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86:友達として仲良くしてほしい 雨宮怜視点

 澪ちゃんと仲良くなってから、かれこれ二ヶ月の月日が経った。

 その頃には、私の人見知りも大分治り、クラスメイト達とも割と話せるようになった。

 けど、やっぱり澪ちゃん以外と話していると気疲れしてしまうことが多く、まだまだ普通に話すことは難しそうだった。

 だから、なんだかんだ澪ちゃんと一緒に行動することが多かった。


 あと、宇佐美先生にはかなりの頻度で話しかけられた。

 一目でいじめられる側の人間と分かるものなのかは分からないが、どうやらかなり私のことを心配してくれているらしい。

 心配してくれるのは嬉しいけど、私には澪ちゃんがいるから大丈夫なのに……。

 クラスメイトとすらまともに話すことが出来ない私にとって、先生に頻繁に話しかけられるのは、少ししんどい。


 それでも、今までに比べれば天と地程に差がある程に、今の環境は良い物だった。

 こんな日々がこれからも続くものだと、私は信じて疑わなかった。

 ……あの日までは……。


 それは、いつもと変わらない水曜日のことだった。

 いつものように授業が終わり、私は帰り支度を進めていた。

 教科書やノート等を鞄に詰め、チャックを閉める。

 それから視線を隣の席に向けると、澪ちゃんがそそくさと帰り支度をして今にも席を立とうとしているのが見えた。


「澪ちゃん? 何を急いでいるの?」


 なんとなくそう聞いてみると、澪ちゃんはビクッとその動きを止めた。

 それから私を見て、ヘラッと笑った。


「いやぁ……ちょっと今から用事がありまして……今日は先帰るねっ」

「良いけど……用事って?」

「用事は用事だよ~。んじゃあもう行くから、バイビー」

「えっ、ちょっと!」


 止めようとする私の声も無視して、澪ちゃんはさっさと教室を出て行ってしまった。

 ……答えを濁すなんて、彼女らしくない。

 普段隠し事なんてしない彼女だからこそ……なんだか気になる。

 私はすぐに鞄を肩に掛け、彼女の後を追いかけた。


 澪ちゃんが向かった場所は、屋上だった。

 いつも扉が開放されているこの場所は、風が強かったり、天候に左右されることが多々あったりして、人が寄り付くことは中々無い。

 大体、わざわざ三階まで階段を上ってまで来るような場所でも無いし。


 そんな場所だからこそ、なんで澪ちゃんがこんな所に来たのか、最初は理解出来なかった。

 だけど、澪ちゃんより先に屋上で待っていた男子生徒を見て、私はその答えを知ることになった。


「お、荻原……来てくれてありがとう」


 緊張した様子で言ったのは、同じクラスでサッカー部に所属している、小林君だった。

 彼の言葉に、澪ちゃんは「呼ばれたからね」と冗談めかした口調で言う。

 現在、私は半開きになった扉の影から様子を伺っているため、こちらに背を向けた状態になっている澪ちゃんの表情が分からない。

 ……きっと、澪ちゃんだって、なんで小林君に呼び出されたのかくらい分かっているはずだ。

 今、彼女はどんな気持ちなんだろう。どんな表情をしているのだろう。

 考えても、答えなんて分かるはずがない。

 そして、見に行く勇気すら、私には無い。

 ただ、遠くから見ていることしか……出来ない。


「俺がお前を呼んだ理由っていうのは、さ……その……お前も、気付いているかもしれないけど……」


 耳まで顔を真っ赤にしながら言葉を紡ぐ小林君の言葉に、私の胸はズキズキと痛む。

 彼の続ける言葉が、分かってしまう。

 何て言うつもりなのか、察してしまう。


 彼は、澪ちゃんに告白するつもりだ。

 澪ちゃんのことが……好きなんだ。


 ……なんでこんなに……ショックを受けているのだろう。

 こんな日が来ることは、分かっていたことじゃないのか?

 澪ちゃんは可愛いし、明るくて優しくて、良い子だ。

 そんな彼女を好きになる人が現れるのは、当たり前じゃないか。

 何を今更驚いているんだ。

 何を今更……ショックを受けているんだ。


「俺……荻原のことがッ、す、好きだッ! 俺と付き合ってくれッ!」


 私の悩みを断ち切るような声が、扉の隙間から聴こえた。

 鼓膜を震わせたその声が、私の悶々とした思考を霧散させる。

 あぁ、そうか……私は……私も……澪ちゃんのことが、好きなんだ。


 今まで、この気持ちは友情だと思っていた。

 澪ちゃんへの執着も、思い入れも、全部友達だからだと思っていた。

 でも、違う。こんな感情、友達に対して抱くものではない。

 友達が告白されただけで……こんなに泣きそうになるなんて……ただの友情なんかじゃない。


「……ごめん」


 続いて、そんな声がした。

 ハッと顔を上げるとそこでは、相変わらず澪ちゃんは私に背を向けていて、表情は分からない。

 ただ、それに対面する小林君の顔は、ショックを受けたような悲しそうな顔になっていた。

 次いで、澪ちゃんは「本当にごめん」と再度謝った。


「好きって言ってくれたのは嬉しいよ? それに関しては、ありがとう。……私、小林のことそういう目で見れない。良い奴だとは思うんだけど、さ……」

「そ……そうか……」

「うん。だから、これからも、普通の友達として仲良くしてほしいかな」


 ダメ、かな? と聞いてみると、小林君はしばし間を置いてから、「分かったよ」と答えた。

 すると、澪ちゃんは「よしっ」と嬉しそうに言う。


「ま、小林はホントに良い奴だしさ! きっと良い人見つかるって!」

「励ますんじゃねーよ。なんか、虚しくなるだろ」

「えぇ~?」

「……俺、もう行くわ」


 明るく振る舞う澪ちゃんに嫌気がさしたのか何なのか、小林君はそう言って、こちらに歩いて来る。

 咄嗟のことに動揺しつつも、私は咄嗟に、扉の影になる場所に隠れた。

 すると、扉が大きく開き、小林君が出てくる。

 彼は私の存在に気付く素振りも無く、そのまま階段を下りてどこかに立ち去ってしまう。


「……あれ? 怜?」


 ぼんやりと小林君の背中を見送っていた時、そんな風に名前を呼ばれた。

 突然のことに驚きつつも、私は澪ちゃんに顔を向けた。


「なんでこんな場所にいるの? ってか……話聞いてた?」

「えっと……ご、ごめんなさい……気になっちゃって……つい……」


 私がそう謝ると、澪ちゃんはポカンと呆れたような表情を浮かべた後、すぐにその表情を緩めた。


「しょうがないなぁ」


 どこか呆れたように笑いつつ紡がれたその言葉に、私はもう一度「ごめん」と謝った。

 すると、彼女は「良いって、良いって!」と言いつつ、軽く手を振る。


「でもなんか恥ずかしいなぁ……皆には内緒ね?」

「わざわざ言いふらしたりなんてしないよ……でも、良かったの? 小林君フっちゃって……」

「んー……まぁ、確かにアイツは良い奴だけどさ。でも、恋愛対象として見るのは何か違うかなーって」

「そうなんだ……」


 あっけらかんとした口調で言う澪ちゃんに、私はそう呟く。

 ……だったら、私は?

 そんな疑問を投げ掛けたくなるが、グッと堪える。

 何を言っているんだ。私達はそもそも……同性なのに。


 彼女を困らせるわけにはいかない。

 この気持ちは、ずっと、隠し通さなければならない。

 例え澪ちゃんがどんなに大切な友達だったとしても……この気持ちだけは、知られるわけにはいかないから。

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