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95:色々あって

<結城神奈視点>


「その後は、結城さんもご存知の通りです。結城さんにここにきて欲しくて、記憶が無いことを理由に……その記憶を取り戻すことを口実に、貴方にここに通って欲しくて、嘘をつきました。記憶が無い、純真無垢なレイを演じて……貴方を騙しました。本当に、ごめんなさい」

「……」

「でも……貴方を好きという気持ちに、偽りはありません。私のことは信じられなくても……それだけは、信じて下さい」

「……」

「……これが、私の全てです」


 冷淡な声で、レイは言いきった。

 彼女の言葉に、私は呆然と立ち尽くした。

 これが……目の前にいる少女の全て。

 自分の恋心を否定され、世界に絶望し身を投げた……雨宮怜という人間の半生。


「……幻滅しました?」


 その言葉に、私はハッと顔を上げた。

 するとそこには……泣きそうな笑顔で私を見つめる、レイの姿があった。


「……幻滅……しましたよね」


 自問自答するように、彼女は続ける。

 その言葉に、私は言葉に詰まる。

 レイの話を聞いて……私は、どう思ったのだろう。


 幻滅した? ガッカリした? 落胆した? 悲観した?

 私は彼女の過去を聞いて……どう思ったんだろう?


「……分からない……」


 小さく、私は呟いた。

 その声に、レイは目を丸く見開いた。

 私は顔を上げて、続けた。


「ごめん……なさい……頭の中がグチャグチャで……よく分からなくて……」

「……いえ……大丈夫、ですよ」


 レイの言葉に、私はクッと唇を噛みしめた。

 ……情けない。

 折角意を決して全てを話してくれたというのに、いざ彼女の話を聞いてみると、どうすればいいのか分からなくなってしまう。

 レイにとって、過去を話すことはとても辛かったことだと思う。凄く、覚悟がいることだったと思う。

 それなのに……いや、だからこそ……私はどうすればいいのか分からないんだ。


「……時間を……下さい……」


 小さく、私は続けた。

 声が……拳が……震えていた。

 私はゆっくりと顔を上げて、続けた。


「考える時間が……欲しいんです。だからッ……」


 そこまで言って、私は声に詰まる。

 なぜなら……レイの顔が、悲痛に歪んでいたからだ。

 彼女は今にも泣き出してしまいそうな表情で、ジッと私を見つめていた。

 そこで、私はハッと気付く。


 あぁ、そうか……。

 荻原先輩は昔、同じことを言って……レイを……。


「……」


 私は無言で鞄を地面に下ろし、中から予備の眼帯を取り出す。

 布の眼帯や、使い捨ての眼帯が入った箱。

 それらを全てレジ袋の中に入れ、屋上の目立たない場所に置いた。


「……結城さん……?」

「この中には……私の予備の眼帯が、全て入っています」


 言いながら、私は立ち上がり、レイに顔を向ける。

 すると、彼女は目を丸くして、私を見つめた。

 だから私は、彼女を真っ直ぐ見つめ返し、続けた。


「眼帯は、私にとって命と同じくらい大切なものです。これが無いと……生きていけないと言っても、過言ではありません」


 早口で告げる私の言葉に、レイは目を真ん丸にしたまま私を見つめた。

 彼女の様子に、私は一度スマホで時間を確認してから、続けた。


「そりゃあ、家に帰れば予備は他にもありますけど……今日の授業はまだ半分以上残っています。私には、予備の眼帯が無い状態で半日以上過ごせる余裕なんてありません」


 自分で言って、何だか虚しくなる。

 けど、全て事実だ。

 眼帯は私の生命線で、予備が無い状態で半日過ごすなんて、死刑宣告も良いところだ。

 宿泊研修で予備の眼帯を無くした時は、バスで学校に帰った後そのままの状態で眼帯を買いにドラッグストアに駆け込んだ程だ。

 でも、今は……。


「だから……絶対に、眼帯を取りに、ここに戻って来ます。それまで……待っていて下さい」


 私の言葉に、レイは少し目を伏せた後で、静かに頷いた。

 彼女の反応に、私は鞄を肩に掛け直し、屋上を後にした。

 さて……私が眼帯の予備無しで耐えられる時間は、宿泊研修の時を考えるに二、三時間程度。

 それまでに、自分の思考を纏めなければならない。


「……こういう時ばかり頼るのも申し訳ないけど……」


 小さく呟きながら、私は教室の扉の前に立ち、中を見た。

 どうやら今は自習時間らしく、各々で課題を解いているみたいだった。

 と言っても、友達と固まって教え合っている人が大半で、如月さんも例外ではなかった。

 彼女は、宿泊研修の時の私以外のメンバーと一緒に解いているみたいだった。


 ……ひとまず、如月さんに話をしてみよう。

 彼女ならきっと……何か、良いヒントをくれるだろう。

 そう判断した私は、教室の扉をゆっくりと開けた。


「……あっ、神奈ちゃんだっ!」


 私が入ってきたのを見て、真っ先に反応したのは薫だった。

 彼女の声に、如月さんもこちらに振り向き、「おっ」といった感じの表情になった。


「結城さんおかえり。……遅かったね」

「うん。……色々あって」


 私の言葉に、如月さんの目の色が、若干変わった気がした。

 さっきの言葉だけで、私の言いたいことを大体察したのだろうか。

 流石は如月さん……とでも、言えば良いのかな。


「……これ、結城さんの課題プリント。遅れてきたんだし、私が教えてあげるよ」


 そう言いながら、如月さんは私に白紙のプリントを差し出してきた。

 咄嗟に受け取ると、彼女は自分のプリントを持って立ち上がり、空いている方の手で私の背中を押した。


「じゃあ、私は結城さんにマンツーマン授業をしてくるから、皆は続けてて良いよ。分からない場所があったら後で聞いて」


 そう言いながら、如月さんは私を促して、私の席の方に行く。

 教室の隅の方の私の席の周りには人気が無く……内緒話をするには持ってこいの状況だった。

 如月さんは私の前の席から椅子を拝借し、机に自分のプリントを置いた。


「とりあえず、私のプリント写して良いから……何があったのか教えて?」


 如月さんの言葉に、私は頷いてペンを持ち、しばし考える。

 さて……何から話そうか……。

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