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92:忘れないで 雨宮怜視点

 翌朝、私はいつもより早く、学校を出た。

 春の爽やかなそよ風が吹き抜ける町を、私はのんびり歩いて行く。

 今日は、私が死ぬ日。

 こんな腐った世界とも、もうおさらばだ。

 そう考えると、いつもの通学路も、何だかいつもより晴れやかに見えた。


 最初は自宅で死のうかと思ったけど、澪ちゃんとのプリクラを見て気が変わった。

 どうせ死ぬなら、いっそ……大きな騒ぎを起こしてやろう、と。

 澪ちゃんの心に、一生消えない傷を刻み込む。

 私を裏切っておきながら幸せになるなんて、許さない。

 せめて、私の存在を、一生忘れられないくらい深く刻み付けてやる。


 学校に着いた私は、すぐに屋上に上がった。

 昔……もう、ずっと昔のことのように感じる、数ヶ月前。

 この場所で、澪ちゃんがクラスの男子に告白されているのを見かけて、彼女への恋心を自覚した。

 許されないことだと知りながら、私は彼女を欲し……告白し、裏切られた。


 ……別に、告白を承諾して欲しいなんて気持ちは無かった。

 ただ、私の気持ちを知って欲しかった。

 彼女への気持ちが大きくなり過ぎて、抑え切れなかった。

 私の気持ちを知っても……澪ちゃんなら、また友達でいてくれると思っていたから。


「……馬鹿みたい」


 小さく笑いながら、私は、屋上の柵に背中を預ける。

 柵を乗り越えるのは、思いのほか簡単だった。

 金網に足を掛けて、足で体重を支えながら、網目を手で掴むことでバランスを支える。

 思いのほかあっさり柵を乗り越えることが出来て、少し拍子抜けしてしまった程だ。

 柵を超えると、十センチ程の幅の縁しか存在しておらず、柵を掴んでないとすぐに落ちてしまいそうだった。

 私は後ろ手に金網を掴みつつ、ぼんやりと遠くを眺めていた。


 別に……今すぐ落ちてしまっても、私としては構わない。

 これから死ぬことに変わりはしないのだから。

 でも、そんな勿体ないことはしない。

 澪ちゃんが来るその時まで、私はここで待つ。


 人目を集めても構わない。どんなに注目されても知ったことじゃない。

 だって、もうすぐ死ぬのだから。

 周りからどう思われようと、もう関係の無いことだ。


「怜ッ!?」


 周りに人が増えてきて、いよいよ自殺の邪魔になるのではないかと思い始めた頃だった。

 誰かが、私の名前を呼んだ。

 顔を上げて声の主を見つけた私は、自分の顔が綻ぶのを感じた。


「……澪ちゃん……」

「怜ッ! 何してるのッ!? 馬鹿な真似は止めてッ!」


 必死な声で叫ぶ澪ちゃんに、私は小さく息をつき……柵から手を離して、地面を蹴った。

 体が大きく前に倒れ、重力に従って、静かに落下していく。

 澪ちゃん、見ていて。私、今から貴方のせいで死ぬんだよ。

 だから、この光景を忘れないで。

 その網膜に焼き付けて。

 脳髄に叩きこんで。

 今から起こる出来事、全てを。


 夢を見る度に思い出してうなされて。

 目を覚ましてからも、罪悪感に何度も蝕まれて。

 記憶の中にしか存在しない私に、何回も謝って。

 許されない罪を、許されないと知りながら、何度も懺悔して。

 ねぇ、澪ちゃん。

 私を……――


「――……忘れないで」


 掠れた声で、私はそう呟いた。

 刹那、私の体は地面に叩きつけられる。

 目の前が真っ暗になって、何も見えなくなる。

 今頃、私の体は見るも無残に拉げているのだろう。

 視界が真っ暗闇で何も見えないし、体の感覚も無いから、どうなっているのかサッパリ分からないだけど。


 あぁ、息が浅くなっていく。意識が遠退いて、何も考えられなくなっていく。

 何も見えなくなって、何も聞こえなくなって、何も匂わなくなって、何も味がしなくなって、何も感じなくなっていく。

 どんどん、体が冷たくなっていく。命が遠ざかり……死が近付いて来る。

 コツ……コツ……と、足音を立てて、死がもうすぐ間近にやって来るのを感じる。


 あぁ、私、死ぬんだ。

 何も感じない……五感の消えた世界で、そんな風に感じる。

 結局、私の人生って何だったんだろう。

 色々な人から疎まれて、蔑まれて、嘲られる日々。

 誰からも愛されない……独りぼっちの世界。

 一瞬差した光ですら、私を捨てて消えていった。


 こんな世界、もう懲り懲りだ。

 終わるなら、早くしてくれ。

 私はもう死にたいんだ。

 さぁ、早く終わってくれ。

 今すぐ。さぁ、早くッ!


「怜ッ……」


 まさに、意識が消える寸前だった。

 命が途絶え、息絶える直前。

 死神が鎌を振り上げ、私の首を切り落とそうと、鎌を振り下ろそうとしたまさにその時。

 ……声がした。

 鼓膜を震わすその声に、ほんの一瞬、視界が明るくなる。


「怜ッ……目を覚ましてよッ……怜ッ……!」


 涙で濡れたような懇願の声に、私は眼球だけを動かして、その声の主を探す。

 そして……目を見開いた。


 なんでお前が……そんな顔をするんだ……ッ!

 そんな顔をされたら、生きたいと願ってしまうじゃないか。

 こんなことしなければ良かったって……思ってしまうじゃないかッ!


「……ごめんなさい」


 涙で濡れたその言葉を聞いた瞬間、私の意識は途絶えた。

 きっと、この瞬間が……私の最期の瞬間だったと思う。


 私が最期に見たものは……澪ちゃんの泣き顔でした。

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