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REINCARNATION  作者: 石燈 梓(Azurite)
第二部 スフィンクス
37/106

Part.1 Saturday Night Zombies(1)


         2-1-(1)


 長期休暇の最後日は、手もち無沙汰。

 今日で休みは終わりなのだから思いきり遊ぼうとか、自分の本当に好きなことをしようと思っていても、時間を上手く使えないうちに日が暮れて、夜になり、明日の準備をしなければならなくなる。今まではそうだった。

 日曜日の朝、少し寝坊したわたしは、あの頃を懐かしいと思った。


 午前七時。枕元の時計を見ると同時にとび起き、大急ぎで着替える。朝、この家の人が全員集合する二階の厨房に顔を出すと、案の定、みんなとっくに起きて働いていた。


「ごめんなさい、寝坊しちゃって。わたし、手伝います」


 従業員用のエプロンをつけて声をかけると、全員がこちらを向いて口々におはようと言い始めた。その数六人。いちいち返事をしていられなくて、わたしはまとめて笑顔を返すと、お皿を洗っている洋二さんの隣に立った。


「わたし、片付けます」

「おはよう、リサちゃん。いいよ、乾かしちゃうから」


 洋二さんは手についた洗剤の泡を流し、のほほんと応えた。


「でも」

「料理は自動調理器(オートクッカー)に任せたから、一段落ついているよ。七時だろう? 僕達も、そろそろ朝食にしようと思っていたんだ」

「ごめんなさい。わたし、朝寝坊だから」

「気にしなくていいって。それより――」


「洋二ちゃん」


 洋二さんの台詞を、芳美(よしみ)ちゃんが遮った。少し拗ねた表情。芳美ちゃんと麻美(あさみ)ちゃんの双子を見分けるのに、わたしはまだ戸惑ってしまう。

 芳美ちゃんは十歳。両手をエプロンの腰に当て、三十近い洋二さんをねめつけた。


「ウサギの餌は? 忘れたなんてこと、ないわよね?」

「あ」


 しかし、洋二さんは本当に忘れていたらしい。ほかっと口を開け、笑ってごまかそうとした。

 芳美ちゃんは癇癪を起こしそうになった。


「洋二ちゃん! 幹ちゃんがいないと、いつもこうなんだから」

「心配しなくても、ちゃんとここにあるわよ、芳美」


 夫の窮地を見かね、マーサさんが宥める。落ち着いた口調。

 隣にいたアンソニーさんが、籠に入った野菜を手渡した。


「ほれ、やってこい」

「うん。リサちゃん、行こう」

「あ、うん」


 芳美ちゃんに袖口を引っぱられながら、わたしは厨房の中を見まわした。今まで気づかなかったけれど、そう言えば。


「洋二さん。ミッキーは、どうしたんです?」

「それ、いま僕が訊こうと思っていたんだ」


「まだ寝ているわよ」

 マーサさんが、わたしと洋二さんを交互に見て答えた。

「洋二。あなた忘れたの? 今日は何日?」

「一月十五日。ああ、そうか」

「どうかしたんです?」


「心配しなくてもいいよ」

 アンソニー――アニーさんが、人参の皮を剥きながら口を挿んだ。芳美ちゃんがすかさず籠をさし出して、落ちる皮を受けとめる。

「あいつ、今日は年始めの健診日なんだ。寝るのも仕事。昨夜は二時頃に寝たはずだから、八時までは起きてこないんじゃないかな」


「六時間は眠らないといけないの」

 マーサさんは濡れた手をタオルでふいてテーブルへ近づき、自分達の朝食のために食器を並べ始めた。

「今日は智恵(ともえ)と一緒に出かける予定よ。銀河連合のセンターに。身体検査があるのよ」


 ふうん。

 わたしは芳美ちゃんに手をひかれて厨房をあとにした。ミッキーが朝寝をするなんて珍しい。いつもは彼、五時頃から起きて朝食を作っているのよね。

 こんな風に一つづつ彼の事を知るのは、とても楽しい。

 独りで照れ笑いを浮かべるわたしを、芳美ちゃんは不思議そうに眺めていた。



            *



 ミッキーが起きるまで時間があるから、この辺で自己紹介をしておくね。わたし、倫道小百合(りんどうさゆり)――通称リサという。今、十七歳。

 明日から、銀河連合・太陽系連邦所属・宇宙飛行士(アストロノウツ)訓練校の高等科一年生になる。転入したのだ。宇宙飛行士になりたいわけではないけれど、理由を話すには、先月の出来事から説明しないといけない。


 十二月三日。《RED MOON(レッド・ムーン)》(月の周囲を巡っている、超大型人工衛星)にある地球連邦所属の研究所で《VENA》 という宇宙生物の研究をしていたわたしのパパが、殺された。地球の学会で発表するために帰省していた時のことだ。

 わたしはパパから、研究の内容をおさめたメモリー・チップと手紙を預かっていた。

 『月へ行って、銀河連合のグレーヴスという男に渡しなさい』という、パパの言葉に従い――それと、パパを殺した連中がわたしの周りにも出没したので、わたしは地球を出ることにした。

 しかし、独りで困っていた時、ミッキーに出会ったのだ。


 ミッキー、本名は安藤幹男(あんどうみきお)、二十四歳。彼は、パパがわたし達のボディー・ガードを依頼した銀河連合軍の戦士(トループス)だった。

 パパが死んでしまったので自動的に消去されても仕方の無い依頼だったけれど、彼はわたしを助けてくれ、ルネという彼の後輩のラウル星人の宇宙船に密航させてくれた(すぐにみつかっちゃったんだけどね)。

 ルネとミッキーは、パパの言っていたグレーヴスを探し出してくれた。銀河連合軍Aクラス・パイロットの、ラグ・ド・グレーヴス少佐だ。


 ラグに会う前に、わたし達はクラーク・ドウエルという教授の妨害に遭い、殺人事件に巻きこまれた。

 その事件自体は――殺された人が月の執政官(アウグスタ)の一人で、ラグ・ド・グレーヴスの従兄だということを除けば――《VENA》 とは直接関係ないものだったけれど。わたし達は、身の潔白を証明しなければならなくなった。

 夜中の街を駆けまわり、やっとの思いで犯人を捕まえ、ラグに会えた。その間に、わたし達三人の間に固い友情が成立したことは言うまでも無い。

 パパの手紙は、ラグに《VENA》 の研究の全てを託すというものだった。


 わたし達を結びつけてくれた《VENA》 は、ルネの幼馴染であり、恋人だ。絶滅したラウル星人を再生するために創られたという。

 ラグと今後の身の振り方を相談するうち、わたしには希望が生まれていた。

 わたしとミッキーとルネを、結び付けてくれた《VENA》――パパの愛した《VENA》に、逢いたい。パパが殺された理由を知りたい。


 それで。どうしてわたしが現在もミッキーの家・ペンションホテル『月うさぎ』に居候しているのかというと……え~……。

 わたしは地球に戻って高校に通い、パパの事件のことを調べようと考えていた。でも、ミッキーが月へひきとめてくれた。

 ええと……わたし、プロポーズされたのだ。

 あの時のことは思い出すのも恥ずかしく……お互いに、冷静になろうと話している。でも、わたしはとても嬉しかった。ミッキーのことは好き……だし。

 今はわたし、彼の家族が経営するホテルの111号室を借りている。長期滞在だけれど、誰も部屋代を受け取ってくれないので、事実上は居候。

 安藤家の人々は親切で、優しくて、すっかり家族の一員のように扱って下さっている。わたしの関心はミッキーに偏りがちだけど、少しずつ彼のことも解ってきた……なんて思っている、今日この頃。



「ハイ! おはよう、リサ」


 一階のロビーで、芳美ちゃんと一緒にウサギ達に餌をあげていると、エレベーターから智恵(ともえ)さん――安藤智恵さん、二十二歳。銀河連合宇宙軍第三軍に所属――が降りてきた。黒い髪をショート・カットにした、ボーイッシュな美女。シックな黒のワンピースに赤いショルダーバッグが目をひいた。


「芳美も、おはよう。早いわね、二人とも」

「早くない。もう八時よ、(とも)お姉ちゃん」

「Just A.M.7:50 ね。ミックは?」


「まだ、寝ています」

 わたしは苦笑して応えた。智恵さんの会話は早口で、テンポがいい。うかうかすると口を挿む余裕がなくなるから、わたしも早口になった。


「マーサさんは八時まで起きないだろうって」

「あハン、あたしの方が先に降りて来たわけ。もう少し寝ていても大丈夫だったかしら? でも、ミックは時間に遅れると煩いからなあ」

「そうなんですか?」


 意外だった。ミッキーは几帳面だけれど、口うるさい人だとは思っていなかったので。

 智恵さんは肩をすくめた。


「リサには違うのかもしれないけれど、あたしには、そうよ。たまに頭に来るわ」


 わたしは黙っていた。真面目なミッキーと自由奔放な智恵さんでは、合わないところもあるのかもしれない。

 智恵さんはわたしの表情を読んで、からからと笑った。


「ほら、リサったら、もうミックに肩入れしちゃってる。駄目よ、男はよく観て厳選しなくっちゃ。今から入れこんだら、駄目」

「だって」


 頬が火照るのを感じ、わたしは口ごもった。だって……素敵だと思うけどなあ、ミッキー。


 身長177cm、体重は60kgくらい。すらりとした体型に、品のいい黒目黒髪。性格は、きわめて真面目で温厚。――ごくたまに毒舌になるけれど、普段はとても紳士的。料理も上手。

 連合軍の戦士(トループス)だからか、実はとても強い。地球でも月でも、わたしを護ってくれた……。


 智恵さんは顔をしかめた。


「ええ? どこがいいの、リサ」

「どこがって……。素敵だと思いません? 智恵さんは」


 もごもごと反論する。智恵さんは顔の横でぱたぱた手を振った。


「素敵? あの、どんくさい男が?」


 どんくさ……。まあ、確かに、わたしも初対面ではそう思ったけれど。


「あたしはごめんだわ、あんな朴念仁。疲れるったら」

「はあ」

「みていなさいよ、リサ」


 智恵さんは腕時計を示し、口紅を綺麗に塗った唇を歪めた。


「今、七時五十八分。ミックは八時に起きるって言ったのね?」

「え、ええ」


 そう言ったのは、マーサさんなんだけど……。わたしが曖昧に答えると、智恵さんは確信をこめて頷いた。


「ミックはね、八時と言ったらぴったり(・・・・)八時に起きるのよ。先に起きて、時間まで待っているの。八時になったら行動開始。五分以内に身支度をして、厨房に顔を出して、おばさんとマーサに『行ってきます』と言うわ。勿論、衣類は寝る前に用意してあるの。裏口から下に降りてガレージから車を出し、エンジンと暖房をかけておく。アンソニーと洋二に留守を頼んで、ここへ来るのは八時十分よ。賭けたっていいわ、一分と遅れないから」


 ぽかんと口を開けるわたしに、得意げな視線を向ける。ここまで行動を把握されているミッキーも凄いかもしれない……。そう思ったわたしの苦笑に力を得て、智恵さんは続けた。


「ミックの生真面目は、並みの生真面目じゃあないの。AIより融通が利かないわ。大抵の()はそこを長所と勘違いするか、あの外見に騙されるんだから」

「はあぁ」

「リサ。あなたまだ十代なんだから、早まっちゃ駄目よ。ちょっとでも違和感があったら、やめておきなさい。そのちょっと(・・・・)全部(・・)になって、別れる羽目になるからね! 何よ――」


 『後ろを見ろ』という、わたしと芳美ちゃんの合図に、やっと気づいてくれた。智恵さんの表情が凍りつく。

 咥えたばこのミッキーが、フロントのカウンターに寄りかかっていた。嫌味たっぷりに唇を歪める。


「おれが、何だって? (とも)


 あら、珍しい。ミッキー、今朝は随分ラフな格好をしていた。

 紺と黒の迷彩模様(牛さん模様?)の大きめのトレーナーをだぼっと着て、洗いざらしのグレイ・ジーンズと、ジョギング用のスニーカー。スーツ姿の多い彼がそういう格好をすると、すらりとした身体がますます細く見え、学生のようだ。

 智恵さんは頬をひくつかせた。


「あ、あら。早かったのね、ミック」

「お前がご丁寧に説明してくれた過程のうち、アニーと洋二も二階にいたから、手間が一つ省けたんだ。代わりに麻美を起こして来た。……朝っぱらから、リサに何を吹きこんでいるんだよ」


 皮肉めいた苦笑は、すぐに優しい微笑に変わる――ミッキーは、いつも優しい。安心したのか、智恵さんは挑戦的に笑い返した。


「あなたみたいな男に純真なリサが引っかかるのを、黙って見ていられないでしょう? 警告してあげてるのよ」

「馬鹿」


 あはは……。この場合、わたしの立場はどうなるの?

 ミッキーはカウンターの灰皿で煙草を揉み消すと、ゆっくりこちらへ近づき、芳美ちゃんの頭に片手をのせた。


「芳美、リサも、朝食が出来てるよ。マーサが待っているから、二階へ行っておいで」

「はあい!」

「ありがとう。ミッキーは?」

「おれは血液検査があるから、食べられないんだ。智、そろそろ行こう。お前、おばさんに、行ってくるって言ったか?」

「あ、忘れてたわ」

「おい」


 屈託のない智恵さんの口調に、ミッキーは眉尻を下げた。智恵さんは、ひらひら片手を振った。


「いいじゃない、そんな他人行儀なことしなくたって。出かけたことぐらい判るわよ」

「でも、お前は三ヶ月は帰って来ないだろう?」

「夏の休暇までは無理ね」


 あっさり応える智恵さん。ミッキーの声に呆れた響きが交じった。


「夏の休暇なんて、お前は遊びまわってばかりで、どうせ帰って来ないじゃないか」

「当然よ。あたしは誰かさんみたいに老けていませんからね。せいぜい若さをEnjoyしなくっちゃ」


 これは智恵さんの勝ちだわ……。二人の掛け合いを眺め、わたしは思った。

 ミッキーは何か言いたそうにしていたけれど、結局、智恵さんの瞳のきらめきに負けてしまう。首を振り、口調だけ真面目になった。


「OK, 行こうか?」

「あ。あたし、駅までね」


 歩き出そうとしたミッキー、今度はギョッとして立ち止まる。晴れた夜空のような瞳を大きくみひらいた。


「駅まで?」

「ええ。そこで降ろして頂戴」

「駅……で、降りて。どこに行くんだ?」

「やあねえ、デートに決まっているでしょう? で・い・と! 休暇の最終日に遊ばなくて、いつ遊ぶのよ」


 ミッキーの口が、ぽかんと開いた。二の句が継げなくなったらしい。智恵さんの方は悪びれる風も無く、にこやかに微笑んでいる。

 ミッキーは金魚みたいに口をぱくぱくさせ、ようやく声を発した。


「センターには行かないのか?」

「ご冗談でしょう。検査しなければならないのは、ミック、あなただけでしょ?」

「なら、誰がおれのレコーダー(記録係り)をしてくれるんだ?」


 ミッキー、情けない声をあげる。しかし、智恵さんには効かなかった。あっさり言い返されてしまう。


「リサに頼んだら?」


 ミッキーの肩が、がくりと落ちた。朝から疲れてしまったらしい。


「……部外者だよ、リサは」

「明日からは関係者だわ。いいじゃない、一日くらい」


 智恵さんはわたしに目配せをした。――あ、もしかして。

 ミッキーは躊躇っていた。


「……いきなり、驚くだろ」

「隠すことでもないでしょ。学校が始まる前に、案内してあげなさいよ」


 智恵さんが、休暇の最終日に、わたしをミッキーと出掛けさせようとしてくれているのは分った。ミッキーはかなり迷った末に、しぶしぶ言った。


「リサ。お願いしていいかい?」

「うん、わたしは構わないわよ」


 溜め息の人になってしまった、ミッキー。こめかみを押さえ、うめくように言った。


「悪いけど、急いで朝食を食べて来てくれないか?」

「あ、はい」


 食べなくてもわたしは平気だけれど、作ってくれたマーサさんや洋二さんに悪いと思い、踵を返した。芳美ちゃんも一緒に。

 智恵さんが気楽に言った。


「今朝はサンドイッチだから、ボックスに詰めてもらっちゃいなさい。出かけながら食べられるわよ」

「はい」


 エレベーターに乗って振り返ると、途方に暮れているミッキーの隣で、智恵さんは満足げに手を振っていた。






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