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60:お疲れ様でした 有栖川薫視点

 お姉ちゃんと同じ学校に行くと決めた私は、それからずっと勉強を頑張った。

 元々、勉強は得意でも苦手でも無い。

 だから、特に苦だとも思わず、毎日しっかりと勉強をした。

 お姉ちゃんも私を応援してくれて、勉強する私をいつも支えてくれた。


 三年生になって先生と面談をした時も、今の私の成績なら余裕で合格できると言って貰えた。

 先生の言葉にも油断せず、私は確実に合格できるように、とにかく勉強した。

 模試でもA判定を貰い、私が合格するのはほぼ確実だった。


 問題は、面接だった。

 私は人と話すのが苦手で、面接練習は中々上手くいかなかった。

 面接官の先生の目を見て話すことも出来ないし、常に笑顔を浮かべながら話すことも出来ない。

 突然質問されると、どもって上手く答えられなくなる。


 お姉ちゃんに相談すると、家でもたまに面接の練習をしてくれた。

 正直、お姉ちゃん相手だと自然と話せるから、意味なんて無いと思った。

 面接が上手くいかない要因は、私が他の人と上手く話せないことにあるのだから。

 しかし、何もやらないよりはマシだと押し切られてしまった。

 ホントに、お姉ちゃんには敵わない。


 でも、お姉ちゃんの面接練習のおかげか、学校での面接練習も上手く行くようになった。

 先生が、面接官の演技をするお姉ちゃんと重なって、上手く話せるようになったのだ。

 男の先生だと、少し緊張してしまったりするけど、女の先生相手であれば自然に話せるようになった。


 受験当日も、体調は万全の状態だった。

 緊張はしていたけど、いつも通りの実力を発揮できた気がする。

 面接も、少し緊張はしたけど、面接官の先生が幸いにも女性だったので、何とかうまくいった。


「ふぅ……」


 面接を終えて校舎を出た私は、小さく息をついた。

 ひとまず、合否はさて置き、受験は終わった。

 そのことから、肩から力が抜け、ひとまず安心する。


「……おっ、来た来た」


 正門を出ると、そんな声がした。

 聞き覚えのある声にハッと顔を上げた私は、声のした方に視線を向け、息を呑んだ。


「おッ……お姉ちゃん!?」

「受験お疲れ様でした、っと。手応えはどう?」

「いや……その恰好何!?」


 私の言葉に、お姉ちゃんは「え?」と聞き返す。

 いや……え? じゃないよ……。

 学校から少し離れた場所で離れて待っていたお姉ちゃんの格好は、私の知っているものではなかった。

 彼女は髪を金色に染め、制服をかなり着崩していた。

 薄く化粧もしていて……何この恰好……。


「……あぁ、この恰好ね。いや、さっきまで友達と遊んでてさ。その中でふざけてこんな恰好してみたんだけど……どう?」

「どう? って……なんか変な感じ。ギャルみたい」

「フフッ、最近のJKを目指してみたのだ~」

「ビミョー……ってか、染髪なんて大丈夫なの? この学校、服装には厳しいって聞いたけど」

「それは大丈夫! 一日で落とせるやつだから、次の登校日までには完全に落とせるよ」

「……なら良いけど」


 かなり印象が変わって、最早別人のような見た目だけど、ニカッと白い歯を見せて笑うその笑顔だけは変わっていなかった。

 中身がお姉ちゃんだって知っていても、明らかにギャル! って感じの見た目で、少し気後れしてしまう。

 少し歩いていた時、お姉ちゃんが「あ、そうだ」と呟いた。


「薫さ、合格したら同じ制服でまたプリクラ撮ろうよ。私今の格好するから」

「えぇ? お姉ちゃんまたその恰好するの!?」

「その日だけだって~。でも結構似合ってると思わない? ホラ、これ」


 そう言いながら、お姉ちゃんは制服のポケットからスマートフォンを取り出し、裏面を見せてきた。

 そこには、お姉ちゃんが中学生の頃に二人で制服を着て撮ったプリクラが貼ってあった。


「これの高校生バージョン撮ろうよ。ここの制服可愛いから、薫とお揃い着れるの嬉しいよ」

「でもお姉ちゃん、今の格好だと制服原型留めて無くない?」

「可愛いから良し」

「……分かんないなぁ……」


 お姉ちゃんの言葉に、私はそう呟きながら溜息をついた。

 それにお姉ちゃんは笑いながら前を見て……その顔から、表情を消す。

 何があったのかと思って視線を追うと、道路にボールが転がっていて、そこに五歳くらいの男の子が駆け寄っていくのが見えた。

 ……そして、男の子がいることに気付いていないのか、突っ込んでくる大型トラックが一台。


「これ持ってて……!」

「え……!?」


 突然鞄を押し付けてくるお姉ちゃんに、私は素っ頓狂な声を上げる。

 何とか鞄を両手で抱えている間に、お姉ちゃんは男の子の方へと駆け寄る。


「待って! お姉ちゃん!」


 私は咄嗟に鞄を投げ捨て、遠ざかるお姉ちゃんの背中へと手を伸ばす。

 しかし、届かない。

 お姉ちゃんはすぐに道路に行き、男の子を突き飛ばす。

 ……そして……――ッ!


「……ぁ……」


 ガクッ……と、下半身から力が抜け、私は地面に崩れ落ちた。

 巨大な鉄の塊が、お姉ちゃんの華奢な体にぶち当たり……吹き飛ばす。

 あっという間だった。……あっという間だったよ……。

 一瞬で、お姉ちゃんの体は十メートルくらい吹き飛び、耳障りな嫌な音を立てながらアスファルトの上をバウンドする。

 かなりの距離を吹き飛ばされたお姉ちゃんは、やがて、地面に倒れたままピクリとも動かなくなった。


「やだ……お姉ちゃん……やだ……」


 小さく呟きながら、私は必死にお姉ちゃんに近付く。

 腰に力が入らなくて、ハイハイのような体勢になる。

 ……関係無い。

 お姉ちゃんに近付くことさえ出来れば、それでいい。


 あんなに巨大なトラックに轢かれたにも関わらず、お姉ちゃんの体は、綺麗なままだった。

 綺麗な顔も、私より大きくて頼もしい体も、何もかも……。

 ……あるぇ? お姉ちゃんの頭からはみ出してるものは……何……?

 これを戻したら……お姉ちゃんは生き返るのかな……?

 だったら……戻さ、なくちゃ……。

 ホラ……戻れ……。

 戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ……戻れよ。


「戻れ……戻れ……戻れ……」


 小さく呟きながら、私は必死に、お姉ちゃんの中身を戻そうとする。

 手が真っ赤に染まって、掌には何とも言えない感触がする。

 関係無い。これでお姉ちゃんが生き返るなら、本望だ。

 ……生き返る……?

 お姉ちゃんは……死んでるの……?

 そりゃあ、呼吸してないけど……今でもダクダクと血が溢れて、周りに真っ赤な水たまりを作っているけど……お姉ちゃん……死んだの……?

 はは……何だそれ……笑えない冗談はやめてくれ……。

 お姉ちゃんは生きてるよ……死んでいるわけないじゃないか。

 だって、今度一緒にプリクラ撮ろう……って……。

 一緒の学校行って、一緒の制服着て……一緒に……一緒に……。


「君! 一度離れなさい!」


 その時、誰かに腕を掴まれ、強引に立たされる。

 何事だと驚いていた時、知らない男の人達が、お姉ちゃんの体を調べ始める。

 何だよ……何なんだよお前等は……!

 お姉ちゃんに触るなッ! お姉ちゃんの体に触れるなッ! 私のお姉ちゃんだぞッ! 明るくて優しくてちょっと意地悪だけど可愛くてカッコよくて大好きな……お姉ちゃんなんだッ!

 そんなお姉ちゃんが……死ぬわけないんだッ!


「いやぁぁぁッ! お姉ちゃんッ! お姉ちゃぁぁぁんッ!」


 必死に男の腕を振り解こうとしながら、私は叫ぶ。

 しかし、私の叫びも虚しく……お姉ちゃんは……――。

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