88:いつまでも待ってるから 雨宮怜視点
「……あっ」
ふと視線を向けると、その本人と目が合ってしまった。
澪ちゃんは私を見て、少しだけ目を丸くした。
けど、すぐにその表情を緩めて、優しく微笑む。
花火のせいだろうか。彼女の顔が、赤くなっているように見える。
「み……澪ちゃん……」
そう呟いた声は、花火の音にかき消される。
トクン、トクン……と、心臓が高鳴る。
「……澪ちゃん……」
もう一度、彼女の名前を呼ぶ。
今度は声が届いたのか、彼女は微笑んだまま首を傾げて、「何?」と聞き返してくる。
それに、私は次の言葉を続けることが出来ない。
……好き。
そんな言葉が、今にも口から零れそうになってしまう。
油断したら、今にでも言ってしまいそうになる。
何か……別の言葉を……。
『本日の花火大会は終了致しました』
その時、そんなアナウンスが私の耳を突いた。
ハッと我に返るのと同時に、周りにいたお客さんが、そそくさと立ち上がりそれぞれその場を離れ始める。
呆然としていると、澪ちゃんもゆっくりと立ち上がった。
「さて、と……花火も終わったし、そろそろ行こうか」
「え、ぁ……」
澪ちゃんの言葉に、私は咄嗟に答えられない。
言葉に詰まっている間に、彼女は私のハンカチを拾い、丁寧に折り畳む。
「ハンカチありがとね。持って帰って、洗濯して……明日返すから」
「あ、うん……えと……」
「花火凄かったねぇ~。来年の花火大会も楽しみだねっ」
妙に明るい声で言う澪ちゃんに、私は右手を強く握り締める。
……これで……良いの……?
本当に……このままでいいの……?
友達のままで、満足できるの?
できないよ。
「澪ちゃんッ!」
私はその場に立ち止まり、澪ちゃんを呼び止める。
すると、彼女の体はピクッと震え、ゆっくりとこちらに振り向く。
薄暗い夜闇の中で、彼女の表情は見えない。
見えない今だからこそ……言える気がする。
「……怜?」
「澪ちゃん……私……貴方のことが……好きですッ……!」
私の震える声は、人々の喧騒の中に溶け込んでいく。
だけど……彼女の耳には届いたらしい。
表情は分からないけど……息を呑んだ音がした。
その音が、やけにハッキリと聴こえた気がした。
「……好きって……そういう意味の好き、で良いの……?」
しばらくして、そんな声が聴こえた。
その頃には、すっかり辺りからも人がいなくなって、砂浜は静かだった。
波のさざめく音と、遠くから聴こえる祭りの喧騒だけが、その場には流れていた。
彼女の言葉に、私は頷く。
「……そっか……」
しばらくして、澪ちゃんはそう続けた。
彼女の言葉に、私は口を噤んで顔を伏せた。
心臓がバクバクと音を立てて、手に汗が滲んでいる。
さっきの花火の時に……確信してしまった。
今のままじゃ……私は満足なんて出来ない、って。
友達のままじゃ、満足など出来ない、と。
「……ごめん」
しかし、澪ちゃんの答えは残酷だっ――。
「あ、いや、告白の答えがごめん、じゃなくって……!」
ガッカリしたのも束の間、すぐに彼女の慌てた様子の声が続く。
それに、咄嗟に顔を上げると、彼女は私のハンカチを両手で握り締めながら続けた。
「えっと……急なこと、だからさ……ちょっと、色々と混乱してて……頭の中が……ぐちゃぐちゃで……」
「……それって……」
「だ、だから……考える時間が、欲しいの……」
澪ちゃんの言葉に、私は彼女の顔を見た。
目が暗闇に慣れてきて、ようやく彼女の表情を把握することが出来た。
そこには……赤らんだ顔に、潤んだ目で私を見つめる澪ちゃんがいた。
「……このハンカチを返す時に……ちゃんと、返事をするから……だから……それまで、待っててくれないかな?」
申し訳なさそうに言う澪ちゃんに、私は少しだけ息を呑んだ。
小林君の時とは違う。
てっきり、あれよりも酷くバッサリと断られるものだと思っていたのに……。
「……待つよ」
そう答えた声は、震えていたような気がする。
もしかしたら、なんて……考えてしまう。期待してしまう。
その期待が私の心臓を高鳴らせ、声を震わせてしまう。
「……待ってるよ」
続けた言葉も、やっぱり震えていた。
顔が熱くて、変な汗が体中に滲んでいる。
私は片手で服の裾を握り締め、空いている方の手で自分の口元を押さえる。
あぁ、もう、なんか……泣きそうだ……。
「いつまでも……待ってるから……!」
そう答えた時には、手も震えていた。
私の言葉に、澪ちゃんはこちらまで歩いて来て、目の前で立ち止まる。
普段ならすぐにでも、抱きしめるなり手を取るなりして慰めたりしてくれるのに。
あぁ、これが告白するということなのか、と……まるで他人事のように考える。
そうでもしないと、なんかもう……耐えられそうになかった。
「……帰ろ」
短く言い、澪ちゃんはクルリと踵を返し、歩き出し。
彼女の背中を追って、私も歩き出す。
未だに私の心も頭もグルグルで、グチャグチャで、何が何だか分からない。
ただ、彼女の背中を追いかけることしか出来ない。
本当は今すぐにでも告白の答えを知りたいけど、迷惑とか掛けたく無いし、彼女が言い出すまで待とう。
それまではぎこちなくなるけど……別に良い。
答えが分かったら……仮にフられたとしても、このぎこちなさは解消されると思いたい。
だけど……結局私が、その答えを知ることは無かった。




