63:私の勝手な自己満足
<結城神奈視点>
ガタゴトと揺れる電車の中で、私は壁に凭れ掛かり、窓の外を眺めた。
宿泊研修の際に捻った足は、奈緒美先生の素晴らしい処置のおかげで、大分痛みは無くなっていた。
まだ走ったりは難しいけど、歩くだけなら問題は無いくらいだ。
おかげで、薫との待ち合わせにも、問題無く向かうことが出来る。
薫は、姉であるナギサに会うことに決めた。
と言っても、平日じゃないと屋上に上がることは難しいので、会うのは月曜日だ。
今日の待ち合わせというのは、薫のお願いで、彼女の姉であるナギサの墓に一緒に行くというものだ。
私が一緒に行く必要があるのかと疑問に思う部分もあるのだが、どうしても、私に付いて来てほしいらしい。
……まぁ、休日だからって、私には特に予定があるわけでもないし。
友達のお願いなら、それくらいは喜んで了承するさ。
『次は~、西山駅~。西山駅~』
その時、車内アナウンスの声がした。
……待ち合わせをしている駅だ。
私は凭れていた壁から体を離し、少し歩いて車両の扉に近付く。
少しして、扉が開く。
電車から出た私は、改札を抜け、ホームを進んで駅から出る。
「……あっ、神奈ちゃんっ」
するとそこには、薫がいた。
パァッと明るい笑みを浮かべながらこちらに駆け寄って来る彼女に、私は軽く手を挙げる。
「ごめん。待った?」
「ううん、私も今来たところだよ。ちょうどLIMEで連絡しようと思ってたところ」
そう言いながら、手に持っていたスマートフォンを軽く振った。
すると、スマートフォンの裏面に、何やらプリクラのようなものが貼ってあるのが分かった。
「……それ……」
「ん? ……あぁ……」
私がつい小さく声を掛けると、彼女は手を止め、裏面を私に見せてくれる。
そこには、ナギサが前に私に見せてくれたものと全く同じプリクラが貼ってあった。
「これ……ナギサさんも、同じ物を貼っていたよ。薫と同じように……スマートフォンの、裏面に……」
「……お姉ちゃん……」
私の言葉に、薫は小さく呟きながら、プリクラを見つめる。
お揃いのプリクラを、こうして同じように大切にしているのを見ていると、嫌でも分かってしまう。
この姉妹が……どれだけ仲が良かったのか、ということが。
私には兄弟も姉妹もいないから、彼女の気持ちを推し量ることなんて出来ない。
でも、きっと……私なんかには、到底理解出来ないものだろう。
「……とりあえず、いこっか。こっちだよ」
少しして、薫はそう言いながら、私を先導して歩き始める。
彼女に続いて、私は歩き出す。
歩きながら、薫は口を開いた。
「お姉ちゃんはね、すごかったんだよ」
「……すごかった?」
「うん。……お姉ちゃんは、料理が上手で、よく私の相談に乗ってくれて、いつも私のことを心配してくれて……本当に……自慢のお姉ちゃんだった」
……だった、か……。
彼女の言葉を、私は頭の中で吟味する。
それから、私はゆっくり口を開いた。
「……なんとなく分かるよ、それ。……私はナギサさんと出会って日が浅いけど、相談に乗ってもらったこともあるし、良い人だと思う」
「……うん……お姉ちゃんは……良い人なんだよ……」
俯きながら、薫はそう吐き捨てた。
彼女の言葉に、私は何も言えなくなる。
もしかしたら……軽率だったのではないだろうか。
生きている人と幽霊を引き合わせるなんて、流石に軽率過ぎる行動だったのではないか。
そうは思っても、きっともう……後戻りはできない。
「……薫は……」
「あっ、着いたよ。神奈ちゃん」
薫の言葉に、私はパッと顔を上げた。
するとそこには、墓地があった。
「ホラ、こっちこっち」
薫に手招きされ、私は彼女に続いて墓地に踏み込んだ。
墓地の中は、当たり前だが、たくさんの墓が並んでいた。
花が活けられた数多くの墓石の中には、食べ物がお供えされている物もある。
中には、チョコレートのお菓子と車のオモチャが供えられている墓もあり、私の数少ない良心が僅かに痛んだ。
「……ここだよ」
薫の言葉に、私は足を止めた。
そこには、他の墓石と似たり寄ったりな墓石が一つ、佇んでいた。
他の墓との違いなんてほとんど無い。強いて言うなら、墓石に彫られている漢字に『有栖川』という文字が見受けられるくらいだ。
ぼんやりと眺めていると、薫はゆっくりと墓の前まで行き、その場に立ち尽くした。
「……お姉ちゃん……」
小さく呟きながら、彼女は墓石をジッと見つめる。
彼女の様子に、私は何も言わない。何も言わずに、その様子を黙って見ていた。
「……神奈ちゃん……」
すると、薫は私の名前を呼んだ。
突然のことに、私はビクッと肩を震わせ、「何?」と聞く。
それに、彼女は私と墓を交互に見て、小さく口を開いた。
「ここに……お姉ちゃんは、いないんだよね……?」
「え? ……うん……」
「そっか……」
私の言葉に、薫は小さく呟く。
それから、彼女は改めて墓石に向き直り、その場にしゃがんで手を合わせた。
ここまで来て何もせずに帰るのもどうかと思ったので、私もその隣まで行き、同じようにしゃがんで手を合わせた。
「……よし」
しばらく手を合わせていた薫は、小さく呟くと、スクッと立ち上がった。
同じように立ちあがっている間に、彼女はスタスタと墓石から離れていく。
慌ててその後ろに付いて行きながら、私は口を開いた。
「も、もう良いの? 何かしたいことがあったんじゃ……」
「うーん……そりゃあ、お姉ちゃんに伝えたいことは山ほどあるけど……それは、今度お姉ちゃんに会った時にする」
私の言葉に、薫はそう言って小さく笑った。
彼女の言葉に、私は一度ナギサの墓に視線を向けてから、改めて薫に視線を戻し、続けた。
「じゃあ……なんでここに……」
「……私……お姉ちゃんが死んでから、お墓に来たことが無いんだ」
薫の言葉に、私は「えっ?」と聞き返す。
すると、彼女は小さく笑い、続けた。
「お姉ちゃんが死んですぐに、骨を埋めに来た時は来たんだけど……それ以外は全く。なんていうか……ああしてお墓を目の前にしたら……お姉ちゃんが死んだ現実が、改めて思い知らされるような感じがして」
「……そういうものなんだ……」
「うん。でも、折角お姉ちゃんと会うなら、せめて区切りは付けておいた方が良いと思ったの。……お姉ちゃんが死んだってことを、改めて受け入れた状態で、会うべきだって」
「……へぇ……」
つい、曖昧な返事しか出来なくなる。
どうしようかと悩んでいた時、薫は「だからっ」と言って、クルリと振り返り、私を見てニッと笑った。
「もう平気だよ。もう、区切りは付いたから。……ついてきてくれてありがとう」
「……これ、私が付いてくる意味無くない?」
「一人だとどうしても決心出来なくて……私の勝手な自己満足みたいな感じなんだけど……」
「……別に良いよ……」
薫の言葉に、私はそう呟くように答える。
すると、彼女はヘニャッと笑い、「そっかぁ」と答えた。
その時だった。
「……結城さん……と、有栖川さん……?」
背後から名前を呼ばれ、私はビクッと肩を震わせた。
聞き覚えのある声に、私はすぐさま振り返る。
そして、目を見開いた。
「き……如月さん……」
そこには、訝しげに私達を見つめる、如月さんの姿があった。




