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68:何も思い出せなくて

「……かおる……?」

「お姉ちゃ……ッ」


 薫がナギサに駆け寄ろうとした時、先に、ナギサが距離を詰めて来る。

 かと思えば、彼女はスマホを取り出し、その裏面を薫に見せて「ホラ!」と言った。


「これ! 私の隣に並んでるこの子! 貴方だよね!?」

「……ぇ……」


 ナギサの言葉に、薫はそのスマホの裏にあるプリクラを見た。

 薫が見たのを確認し、ナギサは続ける。


「ホラ! ソックリだもんね! かおるだよね!?」

「……」


 詰め寄ってくるナギサに、薫はヒクッと頬を引きつらせた。

 ……思い出さなかった……のか……?

 でも、薫にはナギサは見えている。

 ……ナギサにとっては、薫はそこまで大切な存在じゃなかったってこと……?


「……お姉ちゃん……わ……分からないの? お姉ちゃん。私だよ、薫だよ?」


 泣きそうな声で言いながら、薫はナギサに詰め寄る。

 ナギサの肩を掴むように手を伸ばすが、その手はナギサの肩を擦り抜けた。

 姿は見えても、触れることは出来ない。

 空を切る自分の手をぼんやりと見つめる薫に、ナギサは「えっと……」と、頬をポリポリと掻きながら続けた。


「お姉ちゃん、ってことは……私の妹、ってことで……良いのかな?」

「……うん……」

「そっか……ごめんね……何も思い出せなくて」


 そう言って微笑むナギサに、薫はクッと唇を噛みしめた。

 ……ナギサが悪いわけじゃない。

 むしろ、薫がナギサのことを見えるようになったことが、奇跡にも近いことなんだ。

 元々は無理だったことが大前提だったんだし、薫が、ナギサを見えるようになっただけマシか。


「……お姉ちゃん……私……」

「……わざわざ来てくれたことは嬉しいけど、この通り、私は薫についてのことは何も思い出せない。……このまま話していても、きっと……自分の首を絞めることにしかならないよ」

「……でも……私は……」

「だから……もう、ここに来ないで?」


 これ以上薫を傷つけたくないから、と、ナギサは微笑みながら続ける。

 彼女の言葉に、薫はぎこちない動きで俯く。

 ……やっぱり、会わせない方が良かったのかな……。

 そんな風に考えていた時だった。


「……なんで……」


 震えたような……掠れた声がした。

 私はハッと顔を上げ、視線を向けた。

 その声の主は……薫だった。


「……薫……?」

「なんで……なんでっ……なんでッ……! なんでッ!」


 薫は俯いたまま、何度も吐き捨てるように、なんでと連呼する。

 かと思えば、彼女はカッと顔を上げ、大きく口を開いた。


「なんでッ……嘘つくのッ!?」


 薫の言葉に、ナギサは微笑を浮かべた表情のまま、目だけを大きく見開いて「へ……?」と聞き返した。

 しかし、すぐにハッとした表情を浮かべ、ヘラッと笑って続けた。


「な、何言ってんの? 嘘なんて……」

「……お姉ちゃんは……すごく、友好的な性格で……すぐに色んな人と仲良くなる。でも……いきなり初対面の人を呼び捨てになんて、しないよね?」


 薫の言葉に、私は息を呑んだ。

 ……確かにそうだ。

 ナギサはフレンドリーな性格で、私のことも、初対面の時から神奈ちゃんと呼んでいた。

 しかし、呼び捨てにはしていない。

 当たり前のことではある。初対面の人をいきなり呼び捨てにする程、非常識な人間では無いだろう。


 でも……ナギサは薫のことを呼び捨てにした。

 薫の記憶が無いのなら、二人が出会うのは、これが初対面のはずなんだ。

 プリクラのことがあれど、初対面には変わりない。

 そんな人を……いきなり呼び捨てにするか……?


「そ……それは……なんとなくで……!」

「お姉ちゃんは、なんとなくで人を呼び捨てにしたりしない。……だって、お姉ちゃんは人との距離感の取り方が、上手いから……!」


 薫はそう言いながら、ナギサに詰め寄る。

 強い口調で放たれた言葉に、ナギサは言葉を詰まらせた。

 何も言えず固まるナギサに、薫はゆっくりと続けた。


「……嘘くらい……分かるよ……だって……姉妹だもん……」


 そういう薫の目には……涙が、滲んでいた。

 彼女の言葉に、ナギサはどこか気まずそうに目を伏せる。

 すると、薫は続けた。


「誰よりも、お姉ちゃんのこと見てたもん。誰よりも、お姉ちゃんのこと知ってるもん。誰よりも、お姉ちゃんの良いところ、いっぱい知ってるもん……!」


 ボロボロと涙を流しながら、薫は言う。

 涙のせいで舌ったらずになりながらも、どこか幼い口調で、彼女は言う。

 彼女は一度手で涙を拭い、何度もしゃっくりを上げながら、ナギサを見て続けた。


「誰よりも……お姉ちゃんのこと……好きだもん……ッ!」


 涙ながらの告白。

 その好きの意味を考えることはしなかった。

 別に何でも良い。

 今更、姉妹だからとか、女同士だからとか、そんなくだらない理由なんていらない。

 ……幽霊のカノジョがいる私に、とやかく言う資格も無いのだから。


 薫の言葉に、ナギサは答えない。

 否――答えられない。

 だって……ナギサも、泣いているから。

 静かに涙を流しながら、薫の言葉を聞いていた。


「……だから……嘘つかないでよぉ……私……私はぁ……!」

「……ありがとう」


 フワッ……と、ナギサは薫を抱きしめた。

 しかし、彼女の体は擦り抜け、薫に触れることはない。

 けど、薫の肌に少し触れるくらいの場所で腕を止め、抱きしめていた。

 それに、薫も腕を回して抱きしめ返し、子供のように泣きじゃくった。

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