97:止まらなかったんだ
沙希のおかげで、気持ちに大分余裕が出来た。
先程よりも思考に余裕が出来て、冷静に考えることが出来るようになった。
けど……やはり悩んでしまう。
沙希は自分のやりたいことをやれば良いと言っていたが、今までずっと自分の感情を押し殺して生きてきたから、いざ好きなようにやってみれば良いと言われると迷ってしまう。
レイのことは好きだ。
彼女の本性を知り、彼女についての過去を知った今でも、それは変わらない。
沙希の言うとおり、私は自分のことを卑下し過ぎていた節がある。
幸せに出来ないとか、私なんかで良いのかとか、そんな後ろ向きな思考はこの際捨てる。
問題は……ただ、レイの気持ちに応えるだけで良いのかということ。
「……隠し事……かぁ……」
「隠し事がどうかしたの?」
一人呟いた時、滝原さんが私の顔を覗き込みながら声を掛けてきた。
突然のことに、私は「うわッ!?」と声を上げて驚く。
慌てて顔を上げるとそこには、滝原さんと黒澤さんがいた。
「ふ、二人ともいつの間に……」
「ついさっき。……なんかすごく思い悩んでいたみたいだけど……何かあったの?」
滝原さんに聞かれ、私は言葉に詰まる。
何か答えなければ……でも、どう説明すればいいのか分からない。
しばらく考えて、私は慌てて口を開いた。
「ふ、二人こそどうしたの? そんな揃い踏みで……何か用事?」
「あー……次の授業移動教室じゃん? 如月さんも有栖川さんもいないし、一緒行くかなーって思って」
当たり前のように言う滝原さんの言葉に、私はしばし思考する。
別に二人がいなくても私一人で行けるけど……。
そこまで考えて、ハッと気付く。
そういえば、女子ってよく友達連れてトイレ行ったりするっけ……。
私が一人に慣れ過ぎているだけで、普通の女子はあまり一人で行動しないものだ。
むしろ、これは二人なりの優しさなのかもしれない。
「ありがとう。すぐ準備するね」
だから、その私はその優しさに甘えることにした。
すぐに立ち上がり、次の授業の準備をする。
教科書を出していた時、ふと気になったことがあった。
「そういえば、さk……如月さんと、有栖川さんがいないって……二人はどうしたの?」
「如月さんは先生に呼ばれて職員室……で、有栖川さんはトイレ行ってから行くって」
「なるほど……如月さんと一緒じゃなくて寂しいんじゃないの?」
「何言ってんの」
冗談めかして言ってみせると、滝原さんは笑いながら言った。
隠すのが上手いなぁと思っていた時だった。
「梓沙、この前如月さんに告ってフられたんだよ」
とんでもない場所から核爆弾が落とされた。
「ちっ、ちょっと千里!?」
「ごめん、前に結城さんに話しちゃったから……隠す必要も無いかなって」
涼しい顔で言う黒澤さんに、滝原さんは顔を真っ赤にしながら口をパクパクさせる。
思いのほかあっさりバラした黒澤さんに困惑していると、滝原さんは小さくため息をついた。
「まぁ良いよ、結城さんなら。……言いふらさないだろうし」
そもそも言いふらす相手がいないんだよ。
「……告白……って、いつの間に」
「宿泊研修の後に、告白した。……フられちゃったけど」
恥ずかしそうにはにかみながら言う滝原さんに、私は面食らってしまう。
好きな人に告白してフられるって……相当ダメージが大きいと思うのに。
告白された沙希はともかく、告白した滝原さんも平然と過ごしていたこともあり、かなり驚いてしまった。
「好きな人がいる、だってさ。誰なんだろ……羨ましいなぁ」
小さく笑いながら言う滝原さんに、教科書を揃える手が止まりそうになる。
しかし、すぐに私は教科書を持ち、トントンと音を立てて揃えた。
それから筆箱を持ち、立ち上がる。
「でもさ……滝原さんは凄いね。……告白できるなんて」
「ん? そうかな?」
「うん。だってさ……女の子同士って、普通のことじゃないでしょ? 変に思われるとか、嫌われるとか、考えなかったの?」
聞きながらも、心の中では、考えなかったんだろうなぁと思った。
相手はあの沙希だし、私のことを抜きにしても、なんだかんだ同性愛とかは気にし無さそう。
滝原さんって割と楽観的そうだし、気にしなさそうだなぁ……なんて……。
「……思ったよ」
短く……滝原さんは言った。
彼女の言葉に、私は「えっ?」と聞き返しながら、顔を上げる。
「……思わないわけないじゃん」
聞き返した私に対し、滝原さんは笑いながらそう続けた。
それに、私はポカンとしたまま固まってしまう。
恐らく、今の私は、かなり間抜けな表情をしていることだろう。
口を開けて固まっている間に、滝原さんは明るく笑いながら続けた。
「だってさ、考えてもみなよ。女同士だよ? 如月さんがどんなに良い人でも……流石に引かれるって思ったね」
「……じゃあ、なんで……」
「それでも……好きって気持ちが止まらなかったんだ」
どこか遠くを見つめながら、滝原さんは言った。
そんな理由で……告白したのか。
単純で、原始的で、どこか脳筋のような考え方。
それでも……ウジウジ考えて、前に進めないでいる私からすれば、その単純さが羨ましく感じた。
「まぁ、嫌われたら嫌われたで、仕方ないしねっ! まー私には千里がいるし!」
「……失恋した誰かさんを慰めるハメになるこっちの身にもなってほしかった」
「ご迷惑をおかけしました」
冗談めかした口調で言う滝原さんに、黒澤さんは大きく溜息をついた。
……一人じゃない……か。
昔はともかく……今の私は、一人じゃない。
「……ありがとう、二人共」
教科書類を胸に抱きながら、私はそう呟いた。
すると、二人はキョトンとした表情で私を見た。
「急にどうしたの? ってか、私達何かした?」
「……ううんっ! 何でも無いっ!」
不思議そうに尋ねて来る滝原さんに、私はそう答えた。
……今の私には、友達がいる。
傷付いても、支えてくれる人達がいる。
だったら……当たって砕けてみても、良いのかもしれない。
真正面から向き合ってくれた、最愛の人に……応えてみても良いのかもしれない。
……レイが全てを話してくれたように……私も、隠すのはもう……やめよう。




