87:また来よう 雨宮怜視点
あれから何週間か経ち、夏休みに入った。
今までの夏休みと言えば、最初の一週間で宿題を全て終わらせて、家の中で暇を持て余すことがほとんどだった。
今年なんて一人暮らしだから、尚更暇になるだろうと思っていた。
でも……今の私には、澪ちゃんがいる。
私の夏休みのほとんどは、澪ちゃんとの時間で埋め尽くされた。
時には澪ちゃんの友達と一緒だったり、時には二人きりだったりして、頻繁に会って遊んでいた。
いつもは夏休みなんて全ての時間を宿題に費やしていたが、澪ちゃんと遊ぶ時間が増えた影響で、宿題が終わるのがいつもより一週間遅かった。
今まで、時間をどう潰すかしか考えられなかった夏休みが、まるで一気に花が咲いたように彩られた。
一日の時間がかなり短くなって、あっという間に夏休みは過ぎ去っていった。
気付けば、夏休み最終日になっていた。
夏休み最後の日は、澪ちゃんと二人で近所の夏祭りに出掛けた。
私の家には浴衣なんて洒落たものは無いので、私服のままで行った。
待ち合わせの場所に行くと、澪ちゃんは浴衣を着ていた。
「あっ、怜~!」
私を見ると、澪ちゃんは満面の笑みを浮かべながらこちらに手を振って来る。
それに、私は「澪ちゃんっ!」と答えつつ、彼女の元に駆け寄った。
近付けば近付く程、彼女の姿は明瞭に見えた。
白地に、青や紫等の寒色系の色で多様な花が描かれた浴衣。
長い髪を綺麗に結っており、簪で纏めている。
彼女は駆け寄って来た私を見て、満面の笑みを浮かべた。
「へへッ……どう? 似合う?」
「す、凄い似合ってる……可愛いよ、澪ちゃん!」
思いつくままに褒めると、澪ちゃんは頬を少し赤らめて、「ありがと」とはにかんだ。
それから、彼女は私の格好を見て、ムッと頬を膨らませた。
「怜は浴衣とか着ないの?」
「えっ、あぁ……うん。浴衣とか、買うお金無いよ」
「あー……そう言えば一人暮らしだっけ。でもなぁ、怜の浴衣姿も見たいなぁ」
不満そうに言う澪ちゃんに、私は「ごめんね」と謝る。
すると、彼女は自分の胸の前で「そうだっ」と続ける。
「じゃあさ、一昨年私が着た浴衣貸すよっ! 怜体小さいし、絶対入ると思う!」
「えっ! そんなの悪いよ……!」
「良いって良いって! 怜可愛いから、絶対浴衣似合うもん!」
明るい声で言う澪ちゃんの言葉に、私の胸はドキッと音を立てる。
つい顔が赤くなりそうになるのを、咄嗟に口元に手を当てることで、辛うじて隠す。
すると、彼女は私の手を取り、ニッと笑った。
「来年はさ、二人で浴衣着てさ、祭り回ろうよ!」
「……え?」
「だからさ、二人で浴衣着て、また来よう? 絶対楽しいよ!」
満面の笑みで言う澪ちゃんの言葉に、何だか無性に嬉しくなる。
また来年も、私と来たいと言ってくれている。
その事実だけで、胸がいっぱいになってしまう。
込み上げる感情を抑えるように、私は彼女の手を握り返し、「んっ」と頷き返す。
それから二人で、夏祭りの屋台を回った。
夏祭りなんて最後に来たのはかなり昔のことだったので、久々のお祭りはとても楽しかった。
澪ちゃんと一緒だった、というのもあるかもしれない。
ごく普通の焼きそばやタコ焼きがすごく美味しくて、遊びの屋台もすごく楽しかった。
一通り回り終えると、澪ちゃんは私の手を引いてどこかに歩き出す。
てっきりもう帰るものだと思っていたので、私は驚きつつ、彼女について言った。
「澪ちゃん、どこ行くの?」
「良いから付いて来てっ」
どれだけ聞いても、返事は毎回同じ。
仕方がないので、彼女に付いてしばらく歩いて行くと、公園の近くの海辺のような場所に出た。
すでにそこにはかなりの人数の人がいて、皆砂浜の上に座って海を見つめている。
呆然と立ち尽くしていると、澪ちゃんが私の手を軽く引いて、その場に座らせようとする。
「ホラ、怜。座って?」
「え、でも……浴衣汚れちゃうよ?」
「大丈夫だから、ホラ」
「だ、大丈夫じゃないよっ!」
あっけらかんとした様子で言う澪ちゃんの言葉に、私は慌てて立ち上がる。
それから、すぐにポケットからハンカチを取り出し、澪ちゃんを少し立たせてそこにハンカチを敷いた。
「え、ちょっと……怜?」
「綺麗な浴衣だから、汚れたら勿体ないもん……これなら汚れないでしょ?」
私の言葉に、澪ちゃんは「そ、そうだね」と小さく呟きつつ、私の隣に腰かける。
暗くて、彼女の表情は良く分からない。
もしかして、いらないお節介だったかな?
でも、凄く綺麗な浴衣だから、汚れて欲しく無かったんだもの。
一人脳内で自己反省会を行っていた時だった。
ヒュルルルル……と甲高い音がした。
ハッと顔を上げたその瞬間……パァンッ! と、破裂音が響き渡る。
花火だ。
夜空に、光の花が咲いた。
胃に直接響くような、重たい響きを立てながら、大きな花が暗い夜空に咲き誇る。
「わぁ……」
小さな溜息が、口から零れた。
夜空に輝く花は、どれもすごく煌びやかで……目が奪われる。
そういえば、花火をこんな近くで見るのは、いつぶりだろうか。
中学生の頃は、部屋の窓からたまに見えたから、それは見ていたけど……。
こうして良く見える場所まで来て、友達と一緒に見るなんて……下手したら、初めてかもしれない。
やっぱり……澪ちゃんは凄い。
私の白黒だった世界に、毎日新しい色を付けてくれる。
モノクロだった世界が、彼女の手によって綺麗に彩られていく。
彼女のおかげで、私の世界は輝いた。
何も無かった人生が、彼女色で染め上げられていった。
あぁ、やっぱり、澪ちゃんが好きだ。
世界で一番、大好きだ。
心の底から……そう思った。
今回で平成最後の更新となります。
それでは皆様、令和でお会いしましょう。




