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98:何も隠したくない

 三限目終了のチャイムが鳴り、授業終了の号令が終わるとすぐに、私は教科書類を持って教室を後にした。

 逸る気持ちを抑えながらも、教科書類を持ったまま、私は屋上へと向かった。

 まだ授業が終わって間もないからか、廊下には人気が無かった。

 普段この時間帯だと人気の多い廊下だからか、こうも人気が無いと、なんだか私だけ世界から切り離されたような感覚があった。


 ……沙希や滝原さん達のおかげで、ようやく自分の気持ちを整理することが出来た。

 私を好きだと言ってくれる人。私を気遣ってくれる人。傷付くことを恐れなかった人。

 彼女達の優しさが、今の私に、勇気をくれる。

 今まで、私に味方なんていないと思っていた。

 世界の全てが私の敵で、この世界に存在することすら許されないのだと思っていた。

 でも……違った。

 結局は全て私の思いこみで、こんな私にも、味方はいたんだ。……友達が、出来たんだ。


 もしもこの世界が物語なら、私は一体、どんな役割なのだろう。

 主人公? 悲劇のヒロイン? 主人公の親友? 好敵手? それとも、悪役?

 きっと……どれでも無いのだろう。

 例えどれだけ見た目が変わっていたとしても……私なんて所詮、名前の無いモブでしかないのだろう。

 私の知らないところで、とある二人が実は姉妹だったり、憎み合っていたり、好き合っていたり、失恋していたりする。

 世界に中心なんて無くて、例えどんなに周りと異なっていたとしても、所詮は地球の一部分でしかないのだ。


 だから……もう、自分を卑下する必要なんて無い。

 私も、世界の一部で……皆と同じ、人間だから。

 怖がる必要も、逃げる必要もないんだ。

 自分の好きなように生きても……許されるはずだ。


「すぅ……はぁ……」


 小さく息を吐き、私は屋上への扉を開けた。


「……結城さん」


 屋上に入ってきた私を見て、レイは目を丸くした。

 私はそれに軽く手を振り返し、彼女に向かってゆっくりと歩き出す。


「レイ……お待たせ」

「……待ってなんかいませんよ」


 ふにゃっと微笑みながら言うレイに、私も笑い返す。

 それからゆっくりと振り向き、屋上に隠した予備の眼帯に視線を向ける。

 あれは……今は、いらない。

 私は一旦それを見なかったことにして、改めて、レイと向き直る。


「レイ……私、あれから色々考えたの」

「……はい」


 私の言葉に、レイは小さく答えた。

 どこか不安そうに、両手の指を擦り合わせ、ゆっくりと絡めていく。

 その様子を眺めつつ、私は続けた。


「レイは……ずっと隠していたことを、私に話してくれた。過去のこととか、自分のことを全て、曝け出してくれた」

「そんな……私はただ……」

「だから……最初は、レイの気持ちに応えられる自信が無くて……逃げたいって、思ってしまった」


 私の言葉に、レイはビクッと肩を震わせ、口を噤んで私を見つめた。

 それに、私は眼帯の紐に指を引っ掛けて、続けた。


「でもそれはッ……! 私もッ……レイに隠し事をしていたから……ッ!」

「ゆ、結城さん!? 何をッ……!?」

「レイが私に全部話してくれたようにッ……! 私もッ! もうッ! レイに何も隠したくないッ!」


 昂る気持ちに任せて、私は、眼帯の紐を耳から外した。

 そして、そのまま勢いよく、引き千切るようにもう片方の耳からも眼帯の紐を外す。

 冷や汗が頬を伝い、心臓が激しい音を立てる。

 体が硬直し、眼帯を外した体勢から動けない。


「……結城……さん……」


 レイの……震えた声がする。

 ……あぁ……やっぱり……嫌われたかな……。

 彼女から拒絶される光景が脳裏を過り、私の心臓を鷲掴みにする。

 でも……好きな人に隠し事をし続けるよりは……マシか……。

 私は眼帯を握り締め、ゆっくりと顔を上げて、彼女に顔を見せた。


「だから、私も……レイの気持ちに……応えたい……」


 もう……隠し事はしたくないんです、と。

 締め上げられるような痛みを感じる喉から声を振り絞り、私は続けた。

 そんな私の言葉に、レイは答えない。

 私の左目を見つめたまま、固まっていた。


 ……いや……少し違うな……。

 左目を見て、固まっているんじゃない。


 左目があった場所を見て……固まっているんだ。


 だって、そこに……目が無いのだから。


「……気持ち悪い……ですよね……?」

「……」

「眼球……無いんです。色々あって……どこから話せばいいか……」


 一体どこから説明すれば良いのか分からず、思考を巡らせて言葉を探す。

 その間にも、体中から嫌な汗が噴き出し、私の心を揺さぶっていく。

 あぁ、ダメだ……。

 どんなに覚悟を決めても、いざ眼帯を外してみると、やっぱりダメだ。

 呼吸がどんどん浅くなって、過呼吸になっていく。

 鼓動の音もだんだん激しくなっていって、頭の中が真っ白になっていく。

 もう……ダメ……。


「気持ち悪くなんて無いですよ」


 真っ白になった頭の中に……そんな声が響いた。

 咄嗟に顔を上げると、レイが、私の顔に手を伸ばしているのが見えた。

 彼女は私の左目の部分に、ソッと触れた。


「ごめんなさい。結城さんが、私に見せてくれたことが、嬉しくて……フリーズしちゃってました」

「……嬉しい……?」


 咄嗟に聞き返すと、レイは笑顔で頷き「はいっ」と答えた。


「結城さんが……私を信じてくれたんだって思うと……すごく、嬉しくて……」

「……でも……こんな目……変だし……」

「それでも、結城さんの一部であることに変わりはないじゃないですか」


 そう言いながら、レイは私の左目部分を優しく撫でる。

 感触は無いけど……彼女の優しさが、伝わってくるような感じがした。

 何も言えずに立ち尽くしていると、彼女は私の目を見て、優しく微笑んだ。


「好きな人の一部を……嫌いになるわけないです」


 その言葉に、私は右目に涙が浮かぶのを感じた。

 視界が霞む中、私はその涙を拭うこともせず、声を出して泣いた。


 ずっと、言われたかった言葉だった。

 ずっと、認めて欲しいことだった。

 ずっと……望んでいた瞬間だった。


 それから私は、昼休憩が終わるその時まで、子供のように声を上げて泣きじゃくった。

 レイはそんな私に寄り添って、私が泣き止むのを待ってくれていた。

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