65:そんな結果にだけはさせない
私達は如月さんに、全てを話した。
薫に幽霊が見えることを話したこと。
屋上にいるナギサが、薫の姉であること。
二人を引き合わせる約束をして、今日はその関係でナギサの墓に二人で来たこと。
「じゃあ、つまり……結城さんは、有栖川さんとナギサさんを、会わせるつもりなの?」
全てを聞き終えた如月さんは、信じられないと言いたげな表情を浮かべながら、そう聞いて来る。
彼女の言葉に、私は頷いた。
「うん。……そのつもり」
「……なんてこと……」
「わ、私が決めたことだから……神奈ちゃんは悪くないんだよ」
明らかに否定的な態度を取る如月さんに、薫がそうフォローを入れる。
すると、如月さんは薫に視線を向け、小さく溜息をついた。
「……あのね……今回のことで一番傷付く可能性があるのは、有栖川さんとそのお姉さんなんだよ?」
「……え……?」
「そもそも、有栖川さんには幽霊は見えないし声も聴こえない。実際に会っても、向こうからは有栖川さんの姿は見えても、有栖川さんからは何も見えないの」
「そ……それでも……!」
「大体、向こうは前世の記憶は全て抜け落ちているの。仮に有栖川さんに幽霊が見えたとしても……昔のように会話できるわけじゃない」
「で……でも……私は……」
如月さんの言葉に、薫は俯いた。
唇を噛みしめ、どこか悔しそうにする。
彼女の反応に、如月さんは机をトントンと指で叩きながら、続けた。
「有栖川さんに幽霊が見えて、ナギサさんの記憶もどうにか出来たとして……その後はどうするつもりなの?」
「それは……今までの感謝とか……話せなかった分を話して……」
「……残酷ね、貴方は」
冷ややかな声で放たれた一言に、薫は「え……?」と聞き返した。
すると、如月さんは腕を組み、続けた。
「あのね、貴方が思っている以上に、生死の差は大きいの。幽霊になっているからって、死んでいることには変わらない。生きていることにはならないの」
「……そんなこと……分かって……」
「分かってない。分かってるつもりになっているだけ。……貴方達姉妹は、もう二度と、交わることは出来ない」
冷淡に言い放つ如月さんに、薫は言い淀む。
二人の会話に、私は一切入れなかった。
……私は……楽観的に考えすぎていた。
幽霊が見えるだけで、幽霊のことなんて全然知らない。知ったつもりになっていただけだった。
「……でも……私は……」
「……今ならまだ間に合う。このまま続けても、二人が傷付くだけよ。だから、やめなさい」
静かに言う如月さんに、薫は俯いたまま、何も言わなくなる。
……我ながら、最悪のことをしでかしたと思う。
私が不用意に薫に希望を与え、如月さんが現実を突きつけ……落とす。
上げて落とす、なんて……最悪だ。
「……ゃ……」
それでも、薫は……――
「……嫌……だ……」
――諦めない。
掠れた声で否定の声を上げる薫に、如月さんは「なッ……」と声を上げる。
すると、薫はテーブルに両手をつき、続けた。
「嫌だよ。こんなところで諦めるなんて……絶対嫌だ……ッ!」
「なッ……何言って……!」
「私が傷付くのは構わないッ! お姉ちゃんが傷付くことは嫌だけど……それでも私は、お姉ちゃんに……会いたいの……」
「……」
か細い声で呟く薫に、如月さんは何も言わない。
彼女は腕を組み、静かに薫を見つめた。
薫はそれに、俯いたまま続けた。
「お姉ちゃんは……ずっと、私のことを大切にしてくれたから……せめて、お礼くらいは言いたいんだ……」
「……例えそれが、ナギサさんを傷つける結果になっても?」
「……そんなことには……させない……」
小さく呟く薫に、如月さんは何も言わない。
薫は両手を組んで強く握り、続けた。
「お姉ちゃんが傷付く結果には、させない。……何があっても、そんな結果にだけは……させない」
「……そんな精神論が聞きたかったわけじゃないんだけど……」
どこか呆れた様子で言いながら、如月さんは頬を掻く。
それから、彼女は小さく息をつき、ゆっくりと続けた。
「……どうせ、これ以上私が止めても……聞いてくれなさそうね」
「……」
如月さんの言葉に、薫は何も言わずに、真剣な眼差しで返す。
すると、如月さんはポリポリと頬を掻いた後で、「はぁ……」と溜息をついた。
「……どうなっても、知らないから」
「……! うんっ」
放任することに決めたらしい如月さんの言葉に、薫は嬉しそうに頷く。
それに、如月さんは静かに溜息をつき、壁に背中を預けた。
……やっぱり、この場に私がいる意味は無かったんじゃないかな。
当事者である薫と、幽霊に詳しい如月さん。この二人だけで良いじゃないか。
私に出来ることなんて、薫とナギサの仲人になることくらい。
二人を会わせても、結局は、薫にはナギサは見えないし、ナギサには薫の記憶は……――。
「……あれ……?」
そこまで考えて、私はとあることに気付く。
突然声を発した私に、二人は不思議そうに視線を向けてくる。
私はそれに顔を上げ、如月さんを見て、口を開いた。
「ねぇ、如月さん……?」
「……何?」
「なんで……薫にナギサが見える可能性と……ナギサが薫の記憶を取り戻す可能性を……話したの……?」
私の言葉に、如月さんは微かに目を見開く。
そう。この二つの可能性は、ほとんど不可能である可能性が高い。
しかし、如月さんは、その二つの可能性の話までした。
元々不可能に近いのだから、わざわざ話す必要なんて……無いはずじゃないか。
「もしかしてだけど……この二つの問題をどうにかする方法を……知っているんじゃないの?」




