77:やっと諦めきれるかな
自分の部屋に帰った私は、鞄を放り、ベッドに腰かける。
スマホを取り出してLIMEを開き、如月さんとのトーク画面を開く。
『如月さん』
『ちょっと聞きたいことがあるんだけど、良いかな?』
送信してから、私はスマホを持った手を下げ、天井を仰ぐ。
……現時点で、レイについて考えられる可能性は三つ。
一つ目は、レイが三年経っても成仏せず、この現世に残っているという可能性。
本当は十何年前くらいに死んだ生徒で、最近死んだ生徒に含まれない……とか。
二つ目は、荻原先輩がレイに関する情報を知らないという可能性。
これについては……正直、一番確率は低いと思う。
生徒が死んだこと自体がかなり話題になるだろうし……三年以内で二人も生徒が死んでいれば、少なくともナギサが死んだ去年なんて相当騒ぎになっただろう。
知らないはずがない。
一つ目の可能性も考えにくい。そうなれば、残った可能性は……一つだけ。
……雨宮怜とレイが……同一人物であるということ。
今この瞬間まで否定し続けていたけど、もうこれが正解で良いじゃないか。
ただ……信じられないだけ。
雨宮怜は死んでない。今は意識不明で、病院で眠っている。
幽霊とは……人が死んで生まれた存在では無いのか……?
雨宮さんが死んでいないのなら……レイは何なんだ……?
ピコンッ。
「うぉッ!?」
疑問に応えるように、LIMEの通知音が響き渡る。
私はそれに声を上げてしまい、スマホを落としそうになる。
しかし、なんとかそれを両手で掴んで堪え、手元に持って行く。
画面を見ると、如月さんからの通知だったので、私はすぐに通知を開いた。
『良いよ。どうかした?』
……よし……。
私は一度深呼吸をしてから、震える指でポチポチと文字を打ち込んでいく。
『幽霊ってさ、その人が死なないと生まれないものなの?』
送信ボタンを押す。
すると、すぐに既読の文字が表示された。
少しして、如月さんから返信が届く。
『そうだけど……』
『急にどうしたの?』
……そりゃあ、そうなるよね……。
如月さんには幽霊の話が通じる分、他の人に比べれば事情を説明しやすい。
私は少し考えて、文字を打ち込む。
『実は、レイが』
そこまで打って、少し黙考。
ちょっとだけ文字を消して、続きを打つ。
『実は、レイの本体? が生きてるかもしれないの』
送信。
少しして、返事が届く。
『どういうこと?』
まぁそうなるよねー。
どう説明しようかと悩んでいると、電話の着信音が鳴った。
驚きつつ画面を見ると、如月さんからの着信だった。
私はすぐに応答ボタンを押して、電話を耳に当てた。
「もしもし……?」
『ねぇ、さっきのどういう意味なの? レイさんが生きているかもしれないなんて』
急かすように言う如月さんに、私は「えっと……」と少し口ごもる。
どこから説明するべきなのか、悩んでしまう。
考えていると、如月さんは続けた。
『ゆっくりで良いから……ちゃんと説明して?』
「う……うん……」
如月さんの言葉に、私は頷き、口を開く。
それから、荻原先輩との一連の出来事を大まかに話し……ナギサ以外にここ数年で亡くなった生徒はいないという話もした。
上手く言葉が纏まらず、たどたどしい感じになったが、如月さんは私を急かしたりせず、私の話を聞いていた。
全てを聞いた彼女は、しばらくしてゆっくりと口を開いた。
『じゃあ……レイさんは、今意識不明の重体で入院している、雨宮怜って生徒ってこと……?』
「その可能性が高いと思う。……確証は、無いんだけど……」
『いや……ほぼ確実だと思う……けど……』
どういうことなの……? と、何度目かになる疑念の言葉を、彼女は口にする。
それに、私は小さく唇を噛みしめる。
まさか、如月さんにも分からないなんて……。
いよいよどん詰まりだと思っていると、如月さんが小さく溜息をついたのが聴こえた。
「……如月さん……?」
『……ごめん……何も、分からない……』
小さく呟く如月さんに、私は何も言えない。
彼女を責める資格など、私には無い。
そもそも、この問題は、私一人で解決しなければならない問題なのだから。
『……後で、両親にも話をしてみるわ。こんなケースは本当に初だと思うし、大した収穫は無いと思うけど』
「分かった。……わざわざごめんね?」
『結城さんが気に病む必要は無いわよ。……それにしても、生きた人が幽霊になるなんて……』
困惑した様子の声で呟く如月さんに、私は俯く。
……まさか、こんなことになるなんて……。
レイの記憶を取り戻すだけなら、道筋は見えて来た。
でも……それからどうすれば良いのかが分からない。
生きている人間から生まれた幽霊なら、成仏は違うと思う。
記憶を取り戻したその先。レイには、どうすることが正解なのだろうか。
『……ねぇ』
悩んでいた時、如月さんの声がした。
それに、咄嗟に私は顔を上げる。
すると、彼女は続けた。
『結城さんは……どうしたい?』
その言葉に、咄嗟に「私……?」と聞き返す。
……レイじゃなくて……私……?
私の聞き返した声に、如月さんは『うん』と答える。
『レイさんは結城さんの……恋人、でしょう? だから……結城さんは、どうしたいのかと思って』
「どうしたいって……何を……」
『……雨宮さんの話を聞かなかったことにして……レイさんがこの世界にいる限り、ずっと彼女の傍に居続けるっていう選択肢もあるんだよ』
ドクンッ……と、心臓の音が、頭の中に響いた。
私の動揺に気付かない如月さんは……続ける。
『もちろん、レイさんの問題をどうにかしたいなら、私だって協力する。けど、こればかりはイレギュラーな事態過ぎて、これからどうなるのか分からない。もしかしたら、どうしようもない壁にぶち当たるかもしれない。……ナギサさんみたいに、綺麗な形で終わるとは限らない』
続ける。
『それなら、この話を聞かなかったことにして……大好きなレイさんと、彼女が消えるその瞬間まで共に生き続けるっていう選択肢もある。……ただ平穏な幸せを望むなら、その方が良いかもしれない』
続ける。
『私は……結城さんが悲しむ姿だけは、見たく無い。レイさんのせいで苦しむ姿を……見たく無いの。これ以上悩み続けるくらいなら、いっそ……全部忘れて、何も知らないフリをして、今のまま……』
「やっぱり……如月さんは優しいね」
遮るように、私は呟いた。
その言葉に、彼女は言葉を詰まらせた。
少しして『優しくなんか……』と、掠れた声で呟いた。
それに、私はスマホを持つ手を変えて「優しいよ」と言う。
「私なんかをそんなに心配してくれて……レイのこととか、ナギサのこととかでも色々助けて貰ってるし……申し訳ないよ」
『そんな……私は、ただ……』
「レイのことは自分で解決するって啖呵切ったくせに、結局こうして相談して……情けないよ」
なんだか、愚痴のようだと思った。
けど……本心だったから。
私は続ける。
「こうしてまた如月さんに心配させているようじゃ……私も、まだまだだよね」
『……』
「これからも、こうして迷惑を掛けると思う。相談することも、協力してもらうことも、何度もあると思う。でも……レイのことは、諦めたく無いんだ。やれることは全部やって、悩めることは全部悩んで……悔いが無いようにしたい」
だから、諦めたく無いんだ……と。
私は言いきった。
それに、如月さんはしばらくの間何も言わなかった。
『……迷惑なんかじゃないよ』
しばらくして、如月さんがそんな風に言った。
それに、私は小さく目を見開いた。
すると、如月さんはクスッと笑い、続けた。
『なんか、その返事を聞いて少し安心した。結城さんの気持ちが、生半可じゃないんだって分かって』
「それって……」
『……私に出来る限りのことは協力するよ。それでも限度はあると思うけど……最後まで、結城さんに協力する』
その言葉に、私はホッと息をついた。
如月さんの言葉に、少しだけ安心してしまった。
こんなことじゃダメだよなぁ……と、内心呆れていた時だった。
『やっと……諦めきれるかな……』
「……え?」
小さく呟いた如月さんに、私は聞き返した。
諦めきれるって……何のこと?
不思議に思ってると、如月さんは『何でも無いよ』と明るい声で言った。
『じゃあもうそろそろ切るね。お父さん達が帰って来る頃だし、レイさんの話をしてみる』
「え? ちょっと……?」
『また明日ねー』
そんな声と共に、電話が切られてしまう。
ツーツーと響く電話の音に、私はスマホの画面を見つめた。
……まぁ、いつも私が助けられてるし、文句を言える身分じゃないのは分かってるけど……。
「なんだかなぁ……」
小さく呟きながら、私は天井を仰いだ。




