78:前に進むべきだと思うから
翌日、私は逸る気持ちを抑えて学校に向かった。
結果はどうあれ、如月さんからの報告が待ち遠しかったのだ。
駅から学校に向かう道で、先に着いたという報告をLIMEで受けたので、私は小走りで学校に向かった。
「……あっ」
生徒玄関に入った所で、私は小さく声を漏らし、その場で蹈鞴を踏んだ。
なぜなら、私のクラスの下駄箱の前に……薫がいたから。
レイのことで色々吹っ飛んでたけど……昨日は彼女の姉であるナギサが、成仏したんだっけ……。
きっとすごく悲しいだろうし、今も落ち込んでいる可能性が高い。
ナギサのことは私の言い出したことだし、顔を合わせづらい。
……言い出しっぺの癖に、他の幽霊のことに気を取られて、今の今までそのことを忘れていたような人間だし……。
考えれば考える程、薫への罪悪感が込み上げてきて、足を竦ませる。
しかし、ここで立ち止まったままでは他の生徒の迷惑になるので、私は極力顔を伏せて、靴を履き替える薫の横に立って自分の靴を取り出した。
「……あっ、神奈ちゃん」
しかし、あっさりバレた。
……そらそうだ。そもそも髪色で分かる。
私は内心で嘆息しつつ、顔を上げた。
するとそこには、私を見つめる薫がいた。
さて、どう声を掛ければ良いものか……。
「やっぱり神奈ちゃんだぁ。おはよぉ」
しかし、私の予想に反し、薫の顔はとても明るいものだった。
朗らかに笑いながら言う薫に、私は上靴に片足を突っ込んだ体勢のまま、しばし固まってしまった。
……普通に元気そう。
大好きな姉が成仏した翌日の人間とは思えない明るさに、私は驚いてしまい、何も言えなかった。
ずっと黙っていたからか、薫は不思議そうに、コテンと首を傾げた。
「どうしたの? 私……何か変なこと言った?」
「……あ、いや……おはよう……」
私はそう言いながら上靴を履き、スニーカーを下駄箱にしまった。
このままここで立ち話を続けて、他の生徒の迷惑になってもいけないので、早々に薫を連れてその場を離れる。
廊下を歩きながら、私は続けた。
「ごめん……薫が思っていたよりも元気そうだったから、ちょっとビックリしちゃって」
「……どゆこと?」
「いや……ホラ、昨日……ナギサさんが……」
「……あぁー」
私の言葉に、薫は納得したような声を上げた。
少しして、彼女は続けた。
「確かに、お姉ちゃんのことは悲しいけど……元々死んだと思ってたしね。最後にたくさん色々話せて、むしろスッキリしたかな」
「……そうなんだ」
「うんっ! お姉ちゃんが成仏したことで悲しんでたら、きっと、それが心残りでまた現世に帰ってきちゃうよ。……お姉ちゃん、ああ見えて心配症だから」
「……そんな感じする」
冗談めかした様子で言う薫に、私は小さく笑いながら答えた。
というか、なんか納得出来てしまう。
幽霊の知識が無いから言えることかもしれないけど、ナギサなら、薫を心配して舞い戻って来てしまいそうな感じがする。
私の言葉に、薫は「だよねー」と言いながら明るく笑った。
しかし、それからフッとその顔から笑みを消し、目を伏せながら続けた。
「でも……もう、お姉ちゃんは充分頑張ったと思うし……迷惑も、いっぱい掛けたから……せめて……これからは、ゆっくり休んで欲しいんだ」
「……薫……」
「だから、ウジウジ悩んだり悲しんだりするのは止めにする。それよりも、前に進むべきだと思うからさ」
そう言いながら、薫は大股で歩いて私より前に出る。
クルリと身を翻し、彼女は私を見つめてきた。
目が合うと、彼女はニヒッとはにかんだ。
彼女の様子に、私はフッと小さく笑った。
「それは良いことだけど……無理したらダメだよ? ……前に進むことも大切だけど、悲しい時は、悲しんで良いんだからね?」
そう言いながら、私は早足で薫の隣まで歩く。
私が隣に並ぶのを確認した薫は、目を細めてはにかみながら「ありがと」と言う。
「でも、大丈夫だよ。……悲しむのは、お姉ちゃんが死んだ時だけで充分」
「……そっか」
「うん。……あっ、そうだ。神奈ちゃんに頼みたいことがあるんだけど……」
申し訳なさそうに言う薫に、私は「何?」と聞き返す。
すると、薫はモジモジと指を突き合わせながら「えっとね」と続ける。
「実は……その……料理、教えて欲しくて……」
「……料理?」
「うん……実は、料理とか全然やったことなくて……お姉ちゃんがいた頃は、作ってもらえてたんだけど……今は……その……」
口ごもる薫に、私は、少し納得する。
多分、家庭の事情で、両親がご飯を作れない状態なのだろう。
今まではナギサが作っていたけれど、これからは自分で作らなければならない。
けど、作れない、と。
……そりゃ大変だ。
「……まぁ、私なんかで良いなら……?」
「ホントっ?」
目をキラキラと輝かせながら聞き返す薫に、私は「うん」と頷いて見せる。
すると、彼女は満面の笑みを浮かべながら「やったぁ!」と声を上げた。
その時、ふと、脳裏に如月さんの顔が過った。
「……じゃあ、ついでに如月さんも誘ってみる?」




