82:よろしくね 雨宮怜視点
---一年前---
中学生の頃、私はイジメを受けていた。
理由は、クラスの中で権力を握っていた女子の彼氏が、私に一目惚れしてしまったから。
昔から、綺麗な見た目とよく言われていた。
けど、見た目が綺麗で良いことなんて何も無い。
良く知らない男子に言い寄られたり、こうして良く分からない逆恨みから因縁を付けられたりするだけ。
その女子と取り巻きを中心に、私を無視することから始まった。
最初は無視だけだったものが、徐々に過激なイジメへと変貌を遂げていた。
中学二年生に上がった頃には、同じ学年の全ての生徒が私の敵と化していた。
私のことを良く知りもしない奴等からも色々言われ、徐々に私は、心を閉ざすようになった。
元々、コミュニケーションが苦手だったわけではない。
だけど、イジメを受けていく中で私の心は閉じて行き、人とまともにコミュニケーションを取ることが出来なくなった。
初対面の人ですら、内心で私を嘲笑っているように見えて、恐ろしかった。
けど、このままだとダメだと思った。
だから、高校は知り合いなんて誰もいないような、隣の県にある学校を選んだ。
両親に頼みこんで近くのアパートを借り、仕送りをして貰いながら一人暮らしを始めた。
この辺りに、私のことを知っている人はいない。
一から新しい人間関係を築くんだ。そう決意した。
……よし……。
手に持った手鏡で前髪を確認しながら、私は高校の正門を潜る。
入学式は体育館で行われるらしいので、正門からそのまま体育館へと向かう。
人の波に従い、私は体育館へと向かった。
体育館の前の掲示板でクラスを確認した私は、先生の指示に従って自分の席に向かう。
一組の一番。一番前の、一番左端。
私はそこに腰を下ろし、小さく息をつく。
大丈夫。上手くやれる。名前を見た感じ、二番の人も女子みたいだし……笑顔で挨拶をして、そこからお喋りを……。
「……よいしょっと」
悶々と考えていた時、隣に誰かが腰かけた。
顔を上げるとそこには、一人の女子生徒がいた。
彼女が出席番号二番の人か……と、ぼんやりと眺めていた時、視線に気付いたのか彼女もこちらを見る。
バッチリ目が合ってしまい、私はつい驚いてしまう。
途端に喉で声が詰まり、何も言えなくなる。
心臓がバクバクと高鳴り、頭の中が真っ白になる。
何か言わなくちゃとは思うのだが、言葉が出てこない。
動揺していると、彼女は私を見て「おっ」と小さく声を上げた。
「えっと、貴方は確か……出席番号一番の……雨宮さん、だっけ?」
「えッ!? えっと……」
「私、出席番号二番の安藤 里美! よろしくね!」
明るく笑いながら、安藤さんは言う。
それに、私は何も言えない。
口がパクパクと動くだけで、声が付いてこない。
な、何て言おう……。
こんにちは? 初めまして? こちらこそよろしく?
言葉がグルグルと頭の中で渦を巻いて、何も言えなくなる。
久しぶりのコミュニケーションのせいで、緊張して、変な汗がドバドバと出る。
「……雨宮さん……?」
小さく名前を呼んでくる安藤さんに、私はグッと唇を噛みしめる。
落ち着け……私……。
この学校に、あの学校の知り合いはいないんだ。
昔の私を知っているはずがない。大丈夫、大丈夫……。
「わ、わわ私は……ッ!」
『入学式を開始するので、皆様ご着席下さい』
私の声を遮るように、アナウンスの声がした。
結局、そのまま入学式は始まってしまい、安藤さんと話すことは出来なかった。
入学式が終わると、私達はそのまま教室に向かう。
安藤さんは、どうやら同じ中学だった友達を見つけたらしく、すぐにそちらに向かってしまった。
……ダメダメだ……。
気付かない内に、まさかここまでコミュニケーションを取れなくなっているとは思わなかった。
こんなんじゃ、新しくやり直すことなんて出来ない。
折角、ゼロからやり直したくて、ここまで来たのに。
私には……変わることなんて……。
「……」
溜息をつきながら、私は顔を上げる。
私の所属クラスである一年一組のホワイトボードに、出席番号順での席順が書かれた紙が掲示されていた。
一番である私の席は、一番廊下側の列の、一番前。……教室の、一番隅っこ。
ひとまず、私は席について、鞄を机に置く。
教室の中は、喧騒に包まれていた。
……きっと、このクラスのほとんどの人間が、この辺りの出身の人間なのだろう。
同じ中学だった人だっているだろうし、そうでなくとも、部活の試合だとか色々な繋がりで知り合いがいるだろう。
いや……普通なら、例え知り合いが無くても、誰かに話しかけられるものなのだろう。
にこやかに挨拶をして、明るく談笑に花を咲かせる。
そうして、友達を作っていく。
……普通の人には、それが出来るはずなんだ。
なんで……私には出来ないのだろう。
普通なら出来ることが……なんで……。
一度考え始めると、思考は沼に沈んでいくように、さらなる深みへと沈んでいく。
私は自分を抱きしめるように自分の上腕を掴みながら、静かに俯く。
教室の喧騒の音が、どんどん遠くなっていくように感じた。
……なんで私は……普通になれないんだろう……。




