76:詮索しないで
「雨宮……怜……?」
「えぇ。……まだ彼女の意識があった時……」
「ちょっ、ちょちょっと待って下さいッ」
話を続けようとする荻原先輩を、私は咄嗟に止める。
それから、先程彼女から聞いた名前を脳内で反芻させる。
……雨宮怜? 怜……だって?
私の脳内に、レイの顔が過る。
……偶然だと言うことは分かっている。
レイの方は私が付けた名前だし、二人の名前の一致は偶然以外の何者でもない。
けど……偶然にしては、出来過ぎているような……。
「……あの……そろそろ続けても良い?」
ずっと黙考していた時、荻原先輩がそんな風に聞いて来た。
彼女の言葉に、私は「あ、はいっ」と答える。
「ごめんなさい。少し考え事をしてしまって……」
「聞きたいって言ったのは貴方なのに……じゃあ、続けても良い?」
「はいっ。大丈夫です」
私の言葉に、彼女は「そう」と小さく呟き、少し考えてから続けた。
「……まだ、彼女に意識があった時……私達は仲が良かったの」
「……そうなんですか……」
「今意識が無い人のことをとやかく言うのも何だけど……雨宮さんは、暗くて、静かで……孤立していた。だから、放っておけなくて、私が話しかけたの」
荻原先輩の言葉に、雨宮さんの顔を想像しようとするが、どうしてもレイの顔がちらつく。
名前が一緒なだけでここまで引きずるとは……。
私は「ふぅー……」と、一度大きく息をつき、思考を落ち着かせる。
そんな私の行動に気付いているのか否か、荻原先輩は何事もなかったかのように続けた。
「それで……話しかけてみたら、確かに言葉少なで静かな子だけど、良い子だと思った。だから、良い友達としての生活を続けるつもりだった。でも……」
そこまで言って、荻原先輩は小さく口を噤む。
どうしたのかと思って顔を見ると、彼女は俯いて、そのまま何も言わなくなった。
見れば、両手でスカートの裾を強く握り締めている。
フルフルと微かに震える手が、彼女の苦悩を私に見せつけた。
……辛いんだ。
何があったのかは分からないが、きっと、雨宮さんを失った悲痛は相当なものだったのだろう。
今の話を聞いただけでは、なんであの時逃げたのかは分からないけど……これ以上深く聞くのは、野暮な話だろう。
私は少し間を置いて、ゆっくりと頷いた。
「……もう大丈夫です。教えてくれて……ありがとうございます」
「……」
私の言葉に、荻原先輩は答えない。
今更ながら、私がやったことは無神経だったのではないかと、少し不安になる。
でも……手がかりが欲しかったんだ。
分かったことと言えば、雨宮さんとレイが同じ名前だったってことくらい。
けど、二人が同一人物であるはずがない。
荻原先輩から聞いた話では、二人の性格は明らかに違う。
真逆と言っても過言ではないだろう。
加えて、雨宮さんは、今は意識不明の重体で入院している。
……死んだわけじゃないんだ。
幽霊のレイと同一人物なはずがない。
「……貴方は……」
一人悶々と悩んでいた時、荻原先輩が口を開く。
顔を上げると、先輩は真っ直ぐ私を見つめたまま、口を開いた。
「貴方はなんで……雨宮さんについて調べているの?」
「……それは……」
「話を聞いている感じ、そもそも雨宮さんとそこまで関わりがあったような感じも無いし……もしただの好奇心や面白半分なら、あまり詮索しないで欲しいんだけど……」
「そんなッ……私は真面目に、理由があって調査しているんですッ」
「何の理由があって調べてるのッ?」
強い口調で聞いて来る荻原先輩に、私は少し言葉を詰まらせる。
……彼女にとって、雨宮さんとのことは、かなり話しづらい事柄だったはず。
それなのに話してもらった以上、私もそれに応えなければならないと思う。
けど、正直に話しても信じて貰えるかな……。
「……調べてる理由は……雨宮さん自体は、直接の関係は無いんです」
「……は?」
私の言葉に、荻原先輩は呆ける。
それに、私は彼女の顔を見つめて続けた。
「でも……雨宮さんのことを知ったら、何か手がかりがあるかもしれないって、思って……確証は無いんですけど……少しでも情報が欲しいんです」
「……意味不明……」
私の言葉に、荻原先輩は怪訝そうな表情でそう呟いた。
……意味不明……か。
そんなの……私が一番分かってる。
でも、上手く言えないんだ。
ただ……レイの情報を集めるには、手掛かりが少なすぎるから……。
手当たり次第に、情報を搔き集めているだけ。
この学校で、近年死んだり事故に遭ったりした人間の情報が、欲しいだけ。
「……そんな理由なら、もうこれ以上詮索しないで」
すると、荻原先輩は冷たい口調でそう言った。
それに顔を上げると、彼女は立ち上がって続けた。
「そんな訳分からない理由なら、もうこれ以上、怜について詮索しないでッ!」
「何を急に……ッ」
「私は……私は何も悪くないッ! 悪いのは全部アイツなんだッ! アイツが私に……ッ!」
感情任せな様子で叫んでいた荻原先輩は、そこまで言ってハッと目を見開く。
呆然と見上げる私の顔を見て、彼女は目を見開いたまま立ち尽くす。
……雨宮さんの事件については……あまり詮索しない方が良いのかもしれない。
早くレイの悩みを解決しないといけないと思って、視野が狭くなっていたような気がする。
けど、何の手掛かりも無いから……手当たり次第に探していて……。
「……荻原先輩……」
私は名前を呼びながら、ゆっくりと立ち上がる。
詮索はしない。でも、せめて何か……手がかりが欲しい……。
「雨宮さんについては、もう聞きません。でも……もう少しだけ、聞きたいことがあって……」
「……何……?」
まだ少し感情が昂っているのか、若干肩で息をしながら、彼女は聞いて来る。
それに、私は続ける。
「私達の学校で、二人程……ここ三年以内で亡くなったりした人っていますよね?」
「……え……?」
「有栖川渚って生徒と……もう一人、いますよね……? その生徒について知りたくて……ッ!」
「何の話……?」
「だから……ッ!」
「ここ近年で亡くなった生徒は……三年生の有栖川先輩だけのはずだけど……」
その言葉に、私は目を見開いて「え……?」と聞き返す。
すると、荻原先輩は僅かに目を細めて、訝しむような様子で私を見つめながら続けた。
「三月に事故で亡くなった有栖川さん以外には……ここ近年で亡くなった生徒なんていないわよ?」




