表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/124

73:大好きだよ 有栖川渚視点

<有栖川渚視点>


「ねぇ、お姉ちゃん……?」

「ん? 何?」

「本当に、こんなことで良いの?」

「……こんなことって?」

「だから……お姉ちゃんの、未練……こんなことで、本当に良いの?」


 心配そうというか、不安そうというか……どちらかと言うとネガティブな感じの口調で、薫はそんなことを尋ねて来る。

 彼女の言葉に、私は微笑んで「うん」と頷いた。


「これで良いんだよ。それは、私が一番理解している」

「でも……同じ制服着て一緒に帰るだけで良いなんて……」

「私はこれが一番やりたかったことだからいーの」


 未だに私の未練に納得出来て無い様子の薫に、私はそう言ってやる。

 彼女に言ったことは、嘘じゃない。

 幽霊になって記憶を全て取り戻した時、なんで自分がこの世に縛られているのかも分かった。

 ……私はただ、薫と同じ制服を着て、こうして通学路を歩いてみたかっただけだ。

 薫が、私と同じ学校を目指すと言ったあの日からずっと、変わらない夢。

 ……我ながら、しょうもない理由で幽霊になったものだと呆れてしまう。

 この為に、薫が何も無い空間に一人で喋り続けるヤバい子にならないように、人通りの少ない道を選んで帰っている。

 あと、わざわざ神奈ちゃんと沙希ちゃんには先に帰って貰った。

 レイちゃんは学校の屋上にいるし……これでもう、邪魔する物は何も無い。


「まさか、お姉ちゃんの心残りがそんなものだったなんて……」


 私の言葉に、薫はそう呟きながら溜息をついた。

 彼女の言葉に、私は「しょうもないよねー」と笑う。

 こうして改めて口にしてみると、尚更しょうもない理由で幽霊になったものだと思う。

 薫が上手くやっていけるか心配で~……みたいな、もっと姉らしい理由だったら、カッコ良かったのに。

 蓋を開けてみれば、子供みたいな、可愛らしい願いだった。


「……別に、しょうもないとは思わないけど、さ……」


 しかし、薫の反応は、私が予想とは違っていた。

 彼女の言葉に、私は「えっ?」と、つい聞き返す。

 すると、薫は少し顔を赤らめて、目を逸らしながら続けた。


「だって……私が理由で幽霊になったってことでしょ? ……それなら……嬉しい……」


 恥ずかしそうに呟く薫に、私は面食らう。

 なんか、こんな風に言われると、段々恥ずかしくなってしまう。

 ……というか……。


「薫……大きくなったねぇ……」

「ほえっ!?」


 私の小さな呟きに、薫は素っ頓狂な声を上げながら驚いた。

 それから彼女は自分の体を見て、私を見て、真っ赤な顔で続けた。


「お、大きくなった、って……どこが? お姉ちゃんが死んでから、そんなに時間も経ってないはずなのに……」

「あぁいや、体のことじゃなくて……いや、体はむしろ縮んだというか……痩せた? ちゃんとご飯食べてる?」

「うッ」


 私の心配に、薫は呻き声を上げながら目を逸らした。

 彼女の反応に、私は「ちょっと」と彼女を咎める。


「私がいなくてもご飯はちゃんと食べないとダメでしょ? お母さんは忙しいんだし、自分で作ってしっかり食べなくちゃ……」

「おッ……お姉ちゃんが料理手伝わせてくれなかったんじゃん! 手伝おうとしたら、怪我したら危ないだの火傷したら危ないだの! そんな中で急にいなくなったんだから、料理出来るわけないじゃん!」

「それはッ……薫が高校生になったら教えるつもりだったんだよ! まさかこんなことになるなんて思わないじゃない!」

「そんなの言い訳じゃん!」


 大きな声で言う薫に、私は面食らう。

 まぁ確かに、過保護過ぎたなぁと思う。

 薫が中学生になったら教えよう、高校生になったら教えようって思ってる内に、こんなことになっちゃって……。

 一人自己反省していると、薫は「でも」と続けた。


「これからは、一人でちゃんとしなきゃだから……料理も、ちょっとずつだけど……勉強してる」

「……へぇ……」

「まだ、お姉ちゃんみたいに上手くは出来ないけど……いつか絶対、お姉ちゃんみたいに上手く出来るようになるから!」


 両手の拳を強く握り締めながら力説する薫に、私は「そっかそっか」と笑う。

 それから、私はフッと表情を緩め、続けた。


「……やっぱり……大きくなったねぇ……」

「……えっ?」

「体じゃなくて……心、って言えば良いのかな? なんか……中身がすっごく成長したと思う」


 私はそう言いながら、少し前に進む速度を上げて、薫の前に出る。

 突然私が前に出たものだから、薫は目を丸くしてその場で蹈鞴を踏む。

 彼女の反応に笑いつつ、私は続けた。


「昔はさ、私の後ろに付いて来てばかりの大人しい感じだったのに……今では、自分の意見も言えるようになってさ。なんていうか、頼もしいよ」

「……それは……」

「薫は私の真似をしてるだけだって言ってたけど……それでも、強くなろうって決めたのは薫でしょう? ……その決意が、私は大事だと思うよ」


 私の言葉に、薫は何も言わずに、目を伏せた。

 それに、私は少し間を置いてから、「安心した」と呟いた。


「……え?」

「薫が前に進めてるみたいで、安心したよ。……もう、私がいなくても大丈夫そうだね?」


 私の言葉に、薫は「何それ……」と呟いた。


「私は……お姉ちゃんが死んで、すごく苦しかったよ。食事も喉を通らなくて、外に出るだけで罪悪感に押しつぶされそうになって……! おっ……お姉ちゃんがいないと、私は……!」

「そんな苦しい思いを乗り越えたから、今があるんでしょう?」


 遮るように言って見せると、薫はグッと唇を噛みしめて押し黙る。

 彼女の反応に私は小さく笑い、続けた。


「過去がどうだったかは知らないけど、今はこうして外に出て、ご飯だってちゃんと食べてる。……もう、私はいらないでしょう?」

「でもっ……私……私は……」

「認めてよ。……私はもう、いらないんだって。薫はもう……一人で生きていけるって」


 私の言葉に、薫は立ち止まったまま、涙を流す。

 ……その一言を聞ければ、私はもう満足だ。

 家までもうあと少し。その一言を聞いて、家まで帰れば……後腐れ無く成仏することが出来る。


「……やだ……」


 けど、薫はそう呟いた。

 それに「なんで」と聞こうとした時、薫は手で涙を拭いながら続けた。


「やだよ……だって……私にはお姉ちゃんが必要だもん……!」

「薫……」

「お姉ちゃんがいたから、私がいるんだよ? 今の私がいるのに、お姉ちゃんは必要な存在だから……お姉ちゃんが必要無いなんて絶対言えないッ」


 強い口調で断言する薫に、私は胸が締め付けられるように痛んだ。

 ……結局、私は最後まで、自分のことしか考えていなかった気がする。

 大好きな妹のことも……しっかり見ていなかった気がする。

 彼女が私のことを、ここまで想ってくれていたことも、今まで知らなかった。


「……薫……」

「だから……もう、自分が必要無いなんて……」


 言わないでよ……と、掻き消えそうな声で、薫は呟いた。

 彼女の言葉に、私は自分の手を見つめた。

 ……死んだ後で、こんなことを言って貰えるなんて……私は本当に幸せ者だな。

 本当に……良い妹を持ったと思う。

 だからこそ……最後に、ちゃんと彼女の気持ちに向き合いたい。


 沈黙が気まずくなったのか、薫はゆっくりと歩き始める。

 このまま行けば、もうあと少しで、私の未練は消える。

 そうすれば、私は成仏することが出来るだろう。

 だったらせめて、最後に……最後の、最後に……薫の気持ちに応えたい。


 家に近付くにつれて、徐々に体の感覚が無くなっていく。

 なんとなく、死んだ時の感覚に近い物を感じた。

 けど、構わない。まだ、体は動く。


「薫」


 ハッキリと、私は妹の名前を口にする。

 すると、薫はパッと顔を上げて、私を見た。

 それからすぐに、何かを言おうと口を開く。

 けど……そんな隙は与えない。

 私は痺れる体を必死に動かして、薫に近付く。

 そして……彼女の唇を奪った。


「ッ……」


 一瞬の口付け。

 本当はもっと長くしていたかったけど……もう……時間が無い。

 私は顔を離し、呆けた表情でこちらを見つめる薫に笑い返した。


「薫。……大好きだよ」


 そう言って笑って見せると、彼女の顔が真っ赤に染まった。

 それからすぐに、「私も……!」と言う。


「私も……お姉ちゃんのこと、大好きだよ……! 世界で一番……大好きだよ……!」

「……そっくりそのまま返すよ」


 涙ながらに叫ぶ薫に、私はそう言って笑って見せる。

 直後、体から感覚が消え、意識が遠退いて行く。

 あぁ、そうだ……最後に一言だけ、伝えたい。

 私は意識が消える寸前に、薫に向かって叫んだ。


「薫が妹で……本当に良かった……!」


 そう言った瞬間、意識が完全に白へと染まった。

 あぁ……確かに、薫に伝えたい言葉はアレだった。

 けど、心の中のどこかに……薫が妹じゃなければ良かったのにって思う、自分がいた。

 姉妹じゃなければ、私達は……――……なんて、ね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ