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91:そんなことだったんだ 雨宮怜視点

 澪ちゃんに拒絶されたあの日から、半年以上が経過した。

 あれから特に進展も無く、相も変わらず私はクラスで孤立していた。

 とは言え、慣れとは恐ろしいもので、現状を苦痛だと思わない自分がいた。

 最早、諦めの境地に達していたのかもしれない。

 感情は死に、空虚な日々を消費するだけの毎日。

 自分が生きているのか死んでいるのかも分からないような、曖昧な感覚の中に、私はいた。


 明日は修了式。

 ひとまず、明日さえ乗り切れば、クラスは変わる。

 クラスが変われば、少しは今の状況も好転……するわけないか。

 私の噂は他のクラスにも及んでいるみたいだし、これからも、現状が変わることなど無いだろう。

 とはいえ、ようやく一年経つのだ。そのことを喜ぶべきだろう。

 それに、クラス替えで澪ちゃんと違うクラスになれるかもしれない。

 あの出来事以来、彼女の顔を見るのも辛かったので、クラス替えはある意味好機かもしれない。


 それにしても……と、私は窓の外を眺める。

 天気予報では一日中晴れだと聞いていたのに、六時間目の途中から土砂降りの雨が降ってきた。

 これでは家に帰れない。

 強引に帰るにしても、この雨の中では無謀だと思う。


 ……保健室にでも行こうかな。

 あれ以来、何かと宇佐美先生や相良先生と話す機会が増え、二人とはすっかり仲良くなっていた。

 仲良くなったと言っても、結局は教師と生徒の関係でしかないが……それでも、今の私にとっては充分だった。

 二人の存在が、私の人生を、完全な暗闇にしないでくれる。

 真っ暗な漆黒の闇の中に、まるで一筋の光を差し込んでくれているような、そんな感覚になる。

 二人がいれば、私の人生には、まだ色が残っているような感じがした。


「……よしっ」


 小さく呟き、私は保健室に向かって歩き出した。

 もう何回も歩いて来た道筋。

 周りを歩く生徒達の嘲笑を他所に、私は、保健室の前に立った。

 そして、扉を開いた。


「……えっ……?」


 扉を開いた私は、その体勢のままで、固まった。

 そこでは……宇佐美先生と相良先生が、交わっていた。

 体を密着させ、啄むように何度も唇を触れさせる行為。

 ……キスだ。

 二人が、キスをしていたのだ。


「ぷはっ……あ、雨宮さん? なんでここに……」


 相良先生から顔を離し、宇佐美先生は慌てた様子でそう呟く。

 彼女の言葉に、私は答えられない。

 その場に立ち尽くしたまま、呆然と二人を見つめていた。


 ……女同士は……異常なんじゃないの……?

 だから、私はクラスメイトから迫害されて……こうして孤立しているんじゃないの?

 それなのに、今、二人はキスをしていた。

 キスをしていたということは、恋人同士であるということ。

 ……私と同じ、同性愛者であるということ。


「……二人はどうして……お互いに愛し合えるんですか……?」


 咄嗟に口から出たのは、そんな言葉だった。

 口にした瞬間、徐々に、血の気が引いて行くような感覚がした。

 世界から……色が消えていく。


 なんで、二人は愛し合えるの?

 それは、二人がお互いのことを愛しているから。

 同性なんて関係無く、互いのことを心の底から愛しているから。

 それなら、じゃあ……なんで私の恋は、許されないの?

 こうして、同じ学校にすら同性愛者はいるというのに。

 女同士で愛し合っている人達が、存在しているというのに。

 そもそも……――


「――恋って……何なんですか?」


 そう呟いた声は、自分でも驚く程に冷ややかなものだった。

 私の言葉に、二人は困惑したような表情で固まった。

 ……あぁ、そっか……。

 二人の恋が許されているんじゃない。


 私の恋が……許されないだけだ。


「……ごめんなさい、邪魔して。……もう帰りますね」


 私はそう謝り、二人に背を向けて、保健室を後にした。

 それからどうやって家に帰ったのか、記憶が曖昧だった。

 気付いた時には、自室のベッドの上に倒れ込み、ぼんやりと虚空を眺めていた。


 ……今まで、同性愛が異常なんだと思っていた。

 親友を好きになることは許されないことで……だからイジメを受けているんだと思っていた。

 だけど、違った。本当は……私の存在が、許されなかったんだ。

 中学生の頃にイジメを受けていた頃から、ずっと……私の存在が、異端だったのだ。

 だから、迫害されてきた。ただ、それだけのこと。


「……あぁ、なんだ……そんなことだったんだ……」


 暗い部屋の中で天井を見上げながら、私は掠れた声で言葉を紡ぐ。

 目にじんわりと涙が滲んで、一度瞬きをすると、眼尻から流れていく。

 私はそのまま目を瞑り、小さく笑った。


「私は……人を好きになったら、いけないんだ……」


 誰もいない暗闇の中に、私はそう投げかける。

 どうやら、私の存在が許されないものみたいです。

 誰かを好きになることすら、許されないらしいです。


 だったら、もう……こんな世界で生きていたくなどない。

 他の人が当たり前に出来ることすら許されない世界でなど、生きたくない。

 このまま生き続けても……苦しいだけだ。


 私は無言で体を起こし、ぼんやりと、薄暗い部屋の中を見渡した。

 机の上のペン立ての中に、カッターナイフが入っているのが見える。

 あれで手首を刺したら死ねるかな? かなり深く刺さないといけないらしいけど、刺したら死ねるかな?

 あぁいや、それよりももっと、確実に死ねる方法が良い。

 例えば……首吊りとか。

 この家にロープとかあったかな。首を吊るせれば、代わりになるものでも良いんだけど。


 フラフラと立ち上がった私は、ロープを探すために、ゆっくりと歩き出す。

 例えば……服を切って、結んで、ロープ代わりにするとか。

 一人で色々と考えながら、手近にあった机の上をチラッと見た時だった。


「ッ……」


 机の上に乗せたデスクマット。

 そこに挟んである……澪ちゃんとのプリクラ。

 薄暗い中でも、それは……それだけは、私の目にハッキリと映った。


 今ではもう遠い、過去の話。

 短い間だったけど、あの頃は楽しかった。


 ねぇ、澪ちゃん。

 拒絶するなら……なんで私に、優しくしたの?

 貴方のせいで、私は弱くなった。

 貴方のせいで、私は今、こんなに辛いの。

 こんな状況になっても、未だに貴方のことを恨めない私がいるの。

 だって、例え嘘だったとしても、貴方が私に光をくれたことは事実だから。


 貴方がいたから、私は光を知ることが出来た。

 今まで白黒だった世界が、貴方の手によって彩られていくのを感じたんです。

 どれだけ恨みたくても、貴方がくれた幸せが邪魔をする。

 どれだけ嫌いになりたくても、貴方の笑顔がそれを拒む。


 私はデスクマットからそのプリクラを抜き取り、ソッと胸に抱く。

 澪ちゃん。

 今でもまだ……私は、貴方のことが好きだよ。

 でも……もう、限界なんだ。

 貴方を想うことすら、この世界では許されないから。


 だから……ごめんなさい。

 私はもう、死にます。

 でも、せめて最期は……貴方の永遠になりたいから。

 せめて最期に、貴方の心にしがみついてやる。

 楽になんてさせない。私が死んでからもずっと、私のことを考え続ければ良い。

 その命が尽きるその瞬間まで、私のことを悔やみ続ければ良い。


 その時のことを考えると……口元に、笑みが零れた。

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