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84:一緒組もうよ 雨宮怜視点

「それでは二人組を作って下さい」


 翌日の体育にて、先生がそう言った。

 それに、私はげんなりした。

 このクラスの女子は奇数であるため、必ず一人余ってしまう。

 当然、その一人余る女子は私だ。

 ペアがいない私は先生と組まなければならないため、少し憂鬱だ。

 かと言って仮に偶数だったとしても、一人余った女子が嫌々私と組むことになるため、それはそれで憂鬱な気分になったりする。

 結局、友達がいない私には選ぶ権利など無いので、どちらにせよこういう時間は地獄なんだけどさ。


「はぁ……」

「あーまみーやさんっ!」


 小さく溜息をついていた時、どこからか名前を呼ばれた。

 ハッと顔を上げて声の主を探した時、背中をバンッと強く叩かれる感触がした。


「ッ……」

「一緒組もうよ」


 そんな声がして、私は背中に痛みを感じつつ、声のする方に振り向いた。

 するとそこには、私を見て明るく微笑む女子生徒がいた。

 えっと……彼女は確か……。


「お……荻原……さん……?」

「皆二人組作れたか~?」


 先生の声に、荻原さんは私の手を掴む。

 かと思えば、「は~い!」と言いながら、まるでボクシングか何かの勝者のように私の手を持ち上げた。

 突然手を挙げさせられて、私は目を白黒させる。

 すると、先生は全員が二人組を作っていることを確認し、「よしっ」と頷いた。


「それじゃあ早速練習を始めるから、二人組の代表はボールを取りに来い」

「じゃ、私行って来るから、雨宮さんはここで待ってて!」


 先生の言葉に、荻原さんは明るい声でそう言ってから、小走りでボールをとりに行ってしまう。

 彼女の背中を見つめながら、私はその場に立ち尽くした。


 ……これ、どういう状況?

 荻原さん……荻原澪のことは、私は把握している。

 なぜなら、彼女は私の隣の席なのだから。

 明るくて社交的な性格で、よくいろんな友達に囲まれている。

 顔だって良いし……私とは、明らかに真逆の人間だ。

 そんな彼女が……なんで私なんかと……。


「見てみて~! 良いボール手に入れて来たよ!」


 一人考えていると、荻原さんは明るい声で言いながら、綺麗なバレーボールを片手にこちらまで駆け寄ってくる。

 ずっと考え込んでいたものだから、私は突然の言葉に反応できず、その場で蹈鞴を踏んでしまう。

 すると、そんな私を見て、荻原さんは首を傾げた。


「雨宮さん? どったの?」

「えっ、あ……えと……な、なんでもない……です……」


 不思議そうに聞いてくる荻原さんに、私は驚きつつも、そう答えた。

 すると、彼女は「ふーん……」と答えつつ、ボールを指先でクルクルと回しながら辺りを見渡した。

 しばらくして、彼女はどこか一点を見つめて「おっ」と声を上げた。


「あの辺良いね。あそこにしようか」

「え? あそこ……って……」

「あっち!」


 つい聞き返すと、彼女は笑顔で言いながら、私の手を掴んだ。

 何事かと驚く間も無く、彼女は意気揚々と私の手を引き、どこかに歩き出す。

 私はほとんど引っ張られる形で、彼女の後を追いかけることしか出来ない。

 少し歩いて、体育館の壁際の辺りに来た。


「ここで良いよね?」


 私の手を離しながら、荻原さんは聞いてくる。

 それに、私はどこか名残惜しさを感じつつ、「う、うん」と頷いた。

 すると、荻原さんは「よーし」と言って笑いつつ、ボールを空中に軽く放った。

 バレーの経験があるのか、それからレシーブをするように手を組み、ポンポンと軽くリフティング? を始める。

 その光景を眺めつつ、私は「あの」と小さく声をかけた。

 すると、彼女はリフティングしていたボールをキャッチして、私を見た。


「何? どうかした?」

「いや……あの……その……」


 何とか呼び止めたは良いけれど、その後の言葉が続かない。

 ――なんで私と組んだの?

 その一言が、出てこない。

 荻原さんには、私以外にも仲良い人なんていくらでもいるはずだ。

 なんで……私と……。


「雨宮さん?」

「だから……あの……えっと……お、荻原さんは……な……なんで……その……」


 何度も口ごもる私に、荻原さんは不思議そうに私を見つめている。

 折角呼び止めたのに、いざとなると頭の中が真っ白になって、言葉が出てこなくなる。

 口の中がカラカラに乾いて、上手く声も出なくなっていく。

 嫌な汗が噴き出して、心臓がバクバクと音を立てる。

 ダメだ……緊張するな……私……ッ!


「えいっ」


 緊張して何も言えなくなってきた時、コツン、と頭に何かが当たる。

 突然のことに、ぐるぐると渦巻いていた思考が全て消し飛び、頭の中が真っ白になっていく。

 頭を押さえつつなんとか前を見ると、そこではこちらに向かってバレーボールを突き出している荻原さんの姿があった。

 それに、先程私の頭を小突いたものは、目の前にあるバレーボールであることを知った。


「……えっと……?」

「なんかよく分かんないけど……別に急がなくても大丈夫だよ? 席も近くなんだし、聞きたいことがあるなら後でも良いじゃん?」


 そう言って、荻原さんはニカッと快活に笑う。

 彼女の言葉に、私は額を押さえながら、ポカンと呆けてしまった。

 すると、彼女は額を押さえる私の手を取り、私の顔が良く見えるようにしてニッと笑った。


「ねっ?」


 優しい声で言う荻原さんに、私はなぜか、泣きそうになる。

 ここまで優しくしてくれる人が、今までどれくらいいただろうか。

 誰かに手を握られたのも、随分昔のことのように感じる。

 左手に感じる優しい温もりに、自分の表情が綻んでいくのを感じた。


「……ん」


 小さく頷いて見せると、彼女は「よしっ」と言って、明るく笑った。

 その笑顔に、私も釣られて笑い返した。

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