67:確実とは言えない
「ヤバい……緊張してきた……」
昼休憩になり、屋上の扉の前まで来たところで、薫がそんなことを言い始めた。
彼女の言葉に私は足を止め、振り向いた。
「大丈夫? もうすぐそこだけど」
「だ、大丈夫……あ、あのさ、沙希ちゃんっ」
薫はそう言いながら振り返り、後ろを歩いていた如月さんに視線を向ける。
その言葉に、如月さんは足を止め、「……何?」と怪訝そうに尋ねて来る。
彼女の反応に、薫は少しだけピクッと肩を震わせてから、ゆっくりと続けた。
「この前言ってたこと……本当なんだよね? 本当に……私なら……お姉ちゃんのこと、見えるかもしれないんだよね? 記憶も、取り戻せるかもしれないんだよね?」
「……少なくとも、嘘は言ってないわ」
不安そうに矢継ぎ早に聞く薫に、如月さんはそう言いながら髪の毛先を弄る。
彼女の言葉に、薫は「そっ……か……」と呟く。
すると、如月さんは壁に背中を預け、ゆっくりと続けた。
「けど、あくまで、かもしれないの範疇。どちらも確実とは言えない」
「……だよね……」
「……有栖川さんなら、可能性は高いと思うけど」
小さく続ける如月さんの言葉に、薫は俯き、拳を強く握り締める。
二人のやり取りを聞きながら、私は壁に背中を預け、この前如月さんの家で聞いた話を思い出していた。
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「もしかしてだけど……この二つの問題をどうにかする方法を……知っているんじゃないの?」
私の言葉に、如月さんは目を丸くして私を見た。
僅かに身開かれたその目に、真剣な顔で彼女を見つめる私の顔が映り込む。
掌に汗を掻いているのが分かる。
だって、その方法が分かれば……レイの記憶も、取り戻せるかもしれないから。
私の言葉に、如月さんはしばらく呆けていた後で、小さく息をついた。
「……残念だけど、そんな方法は無いわ」
彼女の言葉に、私は僅かに落胆した。
薫も期待していたのか、どこか落胆したような素振りを見せる。
すると、如月さんは腕を組み、ゆっくりと続けた。
「でも……可能性はある」
その言葉に、私と薫は、同時に如月さんを見た。
彼女は私達を交互に見てから、小さく息をついて、続けた。
「……幽霊の記憶を取り戻す可能性は二つ、特定の幽霊が見える可能性は、一つだけあるの」
「……どういうこと?」
聞き返す薫に、如月さんは少し考えてから、ゆっくり続けた。
「まず、記憶を取り戻す可能性は……一つ目は、その幽霊についての情報ね。調べたりしてその幽霊についての過去を話したり、その幽霊に関する物を見せたりすると、記憶を取り戻す可能性があるわ」
如月さんの言葉に、私は「なるほど」と小さく呟く。
つまり、私がやろうとしていることは、先程如月さんが言ったことに近いのか。
それから、如月さんは足を組み直し、ゆっくりと続けた。
「それから、二つ目の可能性。それは……前世で、その幽霊と深く関わっていた人物」
「……それって……」
「まぁ、一番可能性が高い人間で言えば……血縁者ね」
その言葉に、薫は大きく目を見開いた。
……血縁者……。
即ち、血の繋がった家族のことであり……薫も、それに当たる。
だって、薫は……妹なんだから……。
「どういう原理かは分からない。けど、昔両親が何度か幽霊とその血縁者を名乗る人間と引き合わせたことがあるのを見たことがあるわ。その時に、相手には確かに幽霊は見えていたし……幽霊は、記憶を取り戻していた」
「……それって……」
「でも、確実じゃない。見えない人には見えないし、見える人にはハッキリ見えるわ。……霊感が無い人じゃ、例え姉妹だったとしても見えないし……ある程度の霊感がある人なら、血縁関係が無くとも、前世で深い関わりがある人間なら見えていた」
静かに言い放つ如月さんの言葉を、薫はジッと聞いていた。
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……ナギサが記憶を取り戻して、薫がナギサのことを見えるようになる可能性は……二人の姉妹関係にある。
もっと言えば、薫にある程度の霊感も必要だけど。
でも……可能性は高い。
「……じゃ、そろそろ行きましょうか」
如月さんはそう言いながら歩き、屋上の扉に手を掛ける。
すると、薫が「ちょちょっ!」と慌てた様子で窘めた。
「……まだ何か?」
「いや……まだ、心の準備が……」
「そんなことじゃ永遠にナギサさんに会えないでしょ。ホラ、行くわよ」
「うぇぇ……」
苦い声を漏らす薫を無視して、如月さんは扉を開けた。
……容赦ないなぁ……。
屋上に出る如月さんと薫に続いて、私も屋上に出た。
「……おっ、神奈ちゃん。来たね」
私がやって来るのを見て、ナギサはそう言いながら振り返る。
彼女の顔を見た瞬間、薫はビクッと体を震わせ、その場で蹈鞴を踏んだ。
……見えている……のか……?
「は、はい……えっと……」
「神奈ちゃんに、沙希ちゃんに……? えっと……その子は……」
ナギサはそう言いながら、如月さんの後ろで立ち尽くす薫に視線を向ける。
すると、薫は数歩後ずさりながら「ぁぁ……」と、小さく声を漏らした。
「お……姉ちゃ……私……」
「あれ……? 貴方、どこかで……」
薫を見ていたナギサは、そこまで呟いたところで、その目を大きく見開いた。
浮かべていた微笑が、その場で引きつる。
そして、その笑みは徐々に崩れ、悲愴な表情へと変わっていく。
口元に浮かべている歪な微笑が、ゆっくりと開いていき……声を、紡ぐ。
「……かおる……?」




