Part.1 Saturday Night Zombies(2)
2-1-(2)
月の三つのドーム都市には、それぞれに連邦政府の管制センターが設置されている。独立国ではなく、地球連邦の一部だからだ。
一方、銀河連合のセンターは、月には一つしかない。昔の外務省の領事館みたいなもので、惑星国家間の外交を司っている。軍事用の宇宙港や宇宙飛行士訓練校、軍病院などとともに、わたし達民間人が居住するドームとは別のドームにまとまっている。面積も人口も一つの街くらいあるという。
智恵さんをダイアナ・ステーションに送った後、わたしとミッキーは、その街へ続く高速ハイウェイを風圧推進自動車で走って行った。明日から、わたしはSCM(超電導リニア)トレインで通うことになるけれど、今日は特別ね。
郊外に行くに従い、都市の作る人工の朝は薄くなる。ドームに接続したパイプ状の透明な壁の向こうに、月の夜が透けて観えた。藍色の空に星が瞬いている。月の自転は四週間もあるので(昼が二週間、夜が二週間)、ドーム都市の天候や時間は、全て人工的に管理されている。
ナヴィゲーター・シートに座ったわたしは、ミッキーが車をリニア・システムに切りかえた頃を見計らって声をかけた。
「検査って、健康診断みたいなもの? ミッキー」
ゆるやかなカーブを描いて伸びるハイウェイ。その先へ視線を向けていたミッキーは、眉を曇らせた。わたしに横顔を向けたまま、静かに答える。
「そうだけど、潜在エネルギーの測定もしなければならないんだ。その……おれは一応、戦士だから」
潜在エネルギーとは、生物が持つ生体エネルギーのこと。これが潜在せずに物理的に現われれば、ルネが持っているような超感覚能力になる。表に顕われていないだけで、わたしにも備わっている力だと、ルネに教えてもらった。
「潜在エネルギーって、測定できるの?」
質問してから、馬鹿馬鹿しい問いだと気づいた。測定できなければ、ランク付けできない。たしか、ルネはAクラスの超感覚能力保持者で、戦士のランクはDと言っていた。ミッキーはBクラスのトループス。
彼の表情は穏やかで、わたしの問いを馬鹿にする様子など全くなかった。
「銀河連合に所属すると、全員、能力の測定を受けるよ。きみも学校に通うようになれば、一度は受けると思う。話していなかった?」
「ごめんなさい。聴いたけれど、忘れていたわ」
わたしが謝ると、ミッキーは淡く微笑んだ。
「謝ることじゃないよ。ややこしいから、一度には覚えられないしね……。潜在エネルギーや性格傾向などを総合して、AからZの戦士ランクに入ったら、軍に配属されるんだ。AからGは第一軍だから、辺境の開拓や戦場に行くことになる。ルネやラグが、そうだね」
「うん」
「おれもBクラスだから、本来なら奴等と一緒に行かなければならないけれど、六年前の事故以来、毎年検査と訓練を受けることを条件に、免除してもらっているんだ。トループスのランクは、一生同じではないからね」
「そうなの?」
一度外宇宙に出てしまうと、三ヶ月は帰れないルネ……恋人に自由に逢うことも出来ない。
ラグ・ド・グレーヴスも、太陽系の外にいることが殆どなので、わたし達は彼に会う機会を逃すわけにいかなかった。
もしも、ミッキーがそんなことになってしまったら……。
不安な顔をしていたのだろう。わたしを安心させるように、ミッキーは優しく微笑んだ。
「エネルギーは、歳をとるにつれ強くなる奴もいれば、弱くなる奴もいる。トループスのランクも上がったり下がったりするから、所属が毎年変わる奴もいるよ。……大丈夫。きみが一軍に入るようなことになったら、おれが黙っていないから」
わたし、自分は絶対にそうならないと思えたけれど、ひょっとして、ミッキーはわざと話をはぐらかしたのかもしれない。
わたしは心配だった。ミッキーがそんなことになって欲しくない。――ルネやラグなら構わないというわけではない。彼等は出会ったときから宇宙にいた。でも、ミッキーは……。
徐々に透明になっていく人工の空を背景に、彼は、それきり黙って運転をつづけた。
もしかして、誰よりも不安なのは、ミッキー自身かもしれない。そんなことを、ふと思った。
*
銀河連合 WHITE MOON SPACE CENTERは、休日ということもあって、人影は疎らだった。
ミッキーは、わたしを車に乗せたまま、宇宙港や学校、学生寮などを案内してくれた。病院の検査センターには十時前に到着した。(『月うさぎ』からここまで、四十分くらいかかった。)
「記録係って、何をすればいいの?」
がら空きの駐車場に車を停めると、ミッキーは、ドアにカギをかけて応えた。
「スタッフがいるはずだから、難しいことはないよ。着いたら説明するけれど……。きみが驚くといけないから、やっぱり誰か呼んでおこう」
「驚く?」
何に?
ミッキーは悪戯っぽく笑って、教えてくれなかった。車の前をぐるっと廻って来て、わたしの背に軽く手を当てる。
わたしは巨大な病院の建物をぽかんと見上げながら、彼についていった。
「かなり巨きな建物だから、迷わないようにね」
お見舞いの人が出入りするメインの入り口からではなく、関係者用らしい扉をくぐる。何度か廊下を曲がって進むうち、自分がどの方向から来たのか判らなくなってしまった。
これは、迷子になるわ。
きょろきょろしていたら遅れてしまった。エレベーターに乗って待ってくれているミッキーに、わたしは急いで駆け寄った。
「ここの建物は、地上と地下で繋がっているんだ。特に宇宙港と病院は――怪我人をすぐ運べるようにね。学校もそう。表示があるから大丈夫だと思うけれど、不用意に入らないようにね」
「き、気をつけるわ」
そんな話を聴くと、探検したくなる。わたしの気持ちを見透かしたように、ミッキーはくすりと笑った。
五階でエレベーターを降りる。入院病棟と検査センターの連絡路が交差しているところだ。
明るい光に溢れた方向に背を向け、『検査センター。関係者以外、立ち入り禁止』 の表示のかかった方向へ歩き出したとき、低めのテノールが廊下に響いた。
「安藤?」
一瞬、誰を呼ばれたのか判らなかった。ミッキーが足を止め、怪訝そうに振り返る。わたしも立ち止まった。
声は躊躇いがちに、それから、嬉しそうに繰り返した。
「安藤。やっぱり、ミッキーか!」
「皆川?」
ミッキーの表情がぱっと明るくなった。こちらへ歩いてくる男の人を見て。
わたしは、ミッキーとその男性を見比べた。
真っ黒な髪は硬そうだ。短く切り揃えられて逆立っている。瞳も黒で、名前と顔立ちからは東洋系らしい。近づくと、背はミッキーより高く、筋肉のついた体格は実に見事だった。日焼けした褐色の肌に、青いトレーナーが映えている。
彼は人のよさそうな微笑を浮かべて、わたしとミッキーを見下ろした。
「鷹弘、久しぶり。いつ月に帰って来た?」
ミッキーは、皆川さんの肩を親しみをこめて叩いた。
「先週だ。年末から、月と地球を行ったり来たりしている。悪い、『月うさぎ』に挨拶に行こうと思っていて、行けずにいた」
「いいよ、おれの方こそ、連絡を入れなくて済まない。どうして病院に?」
「俺が身元引受人をしている後輩が事故に遭ったんで、飛んで来たんだ」
「事故に?」
わたしとミッキーは顔を見合わせた。それは良くないわね……。
「そいつは大変だな。お前が身元引受人をしているって――」
「お前にも関係があるかな? フィーン・ライリフド」
「フィーンが?」
ミッキーは声をひそめた。知り合いらしい。
皆川さんは、わたし達を安心させるように微笑んだ。
「大丈夫、怪我はしていない。検査入院で、明日には退院できるそうだ。あとで見舞いに行ってやってくれ。……ところで、ミッキー。このかわいこちゃんは?」
わたしに笑いかける皆川さん。そうすると、日向臭い雰囲気が漂う。なんだか気の好い熊さんのよう。
わたしは笑い返し、ミッキーは安堵して微笑んだ。
「ああ、リサ、紹介するよ。皆川鷹弘、おれの訓練校時代の同輩だ。と言っても、こいつの方が年上だけど」
「俺の格好悪いところしか知らない、悪友だよ」
ミッキーを示して片目を閉じる、皆川さん。わたしは思わず吹き出した。
「銀河連合の第二軍に所属している。戦士ランクは……Kのままか? 鷹弘」
「俺に出世と結婚の文字はないからな」
「なら、あなたも超感覚能力者なんですか?」
「ESPERだなんて言えるほど、器用じゃないが――」
皆川さんは片手で首の後ろを掻いた。のんびりした態度は、わたしが持っているトループスのイメージ――ルネやラグとは異なっていた。素朴でとても親しみ易い。
「空間転位が少しと、念動の真似事が出来るから、軍では宇宙船の建造や人工衛星の修理を担当しているよ」
それから、首を傾げてわたしを見た。
「『も』と言うことは、他にESPの使えるトループスの知り合いがいるのかい? まあ、ミッキーもそうだけど。君はトループスではなさそうだね」
「ルネのことを言っているんだよ」
わたしの代わりに、ミッキーが答えた。わたしを見て確認する。
「そうだよね? パイロットの、ルネ・ディ・ガディスだ。覚えているだろう? 鷹弘」
「ああ。へえ、あいつの知り合いか。いい加減に紹介してくれよ、ミッキー」
「……倫道小百合さんだ」
ミッキーの唇に意地の悪い苦笑が浮かんた。眼をまるくする皆川さん。
「倫道教授の娘さんだよ」
「へえ! じゃあ、あれからずっと月に? 良かった、心配していたんだ。ええと」
皆川さんはひどく嬉しそうな声をあげると、右手の掌をトレーナーにこすりつけてから、わたしの前に差し出した。
「はじめまして、倫道さん。教授には大変お世話になっていました。あんなことになってしまって、残念だけど……。君が無事だったのが、俺は凄く嬉しいよ」
「あ、いえ……ありがとうございます。でも、どうして?」
わたしが彼の右手を握ると、皆川さんはぎゅっと握り返し、何度も上下に揺らした。本当に嬉しそうだ。
ミッキーが説明してくれた。
「ラグがおれの補佐を頼んだ『タカヒロ』は、こいつだよ。見事に行き違ったけれど……。おれがきみを連れて月に戻った後も、ずっと地球できみを探していた」
「ええ?」
「ひとこと連絡を入れてくれていれば、あんなに探し回らなくてよかったのに」
「そう言ってくれるなよ、ミッキー」
皆川さんはわたしから手を離し、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「俺がラグから依頼された時には、タイタンで人工衛星の修理をしていて、詳しい話をしている余裕は無かったんだから」
「詳しいどころか。お前がラグの相棒だなんて、ラグから聞いて初めて知ったよ」
「あいつは、ろくなことを言わない――」
皆川さんは、溜め息をついて首を振った。
「実際は使い走りみたいなもんだ。あいつが何かやらかすたびに後片付けをしてまわるのが、俺の役目だ」
ミッキーは笑いを噛み殺していた。瞳が笑っている。
皆川さんは肩をすくめた。
「言い訳になるが、俺は倫道さんの顔も知らなかったし、あの件が結局どうなったのかも、ラグから聴いていない。だから、本当に心配していたんだぜ」
「判った。もういいよ、鷹弘」
ミッキーはくっくっと笑って彼の台詞を遮った。わたしに片目を閉じて見せる。
わたしにも、皆川さんがとてもいい人だと判った。顔も知らなかったわたしのことを、今まで心配してくれていた、なんて。
自分の肩に腕を預けて笑い続けるミッキーを、皆川さんは困惑したように眺めた。ミッキーは彼の太い腕を軽く叩いた。
「Thanks、心配してくれて。まあ、お陰でリサはうちに来てくれたんだから、よしとしよう。お前とラグの仲も、どういうものか察しがついた……。ところで、鷹弘、時間はあるか?」
「少しなら。何だ?」
「おれの検査に付き合ってくれないか? 記録係をして欲しいんだ。リサだけだと、困るだろうから」
「ああ。そんなことなら」
ミッキーが歩き出したので、わたしと皆川さんは彼について行った。




