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騎兵の機械化と脱皮


 最近(2023年9月末)に同人本『作戦級の世界』を発売しましたが、そこではイギリス騎兵の機械化がイギリス機甲部隊の発展に影を落とし、騎兵科という大集団を存続させるための非軍事的(ある種、政治的)配慮と、予算問題・経済問題、そして大英帝国を警備していくイギリス軍の責務が、機甲部隊の合理的な発展をぐちゃぐちゃにした様子を述べました。


 しかしもちろん、騎兵が第2次大戦後の軍隊で生き残っていくことは世界共通の課題であり、似たようなことが世界中で起きました。この無料コンテンツでは、この機会にそれらを概説しておこうと思います。


 近代騎兵が軽騎兵と重騎兵と乗馬歩兵に大別できることは、以前このシリーズで述べました。


威力偵察と騎兵(後)

https://book1.adouzi.eu.org/n5589fm/4/


 まず乗馬歩兵は、移動に馬を使い、戦闘はもっぱら降りてから行うものです。おそらく近世以前には、乗馬戦闘の訓練が十分でない徴募兵や、革命の理想に燃える(でも軍歴はない)志願兵といった騎兵未満の人たちを精一杯活用する兵種だったのでしょう。銃が発明されてからは、騎兵も小銃やカービン銃や拳銃を持ち、一般騎兵も下馬戦闘を強いられることが多くなりました。


 19世紀(1800年代)後半のアメリカはついに開拓者たちが西海岸に達し、ネイティブアメリカンと抗争を繰り返しながら農地や鉱山を利用していきましたが、このころはミニエー銃の普及時期でもありました。前装式ライフル銃ですから、馬上での再装填はできません。こういう銃を主武器とするmounted riflemenは西部の小さな駐屯地に散らばり、交易路や街に危機が迫ると駆けつけて射撃戦をやりました。1861年の南北戦争前後になると、後ろから金属薬莢ごと装填できる後装式ライフル銃が普及してきて、アメリカ騎兵から乗馬歩兵という特別な区分はなくなっていきました。


 戦間期から第2次大戦にかけてのドイツ自転車兵は、自転車で駆けつけて歩兵として戦闘するもので、歩兵師団の偵察中隊として騎兵を補完し、大戦中盤以降はすっかり置き換わりましたが、乗馬歩兵の子孫とみなしていいかもしれません。いずれにしても自動車で兵士を移動させることが普通になると、乗馬歩兵は絶滅しました。


 重騎兵は戦列歩兵に比べれば迅速に移動できました。逆に言うと列をなして陣を組まない歩兵は、騎兵集団に急接近されると簡単に圧倒されるので、険しい地形でない限り陣を組む必要がありました。当初は槍兵が銃兵を守って軍馬をひるませていたものが、歩兵が銃剣をつけて両方を兼ねるようになりました。


 しかし銃の射程や射撃速度が上がって来ると、殺到する騎兵も無事に済まなくなってきました。1854年のバラクラヴァの戦い(クリミア戦争)でカーディガン伯爵が率いた「軽騎兵旅団の突撃」、1870年のマルス=ラ=トゥールの戦い(普仏戦争)での「ブレドウ旅団の襲撃」は、大きな損害を出した騎兵突撃の例として知られています。いずれも損害の大きさが衝撃的であったものの、騎兵突撃はもうダメだという結論には至りませんでした。


 ドイツ軍がポーランド戦のころまで(大戦前に装甲師団への転換は決まっていた)持っていた軽機械化師団は、軽戦車と自動車化歩兵に戦車輸送トレーラーを組み合わせて移動の迅速さを求め、軽機械化師団3個を1個軍団にまとめて投入する構想で、現代版の重騎兵とも言えるものでした。それはドイツ騎兵が「決戦兵科」として正面から敵戦線に襲い掛かり勝敗を決することにこだわった……ということでもありました。


 しかし近現代では、迅速に広範囲から集まってくる軍事リソースはいろいろあります。まず航空機です。通信や電測技術の発達で、(大砲が集まってくるかどうかは場合によるとしても)近隣の砲兵を統一指揮して集中砲火を浴びせることも容易になってきました。それは防御側も同様ですから、「高い攻撃力と機動力を持った車両部隊」が敵の防御を打ち破るために、他の兵種にない価値を持つ……というのは、限定的に有利な状況に限られるでしょう。ですから重騎兵というコンセプトは、戦車部隊の運用に関するいくつかの夢想とともに、もうお蔵入りさせるしかありません。


 さて、最後に残ったのは軽騎兵です。広範囲を高速で機動し、情報を集め、有利な機会があれば襲撃するのは伝統的には騎兵(の一部)が担っていた役目です。「威力偵察と騎兵(後)」にも少し書いたように、まだ連射できない頃のピストルを持った騎兵も注目され「ピストリーア」というカッコいい名称まで生まれたのですが、やはり攻撃力が不安定で、ミニエー銃が出てきたころにはアメリカ軍の中にも「平坦な地形を騎兵が接近しても撃たれて終わりではないか」という意見があったようです。しかしリボルバー拳銃などの助けで、その後しばらくは多くの仕事を抱え、活躍しました。初期の自動車には、馬が当然持っている不整地性能がなかったことも、騎兵の寿命を何十年か延ばしました。


 ちょうど第二次大戦で高速戦車による集団戦が当たり前になったころ、様々な車両の(高速と両立する)不整地性能が向上してきて、軽騎兵の伝統的な任務を車両で果たせる条件が整いました。現代でMBT(主力戦車)と呼ばれるような、速度よりも攻撃力・防御力を優先する戦闘車両が様々な対抗兵器に脅かされつつ生き残る一方、情報を集め、伝える軽武装車両部隊も連綿と進化してきました。12.7mm機関銃を据え付けたウィリス・ジープは、アメリカ軍の偵察部隊がよく装備していた車両ですが、現代の軽機動車両はアフガニスタンやイラクでの教訓を踏まえて、爆発物を投げる襲撃や地雷から乗員を守るために、車両の底を厚く頑丈にしたものが増えています。そのようにして条件変化に適応しながら、「騎兵的な前哨・偵察・哨戒任務」を果たす部隊や機材も第2次大戦を経て、現代まで生き延びて来ていると言えるでしょう。


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