74:大丈夫そうですよ
<結城神奈視点>
今頃、ナギサは無事に成仏出来たんだろうか。
電車に揺られながら、私はそんなことを考える。
幽霊は記憶さえ戻れば自分の未練が分かるらしいし、ナギサの言った未練が間違っていることは無いだろう。
つまり、何事も無くあの未練を解決することさえ出来れば、ナギサはもう……。
「……」
胸の中に、モヤッとした感覚が生まれる。
私は自分の胸に手を当てて、服を握り締めた。
これが……幽霊を成仏させるということ。
一度死んだ幽霊の……二度目の死。
ナギサは死んだ。
この世に遺していた未練を解決させて、死んでいった。
もう、ナギサに会うことは無い。……二度と。
短い間だったが、やはり、親しかった人物が消えたという事実はすごく辛かった。
会って一ヶ月もしない私ですらそうなのだ。今まで十何年も共に過ごしてきた薫にとっては、どれだけ辛いだろうか。
そして……今度は、レイの番だ。
彼女の記憶を取り戻す約束をしたということは、つまり……彼女の未練を解決させなければいけないということ。
そうなったら、レイもナギサのように成仏して、死んでいく。
……元々、もう死んだ幽霊だ。
頭ではそう分かっていても、心は付いてこない。
私にとってレイは、かけがえのない存在で、最愛の人なんだ。
時間なんて関係無い。こんな見た目になってからずっと孤独に生きてきた私にとって、レイは、初めて私に光を与えてくれた存在だから。
……だからこそ、レイには未練を解決させて成仏して欲しいと思う自分がいる。
死んでから三年経過しての自然成仏でもなく、如月さんによる強制成仏でもない。
後腐れなく、気持ち良くこの世から去って欲しい。
……だったら、私がするべきことは一つだけ。
レイの記憶を、期間内に見つけ出す。
まだ、全く手がかりは無いけれど……絶対にやり遂げる。
けど、この状況で全く分からないというわけではない。
まず、屋上にレイとナギサという二人の幽霊がいること自体がおかしいんだ。
普通こんな短い期間で二人も死者が出るものではない。こんな期間で二人も死者が出ていれば、それなりに話題になるはず。
さらに、この学校には雨宮と言う、飛び降り自殺で意識不明の生徒もいる。
レイが死んだ時期をどれだけ長く見積もっても、こんな短い期間に三人もの人間が死んだり意識不明の重体になったりしていれば、話題にならないはずがない。
私はスマホを取り出し、すぐにインターネットを立ち上げ、検索バーをタッチする。
それから私の所属する学校名を打ち込み、スペースを開けて……ひとまず、雨宮と打ってみた。
……インターネットには、血も涙もない人間の巣窟のようなサイトがある。
そこに行けば、こういう話題だって、学校名どころか生徒名すら隠さずに好き勝手言っているようなサイトが必ず一つはあるはずだ。
「……ふぅ……」
小さく息をつき、私は検索ボタンに指を重ねる。
まさに今押そうとしたその時だった。
キキーッ……と、電車にブレーキが掛かる。
「うぉッ……」
小さく声を漏らしながら、私は前のめりに倒れそうになるのを堪える。
集中し過ぎて、駅到着のアナウンスを聞き逃していたみたいだ。
グラリと前に転びそうになるのを、咄嗟に近くにあった支柱に掴まることで耐える。
ひとまず転ばなかったことに安心していた、まさにその時だった。
「きゃッ……」
小さく声を漏らしながら、私の後ろに立っていた少女がぶつかってくる。
転ばないようにすることで必死だった私は、そんなこと予想もしていなかった。
結果として、私の体勢は崩れ、その拍子に持っていたスマホが床に落下した。
数瞬置いて、乾いた音を立てながら私のスマホは床に転がった。
「ぁ……ぁあッ! ごめんなさい!」
電車が完全に停車したのと同時に、私にぶつかった少女はそう謝りながら、慌てた様子で私のスマホを拾う。
私と同じ制服を着ているのを見ると……同じ学校の人か。
それからスマホの画面を凝視する。……どうやら、ヒビが入っていないか見ているらしい。
「あ、あの……?」
「ヒビは……入って無さそうですね。でも分からないので、念の為電源点けてみて貰っても良いですか?」
そう言って、少女は私にスマホを差し出してくる。
私はそれにスマホを受け取り、電源を点けてスマホの無事を確認する。
……よし。ひとまず大丈夫そうだな。
けど、彼女を安心させるためにも、操作も大丈夫なのか確認した方が良いかもしれない。
私は少女に見えないようにスマホを持ち、パスワードを打ち込んで立ち上がるか確認する。
……ちゃんと先程のインターネットのページも立ち上がるし、操作も大丈夫そう。
「うん。電源も点くし、操作も大丈夫そうですよ」
そう言いながらスマホの画面を見せてヒラヒラと振ってみせると、彼女は「良かったぁ」と安心した様子で呟いた。
ここまで大袈裟に反応されると少し驚いてしまうが、多分、彼女は優しい性格なんだろう。
一人感心していた感心していた時だった。
「……あれ……?」
突然、少女は私のスマホの画面を見て、小さく声を漏らした。
何だろうと思って見ていると、少女は私のスマホの画面をしばらく凝視して固まる。
数瞬後、その顔が一目で分かるくらい青ざめた。
「えっ……?」
「なんで……それを……」
掠れた声で呟きながら、少女は肩に掛けていた学生鞄の持ち手を握り締め、数歩後ずさる。
彼女の言葉の真意が分からずに呆けていた時だった。
「ごめんなさいッ!」
叫びながら、少女は私の目の前から離れ、電車から出て行く。
突然のことに、私は言葉を失った。
なんで突然、あんな反応……。
大体、今の私のスマホの画面って……雨宮さんとやらについて調べようとしていたことじゃ……。
そこまで考えて、私はハッと目を見開く。
さっきの少女は……雨宮さんの事件を知っている!?
今の状況では、どんな情報でも良いから、何か手がかりが欲しい。
そう考えた私は、学生鞄を肩に掛け直し、スマホを握り締めたまま電車から飛び出した。




