75:友達だった
少女が飛び出した駅は、私が普段使っている駅と同様で無人駅だった。
だから、電車から飛び出した後、少女はそのまま走って駅を飛び出していった。
私は必死に地面を蹴り、少女を追いかけた。
「待ってッ!」
叫びながら、私は駅を飛び出す。
地面を蹴り、必死に少女を追いかける。
しかし少女の足は速く、中々追いつけそうにない。
私は運動が得意な部類でも無いし、もしここが彼女の住む町だった場合、地の利も向こうにある。
今は周りに大通りしか無いから辛うじて追いつけるようなものだが、これが細い入り組んだ裏路地に入られたりしたら、きっともう二度と追いつけない。
そうなれば、次に会えるかも分からない。
一緒の電車に乗っている人間の顔なんて一々覚えて無いし、同じ路線ユーザーで毎日同じ電車に乗っているのかも分からない。
ここまで熱心に逃げる程の人間だ。仮に同じ電車を毎日使っていたとしても、時間をずらしてくる可能性が否定できない。
ここで彼女を逃がすわけにはいかない。
折角見つけ出した、数少ない手がかりなんだ。
雨宮さんとレイに関係なんて無いかもしれないが、何でも良いから何かしらの手がかりが欲しかった。
「きゃッ!?」
その時、突然少女が何かに躓き、その場に転んだ。
突然のことに私は驚くが、すぐに彼女に駆け寄り、肩に手を置いた。
「大丈夫ですか!? 怪我とかしたんじゃ……」
「だッ……大丈夫です! 歩けるので……!」
そう言いながら、少女はフラフラと立ち上がる。
しかし膝を擦りむいているらしく、流血していた。
立ち上がろうとした少女は膝を押さえ、「ッつ……」と声を漏らす。
私は彼女の脇に腕を通す形で肩を貸し、半強引に立ち上がらせる。
「とりあえず、近くに公園とかあれば良いんですけど……」
「いや……あの……」
「すみません。ひとまず地図で調べるので待って下さい」
私はそう言いながらスマホを取り出し、地図アプリを立ち上げて近くの公園を探す。
すると、少女は「離して下さいッ!」と言って、私の腕を振り解く。
咄嗟に彼女の体を掴んで離れないようにすると、キッと睨まれた。
「なんでそこまでするんですか? 初対面ですよね?」
「それは……貴方が逃げたい理由に、通ずるんじゃないですか?」
「……それはッ……」
「雨宮さんのこと……何か知ってるんですよね?」
私の言葉に、少女はその目を大きく見開いた。
彼女の反応に、私は少し間を置いてから「お願いします」と続けた。
「私にも、色々と理由があって……雨宮さんのことを、知りたいんです」
「……そんなこと言われても……」
「他の人には絶対に言いふらしたりしません。私の胸に留めておきます。それに……言える範囲で良いんです。後で色々説明しますから……だから、少しだけ……」
途中から尻すぼみになりながら、私はそう尋ねて見せる。
すると、彼女は少し困惑したような態度を取ってから、小さく溜息をついた。
「……本当に……私に話せることだけで良いんですか?」
「……! はいっ!」
「れっ……雨宮さんのこと、ほとんど分からなくても?」
……れ?
「勿論ですよ!」
「……じゃあ、少しだけ、なら……」
その言葉に、私は「よしっ」と小さくガッツポーズをした。
それから近くの公園を調べて二人で向かい、そこの水道で傷を洗い流す。
お互いに絆創膏のようなものを持っていなかったので、私が近くのコンビニに走り、絆創膏を買ってきた。
「それじゃあ、ちょっと水を拭き取りますね。痛かったら言って下さい」
「……」
私の言葉に、少女は小さく頷く。
彼女の言葉に私は微笑み、ハンカチで患部周りの水を丁寧に拭き取る。
水で流れ出た血がハンカチに染み込み、赤い染みを付ける。
「……貴方って……一年生、だよね?」
傷口周りの水を拭っていた時、そんな風に言われた。
突然の言葉に私は驚くが、それを表情に出さないように努めつつ、傷口を拭いながら「はい」と頷いた。
すると、彼女は「やっぱり」と呟いた。
「なんか、一年生に凄い見た目の子がいるって噂になってたけど……貴方のことだったんだね」
「……凄いのは……自覚してますけど……」
「でしょうね。名前は……結城さん、で合ってる?」
「な、名前も知られてるくらい有名なんですかっ?」
「貴方の存在自体は割と有名だけど、名前はそこまでじゃない? 私は、貴方が宇佐美先生に名前を呼ばれているのを聞いたことがあったから……」
「なるほど……」
私はそう呟きつつ、絆創膏をシートから剥がし、少女の患部に張り付けた。
絆創膏のガーゼが綺麗に傷口を覆うのを確認し、私は立ち上がる。
それから、少女の座るベンチの隣に腰かけ、小さく息をつく。
「……そういえば、私の名前を名乗るのを忘れていたね」
すると、少女がそんな風に言ってきた。
彼女の言葉に、私はハッと顔を上げた。
すると、彼女は私に顔を向け、ゆっくりと続けた。
「私は荻原 澪。……二年生。よろしくね、結城さん」
「あっ……私は、結城神奈、です。一年生です。よろしくお願いします」
荻原先輩の挨拶に、私は少し緊張しながらも、そう答える。
すると、彼女はフワッと優しく微笑んで、「えぇ」と頷いた。
……話し方自体にはどこか威圧感もあるが、口調自体は優しいものだった。
おかげで、大分話しやすい。
「それじゃあ……荻原先輩は、その……雨宮さんとは、どういう関係だったんですか?」
私の言葉に、荻原先輩は少し間を置いてから、静かに視線を逸らした。
そよ風が公園の中を吹き抜け、私達の髪を揺らす。
乱れる髪を押さえていた時、荻原先輩は静かに口を開いた。
「私と雨宮 怜は……友達だったわ」




