「戦術」と「作戦」の境界
アメリカ統合幕僚本部のサイトに、アメリカ国防総省が統一した軍事用語辞典があります。そこから「作戦」「戦術」に関係する合計4つのことばを抜き出すことから、「戦術」と「作戦」の違いについて考えてみたいと思います。
作戦レベルの戦い:ある戦線か作戦区域で戦略目標が達せられるよう、一連の作戦(campaigns)または主要な作戦が計画され、実行され、維持されるようなレベルの戦い。
作戦:1.共通の目的を持つか、ひとつのテーマに沿った一連の戦術的行動。2.戦略的、作戦的、戦術的な軍事任務、または支援活動、訓練、軍事行政上の軍事任務を果たすか、それらの軍事行動を行うこと。
戦術レベルの戦い:戦術部隊や[ある任務のために一時的に結びついた]任務部隊が果たすよう割り当てられた軍事任務のために、戦いや敵との接触が計画され、実行されるようなレベルの戦い。
戦術:互いに関係する戦力の使用や、それに関連する諸指示。
まず作戦の定義に、「戦略的、作戦的、戦術的な……」という表現があるのが目を引きます。つまりこれは、「部隊のスケールで、作戦かそうでないかが決まるものではないよ」ということですね。作戦には時間の経過があり、敵の行動や、天候・中立国など敵対関係にない相手が起こすイベントもあります。「こう来たらこう来る、こうなったらこう来る、この条件になったら別部隊が呼応する」と幅や深みのある計画が組まれていて、それを実行しているなら、小部隊であってもそれは作戦でありうるということです。
ただし、「作戦」と「戦術」の定義を見ると、「戦略目標が達せられる」という文章が戦術にはありません。つまり作戦のもうひとつの条件は、「戦略目標の一部として意味を持つ何かを追求している」ということです。例えばドイツがレニングラードを取ることには、バルト海に対するソヴィエトの物資輸送路を閉ざす意義、周囲の工業地域が持つ生産力をソヴィエトから奪う意義、共同交戦国フィンランドと容易に行き来ができる意義などがありました。ヴェリキエ・ルーキでモスクワからレニングラードへの線路のひとつを断ち切ることは、その第1の意義を部分的に実現することになります。それを実行するのが1個軍であっても、鉄道爆破を狙う数人のコマンド部隊であったとしても、それは作戦と言えるでしょう。しかし作戦行動は下のレベルに行くほど部分的なものになり、「A地点に前哨を作って敵情を見張れ」といった支援的な命令や、「〇〇村の西側陣地を別命あるまで保持せよ」といった全体との関連が見えにくい命令が現れます。それは戦術的な命令ということになるでしょう。
戦術レベルで解く問題は、似たようなことが何度も起こる類のものです。分隊の機関銃は分隊で一番大事なリソースですから、分隊長か副分隊長が射撃や移動の指示を出せるよう、側にいたほうがいいでしょう。敵から見つかりにくい射撃場所を選び、見つかったらすぐ移動できるよう、時間があれば複数の射撃壕を掘っておいた方がいいでしょう。これら「定石」をたくさん知っていて、ぱっと応用できるのがいい戦術指揮官ということになるでしょう。
指揮下にあるリソースの種類が増えると、組み合わせでやるべきこと・やるべきでないことも覚えねばならず、人に任せる指示の出し方も重要なスキルになります。指揮官として昇進していき、戦略目標の小さな一部を分担していることがはっきりしたら、それが作戦指揮だと言えるでしょう。でも作戦指揮官と戦術指揮官は、やることとしては連続しているようにも思いますね。ほら。現代のコンビニ店長とか飲食店長とか、「夜は来ない人」「土日を嫌がる人」「未成年アルバイト」「日本語がちょっと」といった様々なタイプのスタッフに仕事を振りつつ、全体として店を閉めなくて済むようにしろと期待されるわけですよね。まあ資金繰りは考えなくていい雇われ店長もいるでしょうけど、経営者の視線と手腕に近いものを求められますよね。小さな単位で練習したものを基礎に、次のスキルを身に着けるのは、どんな高い階層に行っても同じでしょう。
これで「戦略」「作戦」「戦術」についての一連のお話を終わりたいと思います。




