59:今のままで良いと思うよ? 有栖川薫視点
私とお姉ちゃんは、正反対の姉妹だった。
明るくて人気者のお姉ちゃんと……暗くて、人と打ち解けられない私。
元から人と話すことは苦手だったけど、でも、低学年の頃は何とか皆の中に混ざっていた。
しかし、年を取るごとに無理して笑うことに疲れてきて、高学年になる頃にはすっかり孤立していた。
別に苛められたりはしていなかったし、我慢してまで人と仲良くする意味も無いと思ったので、そのままにしていた。
その点、お姉ちゃんは違った。
お姉ちゃんは学校ですれ違う度にたくさんと友達に囲まれていて、いつも楽しそうにお喋りをしていた。
学年内でも中心的な存在らしく、色んな人に頼りにされているみたい。
友達もたくさんいて、皆に頼られる人気者のお姉ちゃん。
人と話すことすら苦手で、孤立する私。
……同じ血を分けた姉妹なのに、なんでこんなに違うんだろう。
「お姉ちゃんってさ、どうしてそんなに友達多いの?」
ある日の夕ご飯の時に、私はそんな風に聞いてみた。
すると、お姉ちゃんはモグモグと頬張っていたご飯を飲み込み、口を開いた。
「急にどうしたの?」
「いや……私、人と話したりするの、苦手で……お姉ちゃん友達多いから……」
「んー……別に無理して人に合わせなくても良いんじゃない? 薫は薫のままで良いよ」
「そうじゃなくって……」
「私だって、別に友達増やしたくて増やしたわけじゃないし。人と話すのが好きで色んな子と話してたら、気付いたら色んな子と仲良くなってただけ」
何でも無いことのように言うお姉ちゃんに、私は溜息をつく。
……これが、才能の差というものだろうか。
お姉ちゃんの友達の多さが才能だと言うのなら、もう私にはどうしようも無いじゃないか。
落ち込んでいると、お姉ちゃんは焼き魚を切り分けて「だからさ」と続ける。
「別に無理して誰かと仲良くするものでもないし、薫は今のままで良いと思うよ? 人には向き不向きがあるし、合わないことしても体に悪いだけだって」
「……でも……」
「それに、薫に友達が出来てあたしと遊ぶ時間が減ったら寂しいし」
どこか冗談めかした口調で言うお姉ちゃんに、私は少しだけ驚いてしまった。
少しして、なんだか面白く感じて、私はクスッと笑った。
「結局お姉ちゃんが友達と遊ぶんだから、変わんないよ」
「それはッ……薫はいつでも暇でしょ? だからあたしが暇な時になれば、いつでも遊べるじゃん」
「私は遊びたい時にお姉ちゃんと遊べないのに?」
「それが世の中というものだ」
どこか得意げに言うお姉ちゃんに、私は「ずるーい」と笑う。
……お姉ちゃんの前なら、無理しなくても、自然と笑えるのになぁ……。
他の人の前だと、ダメだ。
表情筋が強張って、頑張らないと上手く笑うことすら出来ない。
笑うことに集中していると他が疎かになって、上手く話せなくなる。
……私以外の全人類が、皆お姉ちゃんだったらいいのに。
そうなったら、きっと私は上手く話せる気がする。
なんて……ありもしない夢を見てみたりする。
まぁ、本当にそんなことになったら、流石に気持ち悪いか。疲れそうだし。
でも、いつかはお姉ちゃん以外の人とも上手く話せるようになりたいなぁ……なんて。
しかし、結局そのままずるずると日々は過ぎ、私は中学生になった。
中学校は三年間しかないため、お姉ちゃんと同じ学校に通えるのは一年間しか無かった。
だから、二年生になるとお姉ちゃんは高校生になり、私が気兼ねなく話せる相手は学校にはいなかった。
けど……もう、無理してその弱点を直そうとは思わなかった。
お姉ちゃんがそのままの私でも良いって言ってくれたから、その通りにすることにした。
別に無理して人に合わせる必要も無いし、今更治せるものではないと思ったから。
しかし、中学生になって一つ、変わったことがあった。
それは……よく告白されるようになったこと。
小学生の時も時々あったけど、中学生になってから目に見えて増えた。
よくラブレターを貰うようになったし、男子によく話しかけられるようになった。
体が小さい私の為に、高い所にある物を取ってくれたり、重い物を持ってくれたりする人が増えた。
私は人と接することは勿論だったけど、お父さんのこともあり、特に男子が苦手だった。
だから、告白や相手の分かるラブレターなどは出来る限り断っていたし、男子の手伝いも極力断って自分の力で解決しようとした。
……まぁ、本当にどうしようも無い時は断り切れず助けてもらうことは多々あったけど……。
「薫の噂凄いよ。私の高校まで来てるもん。可愛い女の子がいる~って」
今日貰ったラブレターを整理していた時、お姉ちゃんがそう言いながら、一通のラブレターの封筒を手に取った。
彼女の言葉に、私は「そうなの?」と聞き返した。
すると、お姉ちゃんは頷き、封筒を元あった場所に戻した。
「まさか薫に、友達より先に恋人が出来るかもしれないなんて……お姉ちゃんは感慨深いよ」
「そんなわけないよ。顔もよく知らないような相手ばかりだし……好きって言ってくれるのは嬉しいけど、申し訳ないだけだもん」
「ふぅん……モテる女も大変だねぇ」
「お姉ちゃんってば……」
私はそう呆れながら、相手が分かるラブレターを纏めて持った。
彼等には、明日きちんと断りの挨拶をしに行かなければならない。
男子と話さないといけない現実に憂鬱になっていた時だった。
「ん? これは……」
お姉ちゃんはそう呟きながら、ラブレターの横に置いていたプリントを手に取った。
何の紙だろうと思って見て見ると、それは、進路希望調査の紙だった。
「あぁ……もうそんな時期か……薫は、もう進路どうするかとか、決めてるの?」
そう言いながら、お姉ちゃんは手に持ったプリントをヒラヒラと振った。
彼女の言葉に、私は「うん」と頷きながら、両手の指先を合わせた。
すると、お姉ちゃんは「おぉ」と小さく呟いた。
「何々? どこの高校に行くの?」
「えへへ……えっとね、私……お姉ちゃんと同じ学校に行きたい」
私の言葉に、お姉ちゃんは「えっ?」と聞き返してくる。
それに、私は続ける。
「えっと……今のところ、何がしたいとか無いし……それなら、お姉ちゃんが行った場所が安心かなって思って」
「ほぉ~? まぁ、私も似たような動機だったし、良いんじゃない? でも、結構レベル高いよ?」
「が、頑張るよ!」
両手の拳を強く握り締めながら言うと、お姉ちゃんは私の髪を、ワシャワシャと撫でてきた。
突然のことに驚いていると、彼女は白い歯を見せてニカッと笑った。
「うん! 頑張れ!」
……お姉ちゃんに頑張れって言われたら、もう、それだけで頑張れるような気がする。
私は撫でられた頭を押さえながら頬を緩め、「ん」と頷いた。




