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REINCARNATION  作者: 石燈 梓(Azurite)
幕間 宇宙魚の夢
33/106

宇宙魚の夢(1)


           2-0-(1)


『ツイていない』


 銀河連合宇宙軍第一軍所属、高速戦闘艇 《DON SPICER(ドン・スパイサー)号》 のカーゴ・ルーム(荷物室)にて。ルネは苦い思いを噛み潰していた。


『コイツ(船)で生き物を運ぶと、どっかが壊れる呪いでもかかってんのか……。さて、どうしよう』


 自由に重力を変化させられる部屋の、文字通り中央に浮かび、彼はもう三十分も腕を組んで考えていた。

 しかし、体を浮かせたところで良い方法は浮かばない。ルネは、ぼさぼさに伸びた栗色の髪を乱暴に掻きむしった。

 彼の目の前には、直径二メートル程の澄んだ水の球が、ふうわり漂っていた。無重力空間の成せる技だ。中には黄色と青の美しい縞模様の魚が、長いひれを優雅にたなびかせて泳いでいる。

 殺風景な戦闘機に場違いな珍客を眺め、ルネは何度目かのため息をついた。


「仕様がねえなあ、やっぱり」


 呟くと、水のボールを器用に避けて腕を伸ばし、壁に片手をついた。そのまま、泳ぐように身を翻す。リビング・ルームに入ると、体が浮いているのも構わず通信器のキーを押した。



          ◇◆



 その日わたしは、新年を迎えたホテルのロビーで掃除機をかけているところだった。お掃除ロボット『すうぃーぷ君』のリモコンを上機嫌で操作していると、カウンターのなかから麻美ちゃんが声をかけてきた。


「リサお姉ちゃん、電話よー」

「誰から?」


 ロビーで飼っているこのホテルのシンボル、ウサギ達のケージに『すうぃーぷ君』をぶつけないよう気をつけていたわたしは、彼のスイッチを切ってカウンターに向かった。地球を離れてから、わたしに電話をかけてくる知り合いは、そういないはず。

 わたしが着く前に、麻美ちゃんが教えてくれた。


「ルネちゃんからよ。近くに来ているみたい」

「ルネ?」


『よお、リサ』


 驚いて駆け寄ると、確かに、ヴィジュアル・ホーン(TV電話)の画面に懐かしいルネの顔があった。

 わたしは、喜んで応えた。


「ルネ、早いじゃない。どうしたの?」

『どうしたもこうしたも、ない』


 咥え煙草のルネは、別れた時と全く変わっていなかった。――そんな数日で変わったら困るけれど。休暇を終え、カイパー・ベルトへ向けて出発したばかりのはず。


「今、《ドン・スパイサー号》の中なの?」

『ああ。ミッキーはいるか?』

「出かけているわ」


 先刻から、彼の顔は画面にさかさまに映っている。これ、電話の故障……じゃあ、ないわよね?

 ルネは情けない声をあげた。


『出かけたあ?』

「新年パーティーの買出しよ」


 わたしの代わりに、麻美ちゃんが答えた。気がつくと、リズ君も足元に来ていた。


「洋二お兄ちゃんとマーサお姉ちゃんと一緒に出かけたわ。四時前には帰ってくると思う」

『ええ~っ。智恵(ともえ)は?』


 ルネは焦っていた。しわがれ声でたたみこむ。


『アンソニーは? 誰か、役に立ちそうな奴はいないのかよ』

「智恵さんは、連合軍の仕事で、センターよ」


 わたしは彼の背後の状況を確かめようとしたけれど、難しかった。


「どうしたの? ルネ」

『どうもこうも』


 ルネは口ごもり、背後を振り返る仕草をした。画面では確認できない。きょとんとしているわたしと麻美ちゃんを見て、舌打ちした。


『仕方がない。おい、リサ。今、こっちに来れるか?』

「来れるかって……そこ、どこ?」

『至急、DIANA-S27宇宙港に来てくれ。そこで連絡する』

「連絡するって。ちょっと、ルネ?」


 彼はさっさと通信を切ってしまい、わたしと麻美ちゃんは顔を見合わせた。



 DIANA-S27ポートは、『月うさぎ』から最も近い民間用の宇宙港で、自動運転タクシーで行けば二十分くらいで到着する。わたし達には思い出ぶかい場所だ。

 初めて月に来たのは、このポートだった。ラグ・ド・グレーヴスを追いかけて無茶な離陸を行ったのもここなら、ミッキーがわたしにプロポーズしてくれたのもここ。

 ……考えてみれば。わたし達って、かなり迷惑なお客かもしれない。


 今回は、そんなことないわよね……。どきどきしながら中央ロビーで待っていると、いきなり『声』がした。


《リサ!》


 ……驚いた。気配は感じなかったのに耳元で聞こえたような気がして、わたしは辺りを見回した。特徴的なしわがれ声だ。乱暴で、皮肉っぽくて……でも、心の奥に、まっすぐ響く。


「ルネ? どこにいるの?」

《みつけた。そこにいろ》

「ルネ?」


 これ、もしかして、テレパシー? 姿のない声を聴き取ろうと、わたしが耳を澄ませると、景色がぶれて――



 ――わたしは、宇宙船の中にいた。


「よお。久しぶりだな、リサ」


 懐かしい、《ドン・スパイサー号》 のコクピットだ。ルネはメイン・スクリーンを背にコンソールに寄りかかり、腕組みをして煙草をふかしていた。ぼさぼさの栗色の髪の下で、地球色をした瞳が笑っている。


「ルネ!」

「まあ、来いよ」


 わたしはスクリーンを見上げ、船が宙港に停泊していることに気づいた。

 ルネは、わたしの前を横切ると、リビング・ルームを抜けて荷物室の入り口に立った。わたしは中を覗き、歓声をあげた。


「うわあ!」

「こいつを届けろっていう、依頼なんだ。……気をつけろよ」


 わたしは荷物室の床へ降りる梯子を下った。その間も、視線は部屋の中央に釘付けになっていた。

 広い荷物室の中央に、透明な、大きな水のボールが浮いていた。無重力空間を漂う水玉のよう。その中に、一メートルはあるだろうか? 大きな魚が一匹、ひらひらと泳いでいる。体の色は、鮮やかな黄色とブルーだ。真夏の空の色。銀色の背(びれ)と胸鰭が、すうっと伸びている。尻尾は平たく、向こう側が透けていた。

 うっとり眺めるわたしを、ルネは煙草を噛みながら見下ろした。


「この魚、どうしたの?」

「どうしたんだと思う?」

「届けるって……この為に戻って来たの?」

「そう」


 小さな呼び出し音が鳴った。ルネが、咥え煙草のまま指を鳴らす。


『ルネ? リサも、そこにいるのかい?』

「ミッキー」

「入って来いよ、ミッキー」


 コクピットのスクリーンを投影させたのだろう。買い物袋を抱えたミッキーが宇宙港のカウンター前に立っている様子が映し出された。すぐに、ルネの空間転位(テレポーテイション)によって船内に運び込まれる。

 ミッキーは、わたしほど驚いてはいなかった。


「おかえりなさい、ミッキー」

「麻美から連絡をもらって、まっすぐこっちへ来たんだ。ずいぶん早いお帰りだな、ルネ」

「まったくだ」


 ミッキーも部屋に浮かぶ巨大な魚をみつけると、ぽかんと口を開けた。


「スタルゴ産のスズメモドキじゃないか? ……どうして、こんなにでっかいんだ?」

「オレも、それで困っているんだ」


 わたし同様、この魚のことを知らない人の為に説明しよう。と言っても、ミッキーが説明してくれたんだけどね。ええと――

 スズメモドキは、惑星スタルゴという地球型惑星原産のお魚で、食べられる。地球人だけでなく、ラウル星人にも人気の高級魚で、輸入するとそれは高価らしい。(恒星間宇宙船で運ばないといけないものね。) 詳しい値段は知らないけれど、連合軍の戦士(トループス)の初任給ぐらいはするという。

 地球のスズメダイという熱帯魚に似ているので、この名がついた。ミッキーも生きているのを見たのは初めてで、普通は冷凍されているそう。

 もう一つ。スズメというくらいだから、この魚、本来は体長二十センチくらいの大きさで、それ以上大きくならないと言われている。ところが、目の前の魚は、どう見ても一メートルはある。


「こいつは確かに、スタルゴ・スズメ・モドキなんだ。船に乗せたときには、最初はこいつも、これくらいだったんだ」

「それが、どうして?」

「お前、重力調整を間違えたな? ルネ」

「…………」


 ミッキーの台詞に、ルネは黙って肩をすくめた。

 つまり、こういうことらしい。


 惑星スタルゴは、重力が地球の五倍もあるところなのだ。体重50kgの人間が地上に立てば、250kgになってしまうところ。(でも、質量は変わらないよ、と、ミッキーが説明してくれた。この意味、わかる?)  地球の1Gの環境に慣れた生物にとっては、結構辛い環境らしい。だから、この星に移民している地球人は、みんな人工的に重力を制御されたドーム都市に住んでいる。

 逆に、重い重力に慣れた生物にとっては、重力の軽いところで生活するというのも、かなり大変なことらしく――例えば、ここ月のドーム都市の重力は、地球と同じ 1Gに調節されている。これは、私たち地球人には快適なんだけれど、ルネのように重力が地球の十倍もあるラウル星人には、いろいろと不便らしい。彼はいつも重力調節ブーツを履き、自分のESPでも何か調節している。

 でも……それが出来ない、お魚は。


「受け取ったときには、ちゃんと重力制御装置付きの水槽に入っていたんだ」


 ルネは、ぽりぽりと頭を掻いて弁解した。


「それが、途中でイカレちまった。気がつくと、水槽が割れて、この有様だ。慌ててGを切ったが、膨らんじまった」

「膨らん……この大きさになっちゃったの?」

「誰がこんな依頼をしたんだ?」


 呆れ声のミッキーに、ルネは苦々しく吐き捨てた。


「そんなの、一人しかいないだろう?」


 わたしとミッキーは、顔を見合わせた。……ミッキーには判ったらしい。ルネ同様、渋い顔になった。


「ラグ・ド・グレーヴス、か」

「子猫ちゃんに新年の挨拶だとよ」


「わたしに?」


 わたしは自分を指差して絶句した。ラグって、凄い人なんだけど、確かに、ちょっと変わっているのよね。生きたお魚なんて、どうしろと言うのだろう?

 ルネは肩をすくめ、少し口調を和らげた。


「一応、あのおっさんなりに気を遣ってくれたんだろう。その……この前の休暇は、オレはライに会えなかったから」


 わたしは再度ミッキーと顔を見合わせた。そうだった。

 ライ――《RED MOON(レッド・ムーン)》 の研究所にいる《VENA(ヴェナ)》 とルネは、幼馴染で、たしか、恋人……なのよね。

 クリスマスは、ルネはミッキーと一緒に、わたしの為に走り回ってくれていて、彼女に会う余裕はなかったのだ(わたしも会えなかったけれど)。


「それで、どうするんだ?」


 いつもの穏やかな表情に戻って言う、ミッキー。買い物袋を抱えた腕を組みなおし、魚を見上げた。


「それを頼みたくて呼んだんだ。今はオレがPK(サイコキネシス・念動力)で持ち上げているが、このままじゃ、船を運転できない。リサへの贈り物なんだ。なんとかしてくれよ」

「なんとかって」


 二人は、そろってわたしを見た。ミッキーは穏やかに、ルネはぶすっと。

 そんなこと言われたって……。

 わたしは、ミッキーに提案した。


「『月うさぎ』に持って帰る?」

「どうやって? オレに、あそこまで運べってのかよ」


 ルネの口調は悲鳴に近かった。確かに、こんな大量の水と魚を『月うさぎ』まで運ぶとなると、ルネのESPに頼るしかないのだけれど……。

 ミッキーが提案した。


「食べようか? ここで」

「食べちゃうの?」

「食用の魚だからね。少佐も、そのつもりで贈って来たんだろう。ここで、料理できないことはないよ」

「こんなに綺麗なのに?」


「どうせ、そう長くは生きられないぜ」


 ぶっきらぼうに言う、ルネ。やや吊り上がった眼が、面倒そうに細められていた。


「こんな大きさになっちまったら、体はボロボロだ。食べてやるのが慈悲ってもんだ」

「う、うん」

「ここまで大きいのは、おれも調理したことはないけれど。なかなか美味しい魚だよ、リサ」

「うん――」


 しばらく、『やっぱりかわいそう』とか『綺麗なのに……』とか、心の中で呟いていたわたしだったけれど、決断した。

 えーい、食べちゃえ!

 ……結局、わたしってば、色気より食い気なのかもしれない。






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