73:大好きだよ 有栖川渚視点
<有栖川渚視点>
「ねぇ、お姉ちゃん……?」
「ん? 何?」
「本当に、こんなことで良いの?」
「……こんなことって?」
「だから……お姉ちゃんの、未練……こんなことで、本当に良いの?」
心配そうというか、不安そうというか……どちらかと言うとネガティブな感じの口調で、薫はそんなことを尋ねて来る。
彼女の言葉に、私は微笑んで「うん」と頷いた。
「これで良いんだよ。それは、私が一番理解している」
「でも……同じ制服着て一緒に帰るだけで良いなんて……」
「私はこれが一番やりたかったことだからいーの」
未だに私の未練に納得出来て無い様子の薫に、私はそう言ってやる。
彼女に言ったことは、嘘じゃない。
幽霊になって記憶を全て取り戻した時、なんで自分がこの世に縛られているのかも分かった。
……私はただ、薫と同じ制服を着て、こうして通学路を歩いてみたかっただけだ。
薫が、私と同じ学校を目指すと言ったあの日からずっと、変わらない夢。
……我ながら、しょうもない理由で幽霊になったものだと呆れてしまう。
この為に、薫が何も無い空間に一人で喋り続けるヤバい子にならないように、人通りの少ない道を選んで帰っている。
あと、わざわざ神奈ちゃんと沙希ちゃんには先に帰って貰った。
レイちゃんは学校の屋上にいるし……これでもう、邪魔する物は何も無い。
「まさか、お姉ちゃんの心残りがそんなものだったなんて……」
私の言葉に、薫はそう呟きながら溜息をついた。
彼女の言葉に、私は「しょうもないよねー」と笑う。
こうして改めて口にしてみると、尚更しょうもない理由で幽霊になったものだと思う。
薫が上手くやっていけるか心配で~……みたいな、もっと姉らしい理由だったら、カッコ良かったのに。
蓋を開けてみれば、子供みたいな、可愛らしい願いだった。
「……別に、しょうもないとは思わないけど、さ……」
しかし、薫の反応は、私が予想とは違っていた。
彼女の言葉に、私は「えっ?」と、つい聞き返す。
すると、薫は少し顔を赤らめて、目を逸らしながら続けた。
「だって……私が理由で幽霊になったってことでしょ? ……それなら……嬉しい……」
恥ずかしそうに呟く薫に、私は面食らう。
なんか、こんな風に言われると、段々恥ずかしくなってしまう。
……というか……。
「薫……大きくなったねぇ……」
「ほえっ!?」
私の小さな呟きに、薫は素っ頓狂な声を上げながら驚いた。
それから彼女は自分の体を見て、私を見て、真っ赤な顔で続けた。
「お、大きくなった、って……どこが? お姉ちゃんが死んでから、そんなに時間も経ってないはずなのに……」
「あぁいや、体のことじゃなくて……いや、体はむしろ縮んだというか……痩せた? ちゃんとご飯食べてる?」
「うッ」
私の心配に、薫は呻き声を上げながら目を逸らした。
彼女の反応に、私は「ちょっと」と彼女を咎める。
「私がいなくてもご飯はちゃんと食べないとダメでしょ? お母さんは忙しいんだし、自分で作ってしっかり食べなくちゃ……」
「おッ……お姉ちゃんが料理手伝わせてくれなかったんじゃん! 手伝おうとしたら、怪我したら危ないだの火傷したら危ないだの! そんな中で急にいなくなったんだから、料理出来るわけないじゃん!」
「それはッ……薫が高校生になったら教えるつもりだったんだよ! まさかこんなことになるなんて思わないじゃない!」
「そんなの言い訳じゃん!」
大きな声で言う薫に、私は面食らう。
まぁ確かに、過保護過ぎたなぁと思う。
薫が中学生になったら教えよう、高校生になったら教えようって思ってる内に、こんなことになっちゃって……。
一人自己反省していると、薫は「でも」と続けた。
「これからは、一人でちゃんとしなきゃだから……料理も、ちょっとずつだけど……勉強してる」
「……へぇ……」
「まだ、お姉ちゃんみたいに上手くは出来ないけど……いつか絶対、お姉ちゃんみたいに上手く出来るようになるから!」
両手の拳を強く握り締めながら力説する薫に、私は「そっかそっか」と笑う。
それから、私はフッと表情を緩め、続けた。
「……やっぱり……大きくなったねぇ……」
「……えっ?」
「体じゃなくて……心、って言えば良いのかな? なんか……中身がすっごく成長したと思う」
私はそう言いながら、少し前に進む速度を上げて、薫の前に出る。
突然私が前に出たものだから、薫は目を丸くしてその場で蹈鞴を踏む。
彼女の反応に笑いつつ、私は続けた。
「昔はさ、私の後ろに付いて来てばかりの大人しい感じだったのに……今では、自分の意見も言えるようになってさ。なんていうか、頼もしいよ」
「……それは……」
「薫は私の真似をしてるだけだって言ってたけど……それでも、強くなろうって決めたのは薫でしょう? ……その決意が、私は大事だと思うよ」
私の言葉に、薫は何も言わずに、目を伏せた。
それに、私は少し間を置いてから、「安心した」と呟いた。
「……え?」
「薫が前に進めてるみたいで、安心したよ。……もう、私がいなくても大丈夫そうだね?」
私の言葉に、薫は「何それ……」と呟いた。
「私は……お姉ちゃんが死んで、すごく苦しかったよ。食事も喉を通らなくて、外に出るだけで罪悪感に押しつぶされそうになって……! おっ……お姉ちゃんがいないと、私は……!」
「そんな苦しい思いを乗り越えたから、今があるんでしょう?」
遮るように言って見せると、薫はグッと唇を噛みしめて押し黙る。
彼女の反応に私は小さく笑い、続けた。
「過去がどうだったかは知らないけど、今はこうして外に出て、ご飯だってちゃんと食べてる。……もう、私はいらないでしょう?」
「でもっ……私……私は……」
「認めてよ。……私はもう、いらないんだって。薫はもう……一人で生きていけるって」
私の言葉に、薫は立ち止まったまま、涙を流す。
……その一言を聞ければ、私はもう満足だ。
家までもうあと少し。その一言を聞いて、家まで帰れば……後腐れ無く成仏することが出来る。
「……やだ……」
けど、薫はそう呟いた。
それに「なんで」と聞こうとした時、薫は手で涙を拭いながら続けた。
「やだよ……だって……私にはお姉ちゃんが必要だもん……!」
「薫……」
「お姉ちゃんがいたから、私がいるんだよ? 今の私がいるのに、お姉ちゃんは必要な存在だから……お姉ちゃんが必要無いなんて絶対言えないッ」
強い口調で断言する薫に、私は胸が締め付けられるように痛んだ。
……結局、私は最後まで、自分のことしか考えていなかった気がする。
大好きな妹のことも……しっかり見ていなかった気がする。
彼女が私のことを、ここまで想ってくれていたことも、今まで知らなかった。
「……薫……」
「だから……もう、自分が必要無いなんて……」
言わないでよ……と、掻き消えそうな声で、薫は呟いた。
彼女の言葉に、私は自分の手を見つめた。
……死んだ後で、こんなことを言って貰えるなんて……私は本当に幸せ者だな。
本当に……良い妹を持ったと思う。
だからこそ……最後に、ちゃんと彼女の気持ちに向き合いたい。
沈黙が気まずくなったのか、薫はゆっくりと歩き始める。
このまま行けば、もうあと少しで、私の未練は消える。
そうすれば、私は成仏することが出来るだろう。
だったらせめて、最後に……最後の、最後に……薫の気持ちに応えたい。
家に近付くにつれて、徐々に体の感覚が無くなっていく。
なんとなく、死んだ時の感覚に近い物を感じた。
けど、構わない。まだ、体は動く。
「薫」
ハッキリと、私は妹の名前を口にする。
すると、薫はパッと顔を上げて、私を見た。
それからすぐに、何かを言おうと口を開く。
けど……そんな隙は与えない。
私は痺れる体を必死に動かして、薫に近付く。
そして……彼女の唇を奪った。
「ッ……」
一瞬の口付け。
本当はもっと長くしていたかったけど……もう……時間が無い。
私は顔を離し、呆けた表情でこちらを見つめる薫に笑い返した。
「薫。……大好きだよ」
そう言って笑って見せると、彼女の顔が真っ赤に染まった。
それからすぐに、「私も……!」と言う。
「私も……お姉ちゃんのこと、大好きだよ……! 世界で一番……大好きだよ……!」
「……そっくりそのまま返すよ」
涙ながらに叫ぶ薫に、私はそう言って笑って見せる。
直後、体から感覚が消え、意識が遠退いて行く。
あぁ、そうだ……最後に一言だけ、伝えたい。
私は意識が消える寸前に、薫に向かって叫んだ。
「薫が妹で……本当に良かった……!」
そう言った瞬間、意識が完全に白へと染まった。
あぁ……確かに、薫に伝えたい言葉はアレだった。
けど、心の中のどこかに……薫が妹じゃなければ良かったのにって思う、自分がいた。
姉妹じゃなければ、私達は……――……なんて、ね。




