69:誤魔化さないで下さい
薫もナギサも落ち着く頃には、昼休憩の残り時間は五分を切ろうとしていた。
時計を確認した如月さんは、ゆっくりと二人に視線を向け、口を開いた。
「……そろそろ授業が始まるけど……有栖川さんはどうするの?」
「……どうするって……」
「残るなら、適当に何か言い訳でも考えて先生を誤魔化しておくわ。……どうする?」
「……えっと……」
如月さんの言葉に、薫はどこか迷った様子で声を漏らしながら、目を伏せた。
すると、ナギサはフッと優しく微笑んで、軽く薫の背中を叩いた。
……尤も、彼女の手は、薫の背中を擦り抜けるんだけど。
「行ってきなよ。授業休んでまでいられても、罪悪感しかないし」
「……でも……お姉ちゃんは……」
「妹をズル休みさせるわけにはいかないって。……また放課後、ね」
そう言って微笑むナギサに、薫は少し戸惑う素振りを見せるが、すぐに「……ん」と頷いた。
ひとまず教室に戻ろうと、私は、薫の手を引いて教室に戻ろうとする。
すると、如月さんがその場に立ち尽くしたまま、動く素振りが無いことに気付いた。
「……如月さん?」
「結城さん……先、教室戻っておいて貰っても良い?」
「……え……?」
「ちょっと……ナギサさんと、話したいことがあるんだ。……先生には、お腹を壊してトイレにでも籠ってるとでも言っておいて」
「……分かった」
如月さんの言葉に頷き、私は、薫を連れて屋上を後にした。
階段を下りていると、薫は小さく息をついた。
「……薫?」
「……なんで……お姉ちゃんは、記憶が戻ってないフリなんてしたのかな」
薫の呟きに、私はそういえば、と思う。
あの後ずっと二人が泣いていたもんだから、結局それについての話は出来なかった。
また放課後に、とは言っていたけど……話してもらえるのかなぁ……。
「何か理由があるとは思うけど……私には分からない」
「……私も分からないよ。お姉ちゃんのこと、何でも知ってるつもりだったのに……全然分からない」
俯きながら、どこか悲しそうに呟く薫に、私は言葉を詰まらせる。
……薫に分からないことを、私が分かるはずがない。
でも、だからってこのまま放っといたまま教室に行くのも、申し訳ない。
私は少し考えて、彼女の手を握った。
「大丈夫。放課後になれば、きっと話してくれるよ」
「……そっか……」
「うん。だから、安心して?」
ね? と、どこか言い聞かせるように言って見せると、薫は少しキョトンとしてからその表情を緩めて「うん」と頷いた。
「分かった。……ありがと、神奈ちゃん」
「どういたしまして。でも……如月さんは、ナギサさんと何を話すつもりなのかな?」
そう言いながら、私は屋上の方に視線を向ける。
すると、薫は首を傾げて「さぁ……?」と呟いた。
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<如月沙希視点>
結城さんと有栖川さんが屋上からいなくなったことを確認した私は、改めて、ナギサさんに視線を向けた。
彼女は着崩した制服を直すように、外したボタンを付けながら、真っ直ぐ私を見つめていた。
目が合うと、彼女はスッとその目を細めた。
「それで? 沙希ちゃん。話って何の用?」
「……何の話なのかは……貴方が一番よく理解しているんじゃないんですか?」
私の言葉に、ナギサさんは少し考えるように間を置いてから、「なるほどね」と呟いた。
「まぁ、何の用事なのかは分かるよ。……でも、分からないなぁ……」
「何がですか?」
「君がその為に、わざわざ授業をサボってまでここにいる理由」
彼女はそう言って、ピッと私を指さした。
それに、私は首を傾げて「へぇ……?」と聞き返す。
すると、ナギサさんは腰に手を当てて、ゆっくりと続けた。
「だってさ、間違っていたら申し訳ないけど……沙希ちゃん、神奈ちゃんのこと好きだよね?」
「……えッ!?」
ナギサさんの言葉に、ずっと黙って様子を伺っていたレイさんが、素っ頓狂な声を上げて反応した。
ふぅん……こんなギャルみたいな見た目で、その上あの有栖川薫の姉でありながら、頭は良い方なのか……。
私はそれに小さく息をつき、ゆっくりと口を開いた。
「……えぇ。そうですよ」
「えッ? えぇッ?」
「やっぱり……」
「それで、私が結城さんのことが好きだとして……それが今関係あります?」
「大アリ」
そう言いながらナギサさんは腕を組みなおし、ユラリと私を見やる。
「今までの行動を見ていれば分かるけど、沙希ちゃんは、神奈ちゃん以外の人のことはどうでもいいと思っているよね? ……幽霊と人間、関係無く」
「……えぇ」
「無論、その対象には、私やレイちゃん……薫のことも、含まれているはず。……そんなどうでもいい人の為に、授業をサボってまでここに残っている状況が、おかしいって言ってるの」
静かな声で言い放つナギサさんに、私は「なるほど」と呟く。
まぁ、彼女の言っていることは全て正しい。否定はしない。
こうして言われてみると、今の私の言動には矛盾が生じるようにも感じる。
「あの……如月さんが結城さんのことを好きというのは、一体……」
そして、未だに状況を理解出来ていない様子のレイさんの呟きに、何だか力が抜ける。
私はしばし考えてから、口を開いた。
「私は如月沙希という人間である前に、如月神社の跡継ぎでもありますから。幽霊に関する問題が起きれば、それを解決するのが私の仕事です」
「……本音は?」
「……こんなくだらない問題に結城さんが足を突っ込んで、彼女の時間を浪費させたくないだけです」
「ははっ……潔くてある意味好感が持てるね」
「誤魔化さないで下さい」
おちゃらけた様子で笑うナギサさんに、私はそう言いながら距離を詰める。
息がかかる程の距離まで詰め寄り、私は続けた。
「そろそろ、私の質問にも答えてもらいますよ。良いですか?」
「……良いよ。でも、私に答えられる範囲内で……」
「なんで、記憶が戻っていないフリなんてしたんですか?」
私の言葉に、ナギサさんは動きを止めた。
静まり返った屋上に、授業開始のチャイムが、虚しく響いた。




