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REINCARNATION  作者: 石燈 梓(Azurite)
第一部 今夜の訪問者は最高!
29/106

Part.6 最後の一秒(3)


           1-6―(3)


 通信士は半ば憤慨し、半ば困り果てて隣の同僚と顔を見合わせた。

 《セリナ-3号》 のコクピットには、二人の通信士、一人のエンジニア、二人の副操縦士(コ・パイロット)と、一人のチーフ・パイロットがいる。衝突しそうなほど接近してきた小型艇をはらはら観ていたエンジニアも、パイロット・シートを眺めた。

 正面に三つ並んだ操縦席の左端。通信士から最も離れた席にいる男を、コ・パイロット達は見遣った。スイング・バイを終えるまで席を立つことは許されていないので、見るだけだが、その視線には当惑とからかいが混ざっていた。


 頭の後ろで腕を組み、シートの背を倒してコンソールに長い脚を放りだして眠っていた男は、同僚の視線と通信機からの騒音に、うるさげに身じろぎをした。組んでいた腕を片方とき、銀色の長髪をぼりぼり掻く。欠伸を噛み殺し、ようやくサングラスの下の眼を開いた。

 暗褐色のレンズ越しに、男は、面倒そうな視線を通信士に投げかけた。


『グレーヴス!』


 スピーカーを揺らす男声に、男の眉がわずかに曇った。頭を掻いていた手の動きが、ぴたりと止まる。 

『少佐! 頼む、通信に出てくれ!』


 滑らかなテノールに、男はさらに眉根を寄せた。銀色の睫にけぶる黒い瞳が、困惑に翳る。正面のスクリーンを仰ぎ、公安隊の攻撃を避けて《セリナ-3号》 の翼をかすめて飛ぶ、紅い小型艇をみつけた。その行方を追って巡らせた男の視線が、再び通信士とぶつかった。

 通信士は二人とも、静かに指示を待っていた。

 しかし、彼は眠たげ目を伏せ、シートに身を沈めた。片手を挙げ、通信を切る合図をしかける。


『ラグ・ド・グレーヴス!』


 その時、今まで叫んでいた男の声に、若い女性の声が加わった。通信士が思わず耳をおおう甲高さだ。

 男の手が途中で止まった。


『お願い、出てきて頂戴! 話がしたいの。話をしなければならないの! グレーヴス! わたしはリサ――倫道小百合(りんどうさゆり)! パパの手紙とデータを預かっているの!』


 男の切れ長の眼が大きく見開かれ、サングラスの下で瞳が鮮やかな緑色に変わった。

 停止していた腕が下がり、彼は弾かれたように立ち上がった。シートから跳び出す――



                   ◇◆



「ラグ・ド・グレーヴス! お願い……!」


 わたしが泣きながら叫んだ直後、今まで沈黙していた通信機が突然がたがたと鳴り始めた。


『すぐ行く。待ってろ!』


 通信士とは違う声。真面目な深い声が、コクピットに響いた。泣きじゃくっていたわたしは凍りつき、ミッキーとルネは息を呑んだ。

 わたし達は、信じられない奇跡に遭遇した気持ちで顔を見合わせた。


「グレーヴス少佐?」


 ミッキーが呼んだけれど、応答は無かった。代わりに、スクリーンの《セリナ-3号》 の船腹から、黒い船が飛び出した。《ドン・スパイサー号》 に、滑るように近づいて来る。


「Just15秒……さっすが」


 ルネがかすれた口笛を吹いた。船首をそちらに向ける。

 美しい流線型をした黒い船は、公安隊の攻撃のとばっちりを軽々とよけて接近してくる。あの、深い声がした。


『DON……SPICER?』

「《ドン・スパイサー》だ」

『《ドン・スパイサー号》』


 男の声は、力強く復唱した。まだモニターには映っていなかったけれど、笑っているらしい。

『こちら、《VOYAGER(ボイジャー)-E・L・U・O・Y》。No.9822-475. LUG DO GLAYVCE……倫道小百合はいるか?』


 わたしは涙をぬぐって応えた。


「ここにいるわ、ラグ・ド・グレーヴス」

『あんたを探していた』


 その時、公安隊のエネルギー弾が船を掠め、《ドン・スパイサー号》 は激しく振動した。わたしはシートにしがみつき、ミッキーが通信機に向かって呼んだ。


「グレーヴス少佐!」


 彼も笑っていた。ひどく場違いかもしれなかったけれど、それを消すのは無理な相談だった。


「この状況をなんとかしてくれ。これじゃあ、ゆっくり話せない」

『OK. 待ってろよ、坊や』


 のほほんとした返事に、ミッキーは苦笑した。


「誰が坊やだ、誰が」

『ガキ扱いされたくないのなら、さっさと画面をつけろ。こっちは、お姫さまの顔が見たくてたまらないんだ』


 わたしは思わず吹き出したけれど、ミッキーは苦虫を噛み潰した。


「お前の為に連れてきたわけじゃないぞ」

『《ボイジャー号》、《ドン・スパイサー号》!』


 公安隊の通信が割り込んできた。《セリナ-3号》 からの声も入る。


『グレーヴス少佐、状況を説明して下さい』

『少佐。これは一体どういうことです? ご指示を下さい』


 パイロットに船を飛び出されてしまった《セリナ-3号》 の通信士の声は慌てていたけれど、ラグは平然としていた。


『《セリナ-3》、悪い、急用ができた。スイング・バイを中止し、火星へ寄港せよ。指揮権はレスターに委任する』

『少佐!』

『火星へ寄港後は、ショー・ギムセン大佐の指揮下に入れ。話をつけておく。大丈夫だ』

『……承知しました』

『さて。連邦公安隊だが――』


 呟く男の声は、本当に、どこか面白がっているようだった。


『《ドン・スパイサー号》? No.539288-65』

「ルネ・ディ・ガディスだ。なんだ?」

『随分いたぶられたようだな。どうして欲しい?』

「…………?」

『Ready, A-class fight standby, on the emergency(第一級緊急戦闘態勢)』


 グレーヴスの声に、ルネは眼をまるくした。狼さながらにやりと嗤い、黙ってゴーグルを引き下ろす。彼らの目的を察して、わたしとミッキーは息を呑んだ。

 公安隊も仰天したらしい。慌てて叫んだ。


『グレーヴス少佐!』

『連邦公安隊に警告する。銀河連合航行法、第百二十二条第八項に基づき、恒星間航行船の進路妨害をやめ、即刻退避せよ。第一級緊急軍務により、警告に従わない場合は、貴船を撃墜する』

『…………!』

『Hurry up !  Count down, 5, 4, 3, 2….』


 ゼロまで数える必要はなかった。さすがの公安隊も、連合軍のトループス相手に戦うつもりはないらしく、慌てふためいて減速し《セリナ-3号》から離れた。

 ミッキーが呆れて首を振る。ルネは、けたけた笑い出した。



 減速した《ドン・スパイサー号》 の隣に、こちらよりひと回り大きな船が滑るように近づいた。闇色の《ボイジャー号》 の船腹には、銀色のラインと文字が美しく映えていた。

 ”VOYAGER-E・L・U・O・Y”


『《ドン・スパイサー号》。坊主、こんなもんでいいか?』


 愉快そうな笑いを含んだ声が、こちらに投げかけられた。


「上等です」

「……見直したよ、おっさん」


 ルネはゴーグルを上げ、こちらを振り向いてウィンクした。ミッキーは苦笑している。

 わたしは、ただ笑っていた。言葉が見つからない……。

 ルネが片手を伸ばして、わたしの頭を撫でた。ミッキーが肩を叩いてくれる。

 ああ、いよいよだ。


『《ドン・スパイサー号》』


 待ちかねていた声が、通信機から聞えた。滑らかに、深く響く――。


『おい、坊主。メイン・ハッチを開けろ。接舷(アクセス)する』

「了解。そっちのデータを送ってくれ」


 コンピューターがたちまち元気よく動き出し、いくつかの難しい計算を終えて、《ドン・スパイサー号》 は月の周回軌道に入った。

 ルネはスクリーンを見上げ、わたしとミッキーも、《ボイジャー号》が寄り添うように停まり、エア・チューブをするすると伸ばすのを見守った。二艘の船はぴたりとくっ付き、エア・ロックの開く気配がした。

 わたしは二人に促されて、コクピットを駆け出した。


 ゴールまでがずいぶん長く感じられた。全長三百メートル程の船なのに、コクピットを出て下層に降り、居住区を抜けるまで。エア・ロックに通じるドアが開き、中に飛び込むまで。接続されたチューブの中に空気が通じ、その出口が開くまで。

 数分にも思われたし、後から考えると数秒も無かったようにも思えた。

 わたしは、ボストン・バッグを抱きしめて気密室に飛び込んだ。

 後を追いかけてきたミッキーとルネが入ってきたのと、扉が開くのは、ほぼ同時だった。中から、銀髪の巨人が入ってきた――


「ラグ・ド・グレーヴス!」


 たっぷりと腰まである銀色の長髪、ルネよりさらに高い身長。暗褐色のサングラスをかけた高い鼻。端麗で、どこかワイルドな顔が、わたしを見て笑った。


「これは、お姫さま……っと?」


 彼が挨拶を言い終わる前に、わたしは彼の首に抱きついていた。大事なボストン・バッグを投げ出して。

 パイロットは、眼を丸くした。


「リサ?」

「おいおい、子猫ちゃん」


 ミッキーとルネが驚いて呼んだけれど、わたしには聞えなかった。

 いきなり飛びつかれてもよろめきもしなかったパイロットの――その胸にしがみつき、わたしは、声を上げて泣き出した。



               *



 数分後。ラグ・ド・グレーヴス少佐は、《DON SPICER(ドン・スパイサー)号》 のリビングでくつろいでいた。右手にパパの手紙を持ち、左腕をソファーの背もたれに預けている。長い銀髪が額にかかっていても払わず、無表情に手紙を読んでいる。

 わたしは彼の向かいに座り、まだしゃくりあげていた。眼元をぬぐいながら傍らを見ると、わたしから少し離れて坐っているルネが、煙草に火を点けるところだった。ぽかあ、とドーナツ型の煙を吐く仕草に、わたしは思わず微笑んた。

 ミッキーは、キッチンへコーヒーを淹れに行っている。

 わたしが笑った気配に、ルネがこちらを向いた。ちょっと憮然としている。

 グレーヴス少佐も、「ん?」と視線を上げた。サングラス越しに、黒い眸がルネを観た。


「何だ? 珍しいか」

「珍しいって言うか――」


 ルネの口元が歪んだ。口の悪いラウル星人が、この人に対してはなんだかやりにくそうだ。


 ネクタイ無しの白いシャツに濃紺のジーンズを履き、長い脚を持て余すように組んでいる。ルネより少し身長が高いことを考えると、ルネ同様やせている方と言えたけれど、肩幅は広く、胸や腕の筋肉は発達していた。顔立ちは彫りが深く、見れば見るほど端整。そして、やはりスティーヴンとロジャー・グレーヴスによく似ていた。

 こうして静かに座っていても、どこかワイルドな精気を全身から発散させている。――銀河連合軍の戦士(トループス)は、皆そういう人達なのだろうか。ルネが狼なら、この人はライオン。雄のライオンがのんびりくつろいでいる雰囲気だ。


 少佐は穏やかに(わら)い、わたしをあやすように声をかけた。


「よく頑張ったな、お姫様。もう泣かなくていいぞ」


 ルネといい、この人といい。わたしは、笑いながら涙をぬぐった。

 グレーヴス少佐はサングラスをずらし、改めてわたしの顔を観た。瞳は黒くきらめいている。


「どこかで会ったか?」


 ルネが彼をじろじろ観て言った。煙草が唇の隅に引っかかって揺れている。グレーヴス少佐は、そちらへ視線を向けた。


「《ドン・スパイサー号》……No.539288-65」


 少佐は半分眼を閉じて呟いた。ゆっくり髪を掻き上げ、何でもない風に答えた。


「エリア1005……第932大隊に所属していた船がこいつなら、顔ぐらいは見ているだろう」


 ルネは唇をゆがめた。感心したように声が低くなった。


「所属していた、一年前だ。お前、記憶力がいいな」

「納得したならそれでいい、坊主」


 面白くもなさそうに言うと、手紙とメモリー・チップを胸ポケットにしまった。代わりに、煙草とライターを引っ張り出す。煙草を咥えて火を点ける仕草を、わたし達は見守った。


「なんて書いてあったんだ?」


 ミッキーがトレイを手に戻って来た。コーヒーを入れたカップをテーブルに並べながら訊ねる。


「グレーヴス少佐。おれ達は、手紙の内容を教えて貰うわけにはいかないのか?」

「ラグでいい」


 少佐――ラグは、長い指で煙草を挟み、煙を吐いて答えた。


「悪いが、全部は教えられない。地球連邦と銀河連合の両方の機密に関するからだ。お前達だって、そう聞かされていたんだろう?」

「はい。だから、読んではいません。ただ知りたいんです」


 彼は真っすぐわたしを見た。


「何を?」

「パパが、いえ、父が殺されてしまった理由と、その犯人を」

「…………」


「それから、《VENA》 がこれからどうなるかだ」


 ルネが付け加えると、ラグの眼がすうっと細くなった。ソファーの背に寄りかかり、わたし達を眺めた。


「倫道教授は事故でなく、殺されたと考えているわけだ……。お前達、どこまで知っている? お姫様はともかく、お前は連合軍の戦士(トループス)だろう? 何故、《VENA》を知っている?」

「違う。オレは、ライと一緒に暮していたからだ」


 ミッキーは黙っていた。ルネがわたしを庇うように答え、ラグは首を傾げた。


「何だと?」

「オレは、倫道教授に協力して幼い頃の《VENA》 と暮らしたラウリアンだ。――オレ達は家族だ。だから、こいつに加わりたかった」


 ラグは考え込んでいたけれど、やがて想い出したらしく、ゆっくり頷いた。


「ああ。そういえば、そんなガキがいたっけ……。そうか、お前か」


 坊主だのガキだのと言われて、ルネはすっかり慍然とした。

 ラグは薄笑いを浮かべ、テーブルの上の灰皿で煙草を揉み消した。独り言のように繰り返す。


「面白いな、ここまで役者が揃うとは。教授(プロフェッサー)の意図も、全て無駄になったというわけではないらしい」


 ミッキーがわたしの隣に腰を下ろし、静かに訊いた。


「どういう意味だ?」

「話せる範囲で構わないなら、答えよう。教授の手紙は――《VENA》を含む《VENA プロジェクト》 の成果と研究事業を、地球連邦から銀河連合へ譲渡する。その責任者に俺を指名する、という内容だ」

「え?」


 わたし達は顔を見合わせた。どういうこと?

 ラグは小声でお礼を言って、コーヒーに口を付けた。わたしは代表して訊き返した。


「どういう意味です?」

「言葉通りだ。そう書いてある。……もともと、VENAプロジェクトは、銀河連合と地球連邦が協力して始めた研究だ。倫道教授はプロジェクトの総責任者だが、関わっているシンク・タンク(研究所)は教授のところだけじゃない。こんなことを言い出せば、それは騒ぎになるだろうな」


「クラーク・ドウエル教授もか?」


 ミッキーが問い、ラグは真顔になって彼を観た。


「倫道教授と同じシンク・タンクNo.55にいると言っていた。ドウエル教授も、VENAプロジェクトに関わっているのか?」

「No.42だ」


 ラグが答え、ミッキーは瞬きをくりかえした。


「クラーク・ドウエルのシンク・タンクはNo.42だ。55じゃない。VENAプロジェクトに関わってはいるが、《VENA》 に、じゃあない。倫道教授の研究を引き継げる、連邦側の最も有力な科学者だ」


 それからラグは、眼を細めて呟いた。


「ドウエル達が絡んでいたか。――成程」


「……それって、」

「そんなことが出来るのか?」


 わたしとルネの台詞が重なった。わたしは口を閉じ、彼に先を譲った。

 ラグはコーヒー・カップをソーサーに置き、両手の長い指を組み合わせてルネを見た。


「地球連邦の研究を、総責任者とはいえ個人が勝手に銀河連合に譲渡するなんて。そんなことが可能なのか?」

「可能かどうかはともかく。教授が亡くなった今、これは遺言のようなものだから、希望は叶えたいが――」


 ラグは軽く嘆息した。どうやら、彼にとっても簡単なことではないらしい。

 ルネは当惑して黙った。わたしは、恐るおそる訊いた。


「あなたに《VENA》 を託そうとした為に、父は殺されてしまったんでしょうか?」


 ラグは困ったように眉根を寄せた。


「その問いには答えられない、俺の立場では。……悪い。あんたが知りたいのは当然だが、これ以上話すと、あんたもそこにいるラウル星人も引き返せなくなる。それは、教授の本意ではないだろう」

「判りました」


 ルネは不満げだったけれど、わたしは不思議に静かな気持ちで頷いた。ミッキーは、黙ってわたし達を見守ってくれている。

 わたしは、ラグの顔をまっすぐ見詰めた。


「でも……わたしが自分で調べることは構いませんね? パパのことも、《VENA》のことも」

「それは、お姫様の自由だ」


 ラグはふっと苦笑した。

 ミッキーが、わたしの肩に軽く触れる。わたしは彼の手に自分の手を重ね、微笑んだ。

 ラグは、改めてわたし達を眺めた。


「今度は、俺から質問させてくれ。倫道教授が亡くなってから、二十日以上経っている。連合軍の戦士(トループス)が二人もいて、今まで何をしていた?」


 ミッキーが答えた。


「そうだ、こいつを先に言わなければならなかった。済まない。少佐……あんたの従兄、スティーヴン・グレーヴス執政官(アウグスタ)が、殺された」


 ラグは真顔になった。無言で、両手の指を組み合わせる。

 彼の聴く準備が出来たのを見て、わたし達は話し始めた。






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