11 スズシ
「えっらい儲けたなぁ! あのコワモテのあんちゃんら、ドえらい賞金首やってんもんなぁ!」
弾む足取りで前を歩くニシゼキが太陽の笑みで振り返った。
「衛兵さんら、ごっつ褒めてくれたなぁ。そりゃそうやな。悪人3人もお縄にしたねんもん。元の世界やったら、表彰もんやで。ニュースになるで。有名人やん、うちら。……まあ、うち、なんもしてへんけど」
ニシゼキたちを襲った暴漢らは強殺・レイプ・放火の重罪三重奏を奏でる超一級の指名手配犯だった。
せっかく治癒してやったのに、早晩、斬首されることになるだろう。
俺としては賞金が入ったから文句はないがな。
ニシゼキは腰をかがめて下から俺を見上げた。
「うち、あんたがまぶしいで。戦こうても強いし、回復かてできるし、ええなぁ。大当たりの英霊ちゃんやん。うちらの英霊ちゃん、あんたのほど器用じゃないよ?」
こいつは、カラッとした性格が身上らしい。
口論になったことなど秒で忘れて、爾来、長年の親友みたいに俺に話しかけてくる。
背中もバシバシ叩くし、意味もなく脇腹を小突いてくる。
孤高系の俺とは対照的な奴だった。
しかし、なんで俺についてくる?
俺に用があるとも思えないが。
昔、一度なでてやっただけでウチまでついてきた野良猫がいたが、若干似ている気がする。
お前はあのときの猫なのか?
「せや。あんた、名前なんやったっけ? 同級生なのはわかんねんけど」
憶えられてなかったか。
多少ショックだが、俺もニシゼキの下の名前を知らない。
お相子か。
「マネキだ。マネキ・マヤト」
「マヤトっちやんな。マヤトってどういう字ぃ書くん?」
「カタカナだ」
「カタカナネームて珍しいなぁ。アメリカ人か!」
「アメリカ人はアルファベットだろ。それより、二人も冒険者なのか? 俺も実は冒険者登録したばかりなんだ」
これ以上、踏み込まれたくなくて、俺は話題をそらした。
いまさらだが、ニシゼキもナナキも冒険者風の出で立ちだ。
俺と違って様になっているから気づくのが遅れた。
そういえば、冒険者ギルドの年配受付嬢も言っていた。
同郷の方々も冒険者をされていますよ、と。
召喚3日目にして城を出ていった10人。
女子6、男子3、そして、担任のクナシリ。
城じゃ『出奔組』とか呼ばれていたが、冒険で身を立てていたのか。
「ぷぷ、マヤトっち、おもっくそ話題変えるやん。なんやの? 自分の名前にコンプレックスある感じなん? ええやん、うち、虎魂やで? 虎の子ちゃうで? 虎の魂や。タイガーソウルや。もう人間やあらへんやん、こんなん。あんたが羨ましいわ!」
人間じゃない、か。
そんなの俺の名前だってそうだ。
――マヤト。
これは、人間の名前じゃない。
こいつ、俺の地雷原に平気でヘッスラをかましやがるな……。
俺は顔に出さなかった。
だが、ニシゼキは何か察したらしい。
だはは、とか笑いながら、後頭部を掻きむしっている。
「ごめんなぁ。悪気はないねん。うち、関西人やん? せやからな、すぐ他人の居間に土足で上がってまうねん。アメリカ人か!」
「ナニ人なんだよ、結局……」
そんな話をしながら、城門を目指す。
俺はこれからゴブリン退治だが、こいつら、どこまでついてくる気だ?
永遠に話しかけてくるのだが……。
ナナキのほうはだんまりだが、何か言いたそうな顔で俺をチラ見してくる。
「なあ、マヤトっちさあ、信じられへんやろ? ナナキっちな、制服、人にあげたんやって。ありえへんよな?」
城門が見えてくる段になっても、ニシゼキは会話を振り続けてきた。
「うち、大切に保管しとるで。だって、制服て、元の世界から持ち込んだ数少ない財産やし。ナナキっちな、いい子すぎんねん。メイドの子ぉに欲しい欲しい言われてな、制服譲ってしもうてん。お世話になったさかい、恩返ししたかったんやて。優しすぎんねん、この子は」
その話を聞いて、俺は咳き込みかけた。
お世話になった、か。
もしかしたら、俺もお世話になっているかもしれない。
うちのメイドのクルリーヌが制服姿でご奉仕してくれたことがあった。
その制服の裏地に「Nan――」という刺繍が見えた気がする。
誰の制服だろうと不思議に思っていたが、……そういうことだったのか。
俺はちらっとナナキを見た。
ニシゼキの陰から俺を見上げるウブな童顔。
ピュアな性格ゆえか、顔の周りにキラキラが見える。
クラスの男子がこいつを「妖精ちゃん」と呼んでいる理由がわかった気がする。
すまん。
お前の制服に……。
すまん。
そうこうしているうちに、城門前広場に到着した。
「遅いよ。二人とも」
インテリチックな少年が声をかけてきた。
魔術師風の姿だったので一瞬誰かと思ったが、そいつは、俺の同級生だった。
俺の眉が条件反射でぴくっとした。
向こうも俺を見るや白皙な顔立ちを怪訝に歪めた。
こいつは、涼市星治郎。
俺とは諸事情により犬猿の仲だったりする。
「だいぶ待たせてもうたな、スズシっちー!」
ニシゼキが親しげにハイタッチを求めた。
ずっとついてくると思ったら、目的地が一緒だったのか。
「せや!」
俺とスズシを交互に見たニシゼキがポン、と手を打つ。
なんや?
嫌な予感しかせえへんで。
「マヤトっちもこれから依頼行くねやろ? せやったら、うちらとパーティー組まへん? 一人やと危険やし。異世界怖いねんで? 空飛ぶ熊とかいてるし。なぁ、リーダーはんもそれでええやろ?」
リーダーと呼ばれたスズシはほんの一瞬、峻烈な反応を見せた。
いつものクールな顔が鬼のように赤らむ。
「僕は急用を思い出した。失礼する」
それがスズシの答えだった。
こいつは、俺のことを憎んでいる。
それは、俺に言わせれば、逆恨みだ。
だが、スズシにも責任があるわけではない。
なんせ、こいつがまだ母親の腹の中にいた頃の話だしな。
「人造人間」
スズシはすれ違いざまにそうつぶやいた。
正直、驚いた。
元の世界にいた頃も遠巻きに睨んでくることはあった。
だが、こんなふうに直接ぶつけてくることはなかった。
この世界に来て、心境に変化があったのだろう。
今後は、いちおう、警戒しておくか。
「なんやねん、スズシっちの奴。急用て嘘やろ。あんたら、仲悪いねんな。うち、関西人やし、みんなと仲ええから気持ち理解でけへんわ」
ニシゼキはむすっとしてから、俺に笑顔を向けた。
「ほな、うちら3人で行かへん? うち、スライム潰すの得意やねんで」
「俺はおしゃべりな奴が苦手なんだ」
「苦手ってなんやねん。素直に言いや。うちのこと、嫌いやて」
「気を悪くするな。俺はお前だけじゃない、みんなみんな嫌いなんだ」
「……それは、本心やな。ふん。はっきり言われてしもたら引き下がるしかあらへんな」
ニシゼキはなぜか満足そうだった。
どうやら、ボールゾーンにふわっとした球を4つ貰うくらいなら、こいつは、顔面に100マイルの石をぶち込まれたい性分らしい。
「でも、憶えときや、マヤトっち。うちらはな、大切な仲間やねん。せやから、あんたが困ったときは、うちがいつでも力になるで。関西人やしな」
そうか。
関西人は立派なんだな。
俺はテキトーに相槌を打って、城門に向かった。
「あ、あぁ……あのっ!」
呼び止められて振り返る。
ナナキが真っ赤な顔で駆けてきた。
「マネキ君、ありがと。助けてくれて」
涙で濡れた目が上目遣いに見上げてくる。
清流の中でダイヤモンドが光っているみたいな、綺麗な目だった。
まごまごしていると思ったら、そんなことを言いたかったのか。
「あかんで! マヤトっち! ナナキっちはうちのもんやもん! 泥棒猫はあかん! 関西やとユリに挟まる男はリンチにしてタコ焼きの具にせなあかんねん!」
「関西、大変なところだな……」
もう、ついてくるなよ、と言い残して、俺は城門を出た。




