役に立つと思ったんですがね」
「余計なお世話だ。私のことより、自分の心配をしろ。よほど卒業させずにおこうかと思ったが、あんな見事な論文を書かれては、教えるこちらの体面が保てないので、早々に追い出したんだ」
「そいつは、どうも……。お陰で、今ごろ苦労していますよ」
「よお」
呆気にとられて会話を聴いていたわたしは、声を掛けられて驚いた。フィーンとイリスも振り返る。後ろの学生の邪魔にならないよう身体を屈めた男性が、わたし達に笑いかけた。
「皆川さん」
「皆川先輩。どうして、ここに?」
「倫道ちゃん、フィーンも元気そうだな。なに、保険だよ、あいつの」
皆川さんは囁いて、フィーンの隣に腰を下ろした。大きな身体が窮屈そう。
「保険?」
「ラグは気まぐれで、いきなり講義をすっぽかす可能性があるからな。心配で、様子を見に来たんだ。……へえ。あいつ、案外真面目に来てるじゃないか」
机に頬杖をついて愉快そうに相棒を見下ろし、片手を振る。ラグは皆川さんに気づき、片方の眉を持ち上げた。
ディック教授は、冗談とも本気ともつかない口調で教え子の紹介を締めくくった。
「ともかく。優秀だが決して模範的な学生ではなかったので、マネなどしないように……。グレーヴス、お前の可愛い後輩達だ。お手柔らかに頼むよ」
「『可愛い』ねえ」
ラグは掌で口元を覆って呟いた。表情はサングラスに隠されていたけれど、深い声は笑みを含んで聞こえた。
「そいつは大いに疑問ですが……判りました。頭の中を五世紀分くらい戻して話せばいいんでしょう?」
「その通りだ。宜しく頼む」
部屋を出て行くディック教授を見送ると、ラグはヤレヤレ、と言うように肩をすくめた。学生達をぐるっと眺め、面倒そうにコンソールに片手をつく。
「では。映像を使うので、明りを消してくれ。ねむい奴は、眠っていいぞ。ただし、鼾をかいたらご退場願おう……」




