威力偵察と騎兵(前)
「騎兵と威力偵察の話」をしようと思うのですが、今回は主に威力偵察の話をします。どうしてもバカっとふたつに割れない話ですので、半端感が残ると思いますがご容赦を。
現代アメリカ陸軍の戦術マニュアルは、最新版とまでは言えませんが、2001年版の「FM 3-90 Tactics」が公開されており、タダでダウンロードできます。理屈っぽい議論をグダグダにする一番簡単な方法は、厳密に定義されていない言葉を使い、「そう言っているのか言っていないのかわからない」状態を作り出すことです。そのためには言葉の定義を緻密に組み立てる必要があるので、米軍さんのご厚意に甘えましょう。
13-23項で、米軍マニュアルは偵察を4種類に分けています。「Route reconnaissance」「Zone reconnaissance」「Area reconnaissance」「Reconnaissance in force (RIF)」です。最後のものが「威力偵察」とよく訳されるもので、今回の本題なのですが、最初の3つを簡単に片づけてしまいましょう。「威力偵察ではない偵察とは何か」ということです。
敵がいるともいないともわからない大地が広がっているとします。まず移動経路の安全確保ですが、「敵が隠れられる場所」の類もリストアップする必要があります。
敵がいる「かもしれない」のであれば、強力な火力を持った車両や部隊、あるいは後方の火力支援部隊が加わります。そしてRoute reconnaissanceはZone reconnaissanceやArea reconnaissanceの中でいくつかの先遣隊がやる仕事……ということになります。Zone reconnaissanceはひとつの地域にあるすべての脅威や障害を見つけること、Area reconnaissanceは街、村といった狭い地域についてそれをすることで、Zone reconnaissanceと同様の戦力が動員されます。ヘリなどの航空戦力も加わります。
これら「威力偵察ではない偵察」では、敵の発見は任務ですが、その排除(clear)は「偵察に従事した部隊の能力の限りで」(13-34項)おこなうこととなっています。また、地形全般の状況報告が不可欠な一部分となっています。つまり飛行機やレーダーで敵を見つけ、分かる限りの情報を得ることも「威力偵察ではない偵察」に含まれるのです。
これに対し、威力偵察は「敵が活動しているとわかっている地域で」「大隊規模またはそれ以上」の部隊が行うもので、その最終的な目的は「敵の弱点を見つけること」(いずれも13-39項)です。攻撃して見ることでしか得られない情報を得るのであり、そのためには実施部隊は「あたかも攻撃任務を持っているように」(13-40項)編成されねばなりません。
威力偵察は一種の攻撃任務ですが、敵の位置、規模、配置を知るとともに、攻撃することで「敵に予備投入、反撃用戦力の動員、火力支援の要請、守備位置の変更、[貴重な]武器システムの投入」(13-42項)をさせること、それによって敵の弱点を評価することが狙いです。
こういうことを「倒してしまってもかまわんのだろう?」という調子でやって勇名をはせたのがクルト・マイヤーということになりますが、少し話を戻しましょう。
米軍マニュアルFM3-90には、威力偵察は「大隊以上の規模」で行うとされていますが、昔は師団や軍団といったスケールの部隊が「威力偵察を命じられた/行った」ことがしばしばありました。例えば1781年7月と言えばアメリカ独立戦争も終盤ですが、イギリスが占領したニューヨークのマンハッタン島への攻め口を探して、ジョージ・ワシントンと(アメリカ独立派を援助にやってきた)フランス政府軍が約4000人を動員して銃撃戦に入り、敵陣のどこが弱いか前線兵士に紛れてワシントンとド・ロシャンボー将軍が見て回りました。結局攻め口が見つからず、ワシントンたちはヨークタウンを先に攻め落とすことにしたのです。このときちょっと歴史の天秤が傾いていたら、空母マンハッタンとかヨークタウン計画とかいったものが生まれたかもしれませんね。ナポレオンがモスクワで負けたとき騎兵と軍馬の多くを失い、逃げ帰ってからなお数年戦ったあいだ、歩兵軍団が自前でできる限りの威力偵察をしたり、偵察不足や未熟な騎兵の誤報告で勝利を失ったりすることがありました。
なぜ威力偵察をする部隊の規模が縮んだかというと、それは通信事情であろうと思っています。威力偵察には判断の委任が含まれます。敵に遭えば報告するのが当然ですが、攻撃するか様子を見るかは返事が間に合わないから任せる……というのが威力偵察(の命令)で、昔は数千数万の部隊でも連絡をつけるのに数日かかったからそういう「命令」がよく出たのだと思うのです。現代ではみんな通信機でつながっているわけですから、上級司令部から小部隊の状況がリアルタイムに見えるのだろうと思います。
威力偵察と言えば騎兵のお仕事というイメージがありますが、ここからは後半のお話とさせていただきます。




