66:私も会ってみたい
土日が明けて、月曜日になった。
いつものように電車に乗って、私は学校に行く。
宿泊研修のこともあり、学校に行くのはかなり久しぶりのように感じる。
たった四日なのに、もう何年もレイに会っていないような物寂しさが、胸の中に蔓延っていた。
学校に着くと、私はすぐに屋上の鍵を借り、その足で屋上に向かった。
まだ捻挫が完全に治っているわけではないので、走るどころか早歩きも厳しい。
でも、私は逸る気持ちを押さえて、歩いて屋上に行った。
階段を上り、鍵を開けると、私はすぐに外に出た。
「結城さんっ」
屋上に出てすぐに、レイがこちらを見て声を上げる。
パァァッ! という擬音が似合いそうな程に目を輝かせ、すぐにこちらまですっ飛んでくる。
かと思えば、私に抱きつこうとしてくるが、やはり幽霊なので私の体をすり抜ける。
「……ぅぅぅ……」
「あはは……久しぶり、レイ。会いたかったです」
私がそう言いながら両手を広げて見せると、レイは僅かに頬を赤らめさせて、オズオズと私に近付いて来る。
それから、私の腰に手を回し、抱きしめてきた。
だから、私も彼女の腰に手を回す形で抱きしめ返した。
「朝から見せつけてくれるねぇ」
その時、そんな声がした。
視線を上げるとそこでは、ナギサがこちらを見ているのが見えた。
「おはようございます、ナギサ」
「おはよ。宿泊研修はどうだった?」
「……楽しかったですよ」
「そりゃ良かった」
そう言ってニカッと笑うナギサに、私は何も言えなくなる。
……彼女は、薫の姉だ。
化粧をしている為分かりにくいが、こうして見てると、薫に似ている。
目元だとか、笑い方だとか、諸々。
彼女が化粧を落としたら、きっと、もっと似ているのだろう。
もしも彼女が化粧をしていなければ、もしかしたら、もっと早く気付けていたのかもしれない。
……なんて、たらればを言っても仕方が無いか。
私はレイを離し、ナギサに体を向けた。
「……? 神奈ちゃん?」
「あの……もしもナギサが良ければ、なんですけど……」
私の言葉に、ナギサは不思議そうに首を傾げる。
その動作すら薫に重なって見えて、喉に異物感を覚える。
声を詰まらせそうになるのをなんとか堪え、私は必死に声を振り絞る。
「ナギサに……会って欲しい人が、いるんです」
「……私に?」
不思議そうに聞き返してくるナギサに、私は頷く。
すると、彼女はポリポリと頬を掻き、しばらく私の言葉を吟味するような間を置く。
それから小さく息をつき、続けた。
「それは……どういう要件での人?」
「……ナギサの前世に関わっている人」
私の言葉に、ナギサとレイは同時に息を呑んだ。
ナギサはしばらく目を丸くしていた後で、溜息のように、ほぅ……と息をつき、続けた。
「……神奈ちゃんが嘘をついてるとは思わないけどさ……よくそんな人を見つけられたね」
「……偶然ですよ」
「それでも凄いって。……そっか……。私の、前世に関わってる……」
私の言葉を繰り返しながら、ナギサは目を伏せる。
本当は、妹だとか、あのスマートフォンに貼ってあるプリクラに写っている人だってことも話すべきなのかもしれない。
でも……その辺りは、薫の口から直接説明させるべきなんじゃないかと思った。
如月さんの言う通り、干渉し過ぎるのも良くない。
私に出来ることは、あくまで、二人の仲人だ。
「……そっか……そっか……」
ナギサは腕を組み、小さくそう呟く。
それから、ゆっくりと頷いた。
「……良いよ。私も会ってみたい」
「本当ッ? じゃ、じゃあ……今日の昼休憩に、ここに連れてきますね!」
「ん。りょーかい」
指で丸を作って了承するナギサに、私はホッと一息つく。
すると、レイが私達のやり取りを見て、小さく笑った。
「良かったですね、ナギサさん。……もしかしたら、前世の記憶も戻るかもしれませんし」
「……ごめんなさい。レイの記憶の手がかりは全然集まらなくて……」
「大丈夫ですって! 今では結城さんと会えるだけで充分嬉しいので」
そう言ってはにかむレイに、私は「そっか……」と呟いた。
ナギサと薫のことが分かったのも偶然のようなものだし、やっぱり自分から動かないと、情報なんて集まるものも集まらない。
でも、それは……ナギサと薫のことが解決してからだ。
私なんかに、二つを同時進行出来る程の器用さは無い。
二人のことを解決させてからは……レイの前世の記憶を探ろう。
「じゃあ、私はそろそろ教室に戻ります。……また昼休憩に」
「おー」
そう言ってヒラヒラと手を振るナギサに、私も手を振り返す。
それから踵を返し、屋上を後にした。
階段を下りて、平静を装い教室に入る。
すると、自分の席で突っ伏している薫の姿が目に入った。
……なんか負のオーラが見える。
「……薫」
鞄を持ったまま席に近付いた私は、そんな風に声を掛けた。
すると、薫はピクッと肩を震わせ、バッと顔を上げた。
「……うわ」
つい、そんな声を出してしまった。
だって……薫の顔が酷かったんだもの。
顔色は最悪だし、目の下には僅かにだけど隈も出来ている。
彼女は私を見て、力無く微笑んだ。
「あぁ……神奈ちゃん? おはよ」
「おはよう……大丈夫?」
「……大丈夫に見える?」
「見えない」
正直に答えると、薫は「あはは……」と小さく笑った。
しかし、すぐにその笑みもスッと消え、突然両手で顔を覆った。
「薫?」
「もうホントに無理……緊張してご飯も喉を通らないし、昨日の夜は全然眠れなくて……」
「……さっき、ナギサさんと話をしてきたよ」
私の言葉に、薫はハッと顔を上げた。
彼女の反応に、私は小さく続ける。
「今日の昼休憩……屋上に行こう。そこで、ナギサさんは待ってる」
私の言葉に、薫は神妙な顔つきで、小さく頷いた。
その時、ポンッと背中を軽く叩かれた。
振り返るとそこには、滝原さんと黒澤さんが立っていた。
「よっ、結城さんに有栖川さん! おはよ!」
「……おはよ」
元気に挨拶する滝原さんとは対照的に、黒澤さんは端的に挨拶をしてきた。
それに、私と薫もそれぞれ挨拶をしておく。
すると、滝原さんはニッと笑い、黒澤さんを連れて自分の席に向かって行った。
……前に如月さんのことを話しているのを聞いた時は、ちょっと合わない人達だと思っていた。
でも、案外良い人達で、正直少し驚いている。
……滝原さんの恋、上手く行くと良いなぁ。
そんなことを考えているとチャイムが鳴ったので、私は自分の席に戻った。
まぁ、何はともあれ、今は薫とナギサのことが先決だ。
私は席につきながら、なんとなく、如月さんの方に視線を向けた。
彼女はいつも通り席につき、何事も無かったかのように振る舞っている。
流石と言うべきか否か……この件に同じように関与しているというのに、私ばかりがたくさん悩んでいるみたいで、なんか少し悔しい。
一人悶々と悩んでいた時、担任の先生が入ってきて、朝のHRが始まった。




