表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/124

88:いつまでも待ってるから 雨宮怜視点

「……あっ」


 ふと視線を向けると、その本人と目が合ってしまった。

 澪ちゃんは私を見て、少しだけ目を丸くした。

 けど、すぐにその表情を緩めて、優しく微笑む。

 花火のせいだろうか。彼女の顔が、赤くなっているように見える。


「み……澪ちゃん……」


 そう呟いた声は、花火の音にかき消される。

 トクン、トクン……と、心臓が高鳴る。


「……澪ちゃん……」


 もう一度、彼女の名前を呼ぶ。

 今度は声が届いたのか、彼女は微笑んだまま首を傾げて、「何?」と聞き返してくる。

 それに、私は次の言葉を続けることが出来ない。


 ……好き。


 そんな言葉が、今にも口から零れそうになってしまう。

 油断したら、今にでも言ってしまいそうになる。

 何か……別の言葉を……。


『本日の花火大会は終了致しました』


 その時、そんなアナウンスが私の耳を突いた。

 ハッと我に返るのと同時に、周りにいたお客さんが、そそくさと立ち上がりそれぞれその場を離れ始める。

 呆然としていると、澪ちゃんもゆっくりと立ち上がった。


「さて、と……花火も終わったし、そろそろ行こうか」

「え、ぁ……」


 澪ちゃんの言葉に、私は咄嗟に答えられない。

 言葉に詰まっている間に、彼女は私のハンカチを拾い、丁寧に折り畳む。


「ハンカチありがとね。持って帰って、洗濯して……明日返すから」

「あ、うん……えと……」

「花火凄かったねぇ~。来年の花火大会も楽しみだねっ」


 妙に明るい声で言う澪ちゃんに、私は右手を強く握り締める。

 ……これで……良いの……?

 本当に……このままでいいの……?

 友達のままで、満足できるの?


 できないよ。


「澪ちゃんッ!」


 私はその場に立ち止まり、澪ちゃんを呼び止める。

 すると、彼女の体はピクッと震え、ゆっくりとこちらに振り向く。

 薄暗い夜闇の中で、彼女の表情は見えない。

 見えない今だからこそ……言える気がする。


「……怜?」

「澪ちゃん……私……貴方のことが……好きですッ……!」


 私の震える声は、人々の喧騒の中に溶け込んでいく。

 だけど……彼女の耳には届いたらしい。

 表情は分からないけど……息を呑んだ音がした。

 その音が、やけにハッキリと聴こえた気がした。


「……好きって……そういう意味の好き、で良いの……?」


 しばらくして、そんな声が聴こえた。

 その頃には、すっかり辺りからも人がいなくなって、砂浜は静かだった。

 波のさざめく音と、遠くから聴こえる祭りの喧騒だけが、その場には流れていた。

 彼女の言葉に、私は頷く。


「……そっか……」


 しばらくして、澪ちゃんはそう続けた。

 彼女の言葉に、私は口を噤んで顔を伏せた。

 心臓がバクバクと音を立てて、手に汗が滲んでいる。


 さっきの花火の時に……確信してしまった。

 今のままじゃ……私は満足なんて出来ない、って。

 友達のままじゃ、満足など出来ない、と。


「……ごめん」


 しかし、澪ちゃんの答えは残酷だっ――。


「あ、いや、告白の答えがごめん、じゃなくって……!」


 ガッカリしたのも束の間、すぐに彼女の慌てた様子の声が続く。

 それに、咄嗟に顔を上げると、彼女は私のハンカチを両手で握り締めながら続けた。


「えっと……急なこと、だからさ……ちょっと、色々と混乱してて……頭の中が……ぐちゃぐちゃで……」

「……それって……」

「だ、だから……考える時間が、欲しいの……」


 澪ちゃんの言葉に、私は彼女の顔を見た。

 目が暗闇に慣れてきて、ようやく彼女の表情を把握することが出来た。

 そこには……赤らんだ顔に、潤んだ目で私を見つめる澪ちゃんがいた。


「……このハンカチを返す時に……ちゃんと、返事をするから……だから……それまで、待っててくれないかな?」


 申し訳なさそうに言う澪ちゃんに、私は少しだけ息を呑んだ。

 小林君の時とは違う。

 てっきり、あれよりも酷くバッサリと断られるものだと思っていたのに……。


「……待つよ」


 そう答えた声は、震えていたような気がする。

 もしかしたら、なんて……考えてしまう。期待してしまう。

 その期待が私の心臓を高鳴らせ、声を震わせてしまう。


「……待ってるよ」


 続けた言葉も、やっぱり震えていた。

 顔が熱くて、変な汗が体中に滲んでいる。

 私は片手で服の裾を握り締め、空いている方の手で自分の口元を押さえる。

 あぁ、もう、なんか……泣きそうだ……。


「いつまでも……待ってるから……!」


 そう答えた時には、手も震えていた。

 私の言葉に、澪ちゃんはこちらまで歩いて来て、目の前で立ち止まる。

 普段ならすぐにでも、抱きしめるなり手を取るなりして慰めたりしてくれるのに。

 あぁ、これが告白するということなのか、と……まるで他人事のように考える。

 そうでもしないと、なんかもう……耐えられそうになかった。


「……帰ろ」


 短く言い、澪ちゃんはクルリと踵を返し、歩き出し。

 彼女の背中を追って、私も歩き出す。

 未だに私の心も頭もグルグルで、グチャグチャで、何が何だか分からない。

 ただ、彼女の背中を追いかけることしか出来ない。


 本当は今すぐにでも告白の答えを知りたいけど、迷惑とか掛けたく無いし、彼女が言い出すまで待とう。

 それまではぎこちなくなるけど……別に良い。

 答えが分かったら……仮にフられたとしても、このぎこちなさは解消されると思いたい。


 だけど……結局私が、その答えを知ることは無かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ