表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/124

89:考えられないよね 雨宮怜視点

 翌日から、二学期は始まった。

 あっという間だった夏休みは、終わってみるとなんだか呆気なく感じ、少し物寂しさがあった。

 これからまた学校が始まると思うと、なんだか少し億劫になる。

 けど、私の足が重い理由は、それだけではなかった。


 昨日、夏祭りや花火の影響でテンションが上がり、その勢いで澪ちゃんに告白をしてしまった。

 澪ちゃんは告白の答えは待って欲しいと言っていたが……告白の返事が出るまでは、ぎこちない感じになってしまう気がする。


 だけど、きっと大丈夫。

 例えダメだったとしても、普通の友達には戻れるはずだから。

 せめて、告白の結果が出るまでの我慢だ。

 大丈夫、大丈夫。


「……よしっ」


 小さく呟き、私は教室の扉に手を掛けた。

 そして、ガラッと音を立てて、私は扉を開いた。


 しぃん……。


 先程までの喧騒が一転。

 まるで時間が止まってしまったかのように、教室の中が静かになる。

 一気に皆の視線が集まり、私の姿を捉える。


 え……何……?

 教室の扉を開けた体勢のまま、その場で固まる。

 何だろう……この雰囲気……。

 まるで……中学生の頃のような……。


「ッ……!」


 おぞましい考えが脳裏に過り、私の心臓が竦み上がる。

 な、何を考えているんだ……。

 あの頃とは違う。私には、澪ちゃんが付いているんだ。

 大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫……。

 何度も頭の中でその単語を反芻させながら、私は鞄を肩に掛け直し、教室の扉を閉めて一歩踏み出す。


 一歩ずつ前に歩く度に、心臓の音が速まっていく。

 嫌な汗が噴き出し、私の焦燥を駆り立てる。

 この嫌な予感に、根拠なんて無い。

 だけど……三年間イジメを受けてきた私の直感が、脳髄にその事実を何度も叩きつけて来る。

 『大丈夫』じゃない、と……警告を鳴らしてくる。


「……今でもさ、そういう目で見てるってことでしょ?」


 微かに聞こえてきた陰口に、私の足は止まった。

 頭を鈍器で殴られたような衝撃が、私を襲う。

 グラリと意識が眩み、今すぐにでもその場に倒れそうになる。

 その間にも、少しずつ、教室の喧騒が……戻っていく……。


「やっぱそういうことなのかなぁ」

「絶対そうだって」

「汗の匂いで興奮してたりして」

「うわ、ヤッバ」

「キモイというか、最早怖いよね」


 どこか声を潜めていて、私には聞こえないようにと良く分からない配慮をした声。

 だけど、私の耳は、嫌でもその声を拾ってしまう。

 どんなに耳を塞ぎたくても、聞き入ってしまう。


「大体さ、あり得ないでしょ」


 そんな中で、私は一つの声を聞き取る。

 これだけは……この声だけは聞いてはいけない。

 頭の中のどこかで、そんな警告が鳴る。

 だけど……気付けば私は、その声に耳を澄ました。

 耳を……澄ましてしまった。


「考えられないよね~。女同士なんて」


 ケラケラと笑いながら、誰かが言う。

 その言葉に、ずっと私の胸中を支配していた不安が的中したことを知る。

 だけど……皆がこのことを知っているということは……それを話した人がいるということ。

 私は、誰かに恋愛相談なんてしていない。したことなどない。

 私の澪ちゃんへの想いを知っている人は……一人だけじゃないか……ッ!


「そ、そうだね」


 先程の声に、誰かが答える。

 その声の主に、私は視線を向けた。

 体ごと、その人に向かって振り向く。


「……澪ちゃん……」


 そう呟いた声は……酷く掠れていた。

 喉が痛い。目の奥が熱くて……胸が痛い。

 私の声が届いたのか否か……彼女はこちらに振り向く。

 視線だけで、まるで流し見するように、私を見る。

 そして、すぐに……視線を逸らす。

 まるで、見なかったことにするかのように……私の存在を、無かったことにするかのように。


 あぁ……そっか……。

 私にとって澪ちゃんは、私の人生を変えてくれた最愛の人だ。

 だけど、澪ちゃんにとっては……一人のクラスメイトでしか無かったんだ。

 あぁ、いや、もう……クラスメイトですらないか。

 彼女にとっては、私なんて、いらない存在なんだ。

 女なのに、女を好きになってしまった、異常者なんだ。

 もう、クラスメイトですらない。関わり合いにもなりたくない……邪魔者でしかないんだ。


「……うッ……」


 目の前が眩み、腹の奥から何かが込み上げてくる。

 私は口元に手を当てて、すぐに教室を後にした。

 人の波を掻き分けて、すぐに近くの女子トイレに駆け込む。

 その一番奥の個室に入り、洋式便器の中に……込み上げてきたそれを、吐き出した。


「おぉぇッ……ぇぉッ……おぇッ……」


 醜い声を漏らしながら、私は全てを中に吐き出す。

 ビチャビチャと汚い音を立てながら、今日の朝食が吐瀉物となり流れていく。

 澪ちゃんとの思い出も、記憶も……彼女への気持ちも……。

 何もかも流れて、消えていけばいいのに。


「おえぇッ……うぶッ……ぇぉッ……けほッ……」


 いつしか胃の中は空っぽになり、口からは胃酸しか出てこなくなる。

 吐くものなんて無いくせに……空っぽのくせに……私の胸の中は、虚無になってくれやしない。


「けほッ……はぁ……はぁ……おぇッ……」


 涙が込み上げてくる。

 私はその場にへたり込み、肩で息をしながら、床を見つめる。

 ……これからどうすればいいんだろう……。

 教室に戻っても、陰口を叩かれるだけ。

 澪ちゃんのあんな視線……二度と向けられたくない。

 でも、じゃあ、どうすれないいのかな。

 私は……どこに行けばいいのかな……。


「教えてよ……みおちゃん……」


 小さく呟いたその声は、誰かに届くことなく……流れていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ